No.3 出会い
たまたま街中でぶつかってしまい、軽く謝罪をし合ったもののそれ以上は特に何も無かった2人。
しかし、小柄で顔は少し幼く大きな紅い瞳と長くてサラリとしていた銀髪は、ソーマの脳裏にしっかりと残されていた。
「急いでたけど、大丈夫だったかな」
そんなことを思い、そう呟きながら、ソーマは転んでもなんとか死守していた牛串をまた美味しそうに食べ始めた。
ぶつかった時は周りにさほど人はいなかったが、今はまた人で溢れかえっていた。「不思議なこともあるもんだな」と思いながらも辺りを見回すも先ほどの少女は既にいなくなっていた。
牛串を食べ終わり、何も刺さっていない竹串を近くにあったゴミ箱にひょいと投げ入れこれから何をしようかと悩んでいたソーマは日がまだ真上にあるのを見て「1日長ぇな」そんなことを呟きながらも、今度は近くのカフェへとのんびり入っていった。
道行く人を横目に見ながら優雅にティーパーティー。
1人でそんなことをしていると「お待たせ致しました」と女性の店員が薄い湯気がほのかな甘い香りを含んだ1切れのアップルパイを持ってきた。
「おぉ、美味そうだな」そんな有りきたりな感想を頭の中に浮かべながらも横に立っていた店員を見て「この人もコンピューターなんだよな、今更だけど」などど言うことを改めて感じていた。
この世界の住人の生活をサポートする施設の人々はほとんどがコンピューターであり、クエストの申請や職業のチェンジをする時などもそれらが請け負っている。しかし、たまに様子見やバクの修正のためにログアウトの出来る政府の人間が来ていることもあるという。
そして、また道行く人を見る。口の中では少しの酸味と甘味を含んだアップルパイが舌の上を踊っていた。
しかしそんな優雅なことをしていた時、目線が1点に吸い込まれた。ただの道行く人ではない。先ほどの少女だ。若い男どもに囲まれている。
それを見たソーマはすぐに立ち上がり料金をしっかり払うと、その集団にかけていった。
「なぁなぁ、いいじゃんかよ〜。ちょっっと遊ぶだけなんだしさ」
「い、いや、でも...」
そんな声が聞こえてきた。
「このままではまずい」そう思って歩くスピードを更に早めながら、ソーマはそいつらから少女を守ろうとかけていった。
結果はもちろん、情けないほどに打ちのめされてしまった。
相手は3人、こっちはソーマ1人なのだから仕方がないとはいえ、もう少し頑張れたのではないだろうか。
「おい、やめろよ。嫌がってるだろ」
そんなセリフを吐き、少女に向かっている1人の男の手を払う所まではよかったのだが──、
「あ? カッコつけてんじゃねぇよ出しゃばりが」
そう言われて一瞬で事が終わってしまった。思った以上にそのチャラ男は強かったのだ。チャラ男の癖に。
しかし、最後はなんとか頼んで見逃してもらったのだから上出来ではないのだろうか。
「だ、大丈夫か?」
ボロボロになった体をいたわりつつも、体についた砂を払っていたソーマは少女に話しかけた。
「は、はい。ありがとうございます」
少女の態度は依然変わらない。先ほどの男どもへの対応と同じ態度だ。
「俺も同じようなやつだと思われたのだろうか...」少女の態度を見てそう思ったソーマは、まぁ助けられただけで良かったと
「そ、それじゃあ気をつけてね」
と言って、そそくさと帰ろうとした。
しかし最後に少女に怪我はないかと頭から足先の方まで視線を移していった時、考えが一変した。
「おい、ちょっと待て...どうしたんだよっ、それ!」
先程まで上半身しか視界に入っておらず、少女の身には何も起こっていないと錯覚していたソーマは下半身を見た時に衝撃を受けた。
真っ黒でボロボロのワンピースからスラッと伸びた白い足は、自身の目よりも赤く、そして黒い大量の血にまみれていたのだ。
そしてその見える範囲である膝から下はそれだけの血が出ているのも納得できるほどの切り傷で溢れていた。
「あ、えと、これは...その」
先程までずっと下を向いていた目は、ソーマの言葉を境に様々な場所に オロオロ と動き始めた。
そして、それと同時に握っていたスカートの裾をもっとギュッと握り、できる限り下へと下げていった。
あまり見せたくはないのだろうか。
また、普段戦闘時や瀕死の時にしか出ないHPゲージも出ており、そのゲージも満たんの緑色から半分の黄色へと変色している。
街中でこんなことは滅多にないはずだ。
そんな姿を見てしまい、このまま返すわけにはいかない。そう思った直後、気づいたらソーマは
「今からうちに来い。回復魔法は使えねぇけどある程度の回復ポーションはあるから。今はたまたま持ってきて無かったけど」
と、着ていたボロボロの服に付いていたフードを深く被せ、また優しく手をとり、向かっていたはずのギルドに背中を向けて歩いていった。
家に戻っている最中。フードを被らせているとは言え、傷だらけ素足を晒し、その上HPゲージが出ている少女の手を引いていたソーマは、ただ街中を歩くだけでチラッチラッと言う視線を浴びていた。
「目線が痛い...」そう思ったソーマは、自分もフードを深く被り、怪我をしている少女を気遣いながら先程より小走りでかけていった。
いつもより早送りで変わっていく街の風景。現代日本の建築物とは思えない、まさしくRPGゲームの中にあるような建物を改めて目にしたソーマは「本当にここは仮想現実なんだな」そんなことを今になってもひしひしと感じていた。
しかし、そんなことを考えている途中でも、道行く人の不審そうな目が自らの目と合ってしまうのは避けられるものではなく、
「気のせい気のせいっ」とできる限り下を向きながら走った。
街の中心部。1番人が集まり、栄えている所から少し離れ、人の目も気にならなくなってきた頃。もう大丈夫だろうとフードをとり、未だに手を引きながらも歩き始めたソーマは、すでに足がキツそうな少女を見て、何か出来ることはないかと考えた結果
「っ!? きゃっ!」
「落ち着けって。別に落としたりはしないからさ」
そう言って、少女をおぶりながら先程よりかはゆっくりと、乱れた呼吸を整えながら歩いて行った。
ソーマの家は、街の中心部から約15分ほど離れた所にあり、作りはよくファンタジーにあるような西洋風。広さはそこまで広くはないが、二階建てである。
日本のように建物どうしが密接しているわけでもなく、隣の家とはある程度の間隔があり、その間には様々な花が道を彩っていて、どう見てもRPGの世界そのものだ。
ただ、ひとつ違うのは、鍵は腕についている ログを使うので当人しか開け閉め出入り出来ない事というところだ。
そうして1度も少女を下ろさずに家の前までついたソーマはやっと少女の足をゆっくりと地面に触れさせた。そして、ログをドアの横にある小さな円盤にかざした。
すると、先程まで赤色になっていた円盤は緑色に変わり、ドアノブを捻るとガチャと言う音と共にドアがあいた。
開いたドアの中からは、小さな玄関と家の1階全てを使ったような広い面積の部屋が広がっていた。
ドアを開けた後、ソーマはまた少女の手を握り玄関を潜らせ、広い部屋の奥の方に置いてある木製の椅子に案内した。
そして
「今からポーション持ってくるから、あんまり動くなよ」
そう言いながらソーマは小走りで二階にある自分の部屋へと階段をかけていった。