No.2 転送先で
「こんな非日常が、日常になったのはいつからだろうか」
──MSV world-28
worldname:アルペティア
現在地:アーロン
本名:竜胆 蒼真
アバター名:ソーマ
2068/07/27 pm2:38
脳機能停止まで 残り6年 1ヶ月07日
まるで手錠のように腕について離れないリング型情報端末 ログから表示されている数字を見て、はぁ、、と深いため息をつきながら、日本の元男子高校生 竜胆蒼真はゆっくりと街中を歩き始めた。
首を少し上へと傾けると、どこまでも続いているかのような真っ青な空が目に止まる。プログラム的にどこまでも続いているわけなどないのだが。
この世界に人々が転送されてから約7年。彼がこの世界に来て、約4年が経とうとしていたここ、剣と魔法の世界 アルペティアは現在 人口は約2万7000人
脱落者は約9500人にまで登っていた。
原因はモンスターに殺されてしまった人、この世界での存在意義を感じられなくて自殺していった人、何者かに殺された人など、様々である。
しかし、いくら人数が減ろうともその数だけまた補充されるので、この世界の人口は2万人~3万人をキープしている状態だ。
この政策が始まった8月1日から数多くの脱落者が出ているが、2日に1回ほどのペースで人々は補充されていくためだ。
しかし、最近は「自分はもっとできる」と力を過信するものが多く、補充のために転送される人が普段より多くなっている。脱落者が増えているという訳だ。
そのような初心者達の指導などに時間を割かれることも多くなってくるので、ミッションクリアまではまた1歩遠くなっていくだろう。
「俺がここに来てもう4年か...後6年の間に、ミッションクリアなんか出来んのかな」
ガヤガヤと賑わっている街中を歩きながらそんなことを1人呟いている時
少し腹へったな。と本能の赴くままに、ソーマは小腹を満たす屋台を探し始めた。
ソーマが不安がっていたように、この世界が出来てから7年たった今でも、ミッションをクリアした者は誰1人いない。
街中にあるギルドやパーティーとは別にある、ミッション攻略組が少しずつ進展してきてはいるのだが、未だクリアの希望は見えていない。
そう、今街中をため息混じりに街中を歩き、牛串の様なものを口いっぱいに頬張るこの少年も......
ミッション攻略組を目指している1人だ。
この団体に入るのは極めて困難であり、約3万人の中から攻略組の上層部に選び抜かれた、トップランカー約300人しか入ることすら許されないのだ。
そんな人達ですら毎年3分の1ほど減るのだから恐ろしい。
それだけ、ミッションをクリアすると言うことは難しい事なのだ。
また、選ばれる基準は最低レベル5から。まだレベル4のソーマは、基準にすら達していないのだ。
そんなこんなで牛串の様なものを食べ終わり、肉のない串をカミカミと噛んだ後、袋に入っているもう1本の串を食べながら、ソーマはやっと目的地にたどり着いた。
冒険者ギルド──ウィズ・ディス
強くもなく弱くもない、中堅的なギルドで、平均レベルは4。冒険者ギルドと言われるだけあり、ほとんどの人がクエストを受け、その報酬で生活している。冒険者。特に、魔法使いや剣士などが数多くおり、ギルドの中にいるのはほとんどそれらの職業の者達である。
はっきり言って普通のギルドだ。
しかし、ソーマは、そこまで強い人は多くないがどんな人にでも優しく、アットホームなギルドの雰囲気に惚れ込み、この世界には10個あるギルドの中のひとつであるウィズ・ディスへ加入した。
もちろん、想像していた通り、加入してからもギルドメンバーは優しく接してくれており、パーティーに入らないかと幾度か誘われたのだが、足を引っ張るのを恐れ断ってきていた。
そのためどんなクエストにも1人で行かなければならず、報酬やアイテムを独り占めできる反面、何度かピンチになり、死にかけたことはあるのだが、かろうじて生きているのが現状だ。
今日はクエストの報酬を受け取るために来たのだが、やはりみんなでワイワイしているパーティーを見かけると、何か美味いものが食える喜びと共に
「俺もそろそろパーティーに入れてもらおうかなぁ。そろそろ死にそうだし。寂しいし」
という考えも芽生え始めて来ていた。
「まぁ、そう簡単には入れてもらえないしなー...」
そんなことを考えて、中々他のパーティーに声をかけられないという状態が続いて約1週間。
こうして声をかけよう、ああして声をかけようと悩んでいたらいつの間にかこんな時間が経っていた。
考えるだけで行動に移せないコミュ障の自分が情けない。
そんなことを思っていた。
そして、今日も1人で賑わう街中を歩きながら、牛串のようなものをひとり寂しく食べながらギルドに向かっていると
──ドンッ 「きゃっ」 「わっっ!?」
角を曲がる時に人とぶつかってしまった。
2人一緒に街中の隅で、地面に倒れる。幸い近くに他の人はいなかったためぶつかるということはなかったが、それでも中々派手にぶつかってしまった。
「だ、大丈夫か?」
両手を地面につけ、先に立ったソーマはそんな風に声をかけ、手を差し出すと
「う、うん。大丈夫。ごめんなさい、ちょっと急いでて」
少女も微笑みながら返事をし、そっと手をつかんだ。
握られた手をグイッと上へ引き伸ばす。
その手はある程度の暖かさはもっているものの、本物のもののそれではない。
そうして互いに立つと「悪かったな。」「ごめんなさい。」
そう言ってまたすれ違って行った。
たまたまぶつかってしまっただけの、ほんの一瞬の出来事ではあったが、これが彼 彼女の最初の出会いだった。