No.5 理由
「ここまで怪我をした理由を聞いてもいいか?」
ソーマは空になったポーションを近くの机に置いたアリスに、もう一度そう問いかけた。
ポーションが置かれた机には、先程ソーマが淹れてきた紅茶が2つ、植物が描かれたティーカップに入れて置かれている。
その紅茶は、ゆらゆらと薄白い湯けむりを上げながら、少し甘い香りで2人の鼻をくすぐった。
「......」
「.........」
しかし、その質問を境に広い部屋の中は、──シン、 と、音が響かず、重い空気を醸し出す空間へと変わっていってしまった。唯一響いているのは、壁にかかっている時計の針がゆっくりと角度を変えている時の音だろうか。
──チクッ、タクッ、チクッ、、 と、針とともに、ただただ時間だけが過ぎてゆく。
お互いに机を挟んで向かい合う2人。
変わらずにソーマは少女の方に目と顔を向けて話そうとしているが、先程までは顔をあげ、笑顔すら見してくれていたアリスは一変。また、膝を手に俯き、口をつぐんでいた。
気のせいだろうか、その頬には冷や汗が伝っているようにも見える。
「やっぱり、これは聞いてはいけなかったことなんだろうか」長い沈黙の中から、そのようなことを思い始めたソーヤは、「別に無理して言わなくても大丈夫だぞ」などと口にしようとした。
そして、少し息を吸い、口を半開きにしたその時。
「クエストに、行っていたの」
小さな少女は、小さな声で、相変わらず俯きながらそういった。
「私は元々ギルドには入っていなくて、たまたま知らないパーティーから声をかけられただけだったんだけどね」
──「お前、メイジなのか!? それなら丁度いい、俺たちに着いてきてくれよ! なに、お礼はちゃんとするからさ!」
説明をしようとしたアリスの脳内につい先程まで耳に声として伝わっていたものが何度もリピートされて、それが響くたびに顔が強ばり、手をキュッと握りしめていく。
それでも助けてくれた恩のため。こんな自分のことをお人好しとも言えるほど気にかけてくれているソーマのため。
また口を開き始めた。
「そ、それで、別にいいかなって思って...連れて行って貰ったら...」
しかし言葉を重ねていく度に、アリスの目が段々と熱を帯び、ついには大粒の涙がこぼれ落ちた。それでも、大声で泣いてソーマに迷惑をかけたくない。ちゃんと説明しなきゃ。と一生懸命堪えようとした。
しかし、いくら堪えようとも大粒の涙は無情にもこぼれ落ち続けた。
──ポツ、、、ポツ と握りしめていたアリスの手の甲が、少しずつ濡れていく。
「お前以外、全滅...したのか」
それを聞いた瞬間、アリスは先程よりも多くの涙を流し、 ──ヒッ、、ク、、と呼吸が乱れていく音がした。
まだ何があったのかは話していないのに、全滅してしまったとソーマが察することが出来たのは、いつでもこの世界でHPゲージをゼロにし、本当の世界で死ぬことができる。そんな可能性がどんな時でもある状態に長年置かれてしまっているからだろう。
普通の世界では、考えられないことだ。
脳裏によぎる、パーティーメンバーの死。
「その時」が来るまで、自分と共に汗を流しながら、歯を食いしばって、剣を振るい、魔法を唱え、励ましあって来た仲間達が、一瞬にしてキラキラと光り輝く小さな結晶と化していったその何とも言えない絶望感が、今でも体を震わせ、気をおかしくさせようとしてくる。
自分だけが助かった。
自分だけが、助かってしまった。
そんなことをいつまでも考えてしまっているのも、今の状態の原因の一つだろう。
なんにせよ、アリスが泣き止むまでにはある程度の時間を要した。
しかし、パーティーメンバーが目の前で消えていったこの傷は、あの光景は、一生心に、脳裏にこびり付き続けるだろう。
その後、アリスは今度こそ、詳しい事情を話し始めた。
机に置かれた紅茶からは、もう湯気はたっていなかった。




