No.7 急ぎ足
この世界、worldアルペティアには様々なダンジョンがあり、場所によって出てくるモンスターも違ってくる。
その中でも、スライム、リザードマン、スケルトン、ゴブリンなど隅々まで探索すればこの世界の全てのモンスターが見つかるのではないかとも言われるほど群を抜いて種類が多く、そのため連日、瞬きをするかのような頻度で人々が瀕死に陥っている地下迷宮がある。
巨大地下迷宮:アーロック
アルペティアの中で1番人々が集まる都市、アーロンを南東に進んだ先にある地下ダンジョンで、攻略組の予想では逆三角形の形で地面に埋もれていて、80層にも及ぶ深さがあると言われている所だ。
そこは一層一層地形や環境が違っていて、今のところは約60層まで探索されている。
内部は地下ダンジョンとは言い難いほど明るくなっていて、その原因は壁や天井からはみ出ている魔法石が光っているからだ。
しかし、明るいからと言っても迷宮と言われているだけありとてつもなく複雑になっている層がほとんどであり、マッピングされていても迷うような所もあるほどだ。
そして、上級モンスター グランドルム。
アリスが口にしたそのモンスターは、その巨大地下迷宮 アーテックに出現する大型モンスターの1匹である。
それは、2mから3mにも及ぶような大きさに、まるで米俵でも詰めているのかと思うほど巨大で頑丈な筋肉、黒くて頑丈な皮膚を持ち、そこら辺にあるような武器では太刀打ち出来ないような体をしているモンスターだ。
倒せばレアアイテムは手に入るものの、グランドルムは非常に好戦的でプレイヤーを見つけたらすぐに攻撃を仕掛けてくるため、ちゃんとした準備が出来ず、そのスピードとパワーによって全滅まで追い込まれる事が多々ある。そのため初見殺し、初心者殺しの象徴的な一体とも言われている。
またこの世界のモンスターは、初級、中級、上級と3つの強さに区分されており、その目安によってプレイヤー達は戦う相手を見極めている。
それらの出現場所も決まっており、例えば地下迷宮であるアーテックでは深層へ近くなるにつれて、初級モンスター~上級モンスターと強いモンスターが増えてくるようになっている。
その上各層には主がおり、それらを倒さなければその下の層へ行くことが出来なくなっているために攻略組が次々と死んでいってしまっている。
そのことを踏まえた上で、ソーマはアリスに自分が抱いた次の疑問をぶつけた。
「な、なぁ、お前らのパーティーが行ってたのは、中層のゴブリンの巣窟だよな、? それなのに何でグランドルムが出てくるんだ?」 と。
ソーマの額から溢れ出る冷や汗が止まらない。
先ほどの話からしていた悪い予想が当たりそうで怖い。
そして案の定、次のアリスの言葉はソーマを恐怖の泥沼へと落とした。
アリスは
「それがよくわからないの。だけど、私達がいたのは確かに中層だから...おそらく、下層から上がってきたんだと思うけど...」
と答えた。
その答えが予想以上に大変な事態だと言うことを、あまりアーロックには入ったことのなかったアリスは知らず軽々しくそう言った。
しかし、ソーマの気持ちはそんなに軽々しくはなかった。
「下層のモンスターが、中層に...?」
──ガタッ という音と共にソーマが席を立つ。
乱暴に立ったせいか、座っていた椅子は後ろに下がる反動に耐え切れずに倒れた。
その音が部屋に響き、アリスが少しだげ ──ビクッ と体を反応させる。
何故こんなにもソーマが衝撃を受けたのか。これには理由がある。
元々、中層へクエストをしに行く人々の平均レベルは4。下層モンスター討伐の基本的なレベルが5~6なので、下層、つまり上級モンスターが中層へ上がってきているとなれば大変な事態なのだ。
──このままでは他の上級モンスターも上がってくる可能性が高い
そう思ったソーマは不意に──、
「アリス、お前なにか、クエストの時になくしたり落としたものはないか?」
と聞いた。
それに対しアリスは、少し悩む素振りを見せ、言おうか言わないでおくかの葛藤を脳内で繰り広げながらも
「杖が、ないの...」
ということを小さく呟くように、返答した。
まさかこんな質問をされると思っていなかったアリスは、内心何故そんなことを聞いたのか少し驚いていた。
そして
「それは、大切なものか?」
と聞くソーマに、また少し悩み、深刻そうな顔を見せたにも関わらず
「そ、そんなことないの。また新しいのに変えればいいし...」
そう言いつつも納得いかないような微笑みで答えた。
これ以上ソーマに迷惑はかけたくないからだろうか。
それとも、ワガママじみたことを今まで言えない環境で育ったりでもしたのだろうか。
アリスの答えを聞いてそんなことを思ったソーマは意を決して ──スゥッ と軽く息を吸い こう言った
「探しに行こう」と。
迷惑をかけていると微塵も思わせないような優しい声で、少しの微笑みを混ぜた優しい表情でそういうソーマにアリスはやはり
「ほんとに大丈夫なの!これ以上迷惑はかけられないし!」
と反論してきた。
しかし、その反論はほとんど予想していたため
「アリス達が行ったところまでは行ったことないけど、コブリンなら倒したことは何度もある。それに助っ人も用意するしさ。」
そうすぐに言葉を返した。
そのすぐの反論に「え、でも...」と上手いこと次の反論が思い浮かばないアリスに、ソーマは次の言葉で畳み掛けた。
「大事なものなんだろ?」
アリスの核心をつくような一言。
それを聞いたアリスは、大きな瞳を更に大きくさせて、口をつぐみながらも ──コクン と頷いた。ソーマの説得は上手くいったらしい。
「それなら早く行こう。今すぐにでも」
頷く姿をみたソーマは依然として優しい表情を変えず「2階から色々持ってくるよ」と言って準備を整えに行った。
準備が終わり、背負っているリュックではなく両手に抱えられていたのは家にあった寄せ集めの靴下や靴だった。
「言っとくけど全部新しいのだからな」
そう言いながらアリスにそれらを渡すとアリスはやっと普段の表情を取り戻し、それを優しい笑顔へと変えて───、
「ありがとう」
感謝の言葉を心から放った。
そうした家を出て、先程歩いてきた道を急ぎ足で逆戻りして、2人が出会った近くである、ギルド ウィズ・ディスへかけていった。
しかしこの時、絶望の足音がゆっくりと、確実に2人に近づいてきているとは、この時誰も知らなかった。




