No.6 黒いシミ
「クエストに、行っていたの」
少女がその言葉を絞り出し、大粒の涙を流してから数十分後。
泣き始めた当初はロクに話すことも出来ないほどだったが、今は落ち着いてきていた。しかし、その大きな目の周りは未だに赤く腫れていて、口は閉ざしたままだ。
──カチャッ と言うカップを持ち上げた音と共に、アリスは自らの口をもうぬるくなってしまった紅茶で湿らせた。
それから、フゥ と軽く息を吐き、呼吸を整えてから何か決心したのかわからないが、やっと口を開き始めた。
「そのパーティーは、私と同じレベル4は3人、リーダーの人ともう1人はレベル5の比較的強いパーティーだった」
心配そうにアリスを見ながらも、気が抜けてきていたため椅子に体を預けていたソーマも彼女の声を聞くと、再び前屈みで手を組み机の上に置くという体制に戻った。
「私は元々ソロだったから上手く連携とか取れなくて迷惑ばかりかけていたけど、彼らは優しかった。そのお陰で、普段辛いことばっかりだったクエストが少し楽しく感じた。パーティーってソロとこんなにも違うんだなって思い始めていたの」
体制を元に戻したソーマに目線を移しつつ、アリスは話を続けた。
「それなのに、何でこんなことに...」
しかしその言葉を境に、また口を閉ざしてしまい、目線を下へ下へと落としていった。
それを見たソーマは
「何のクエストに行っていたんだ?」
次はそう質問した。なるだけ相手を怯えさせないように、まるで小動物でも扱うかのように、優しい声で。
すると目線を上げるとまではいかなかったものの、これ以上迷惑はかけられない、と思ったのかアリスはその質問に膝に置いてある手を少し震わせながらも、答えた。
「い、行っていたのは、ただのゴブリン狩り。経験値稼ぎに行くんだけど、万が一のために回復魔法を使える人がいた方がいいって言われて...」
──、、、は? ゴブリン狩り、、?
しかしその答えが、更にソーマを困惑させた。
パーティーの全滅。
現実世界での人口を減らすために作られたこの世界では、経験値を稼ぐために作られたような簡単なクエストがある反面、希少な武器や防具などのレアアイテムを大量に入手されないためというのもあり、゛初見殺し゛と言っても過言ではないようなクエストが数多く存在する。
そのため、それ自体は珍しい話ではないのだが、、、
この世界のゴブリンと言うのは通常のファンタジーゲームと同じように「ただの経験値稼ぎのモブ」でしかなく、初心者が戦闘になれるためにいるような奴らだ。
レベル4~5のプレイヤーが負けるような相手ではない。
──そんなモブに、レベル5のプレイヤーが二人もいるパーティーが何故全滅した、、?
そう思ったソーマは、額に汗を垂らしながらも重々しい口調で次の質問をした。
「な、何故ゴブリンなんかに、アリス以外のパーティーが全滅した?」
強ばった顔で質問したソーマの顔を見たアリスは、相変わらず下に視線を向けながら首を横に振った。
そして、
「ゴブリンなんかには負けなかった。負けなかったのに...っ」
そう話したアリスは、またもや涙を流し、今度は叫ぶのを我慢するように
「あんなのが出るなんてっ!予想してなかった、、!」
「あ、あれって...?」
そして、歯を食いしばるように言った。
「グランドルム...っ..」
「......は、?」
少女の声音は、部屋中に響き、それが耳に届いた時にはソーマの額から冷や汗が、──ポタポタっ
という音をたてて机の上に薄黒いシミを作った。