No.23 午後
──2038/7/31 pm2:12
人の流れにならいながら、商売人や普通のプレイヤー達の声が飛び交う大通りを歩いて行く。
空は相変わらず晴天で、仮想現実とはいえ、夏とは思えないような過ごしやすさだった。
気候は海外をモデルにしているのだろうか。日本特有の蒸し暑さが無かったのだ。
「はぁ...ほんと悪いなアリス。ただでさえ迷惑かけてるのによ」
道はしっかりと整備されていて、足元を見れば石がレンガ状に敷かれているのがわかる。この天気に似合う真っ白のレンガだ。
そんな道で、コツコツという音を二重にしながら、右側の黒い靴をした少年が左側の白い靴を履いた少女にそう声をかけた。
「ううん、いいの。迷惑かけたのはこっちのほうだし」
そんなソーマの謝罪に、アリスは少し微笑みながら、申し訳なさそうな顔をしていた。
こんな所で二人並んで歩いているのは、1人の女性による依頼を受けた、と言うより半ば強制的に受けさせられたからである。
その女性はアリスの杖を探すことに協力する代わりに帰還した後、自分の依頼も受けてもらうと言う条件を出した 上級魔女であり、街の隅で「リーラ」と言う魔道具店の店長をしているノエルという人物だ。
彼女は彼らに、店の商品の材料を採取してきてほしいと依頼してきた。
それに対し、杖探しの際に重要な所で帰ったノエルにそのような依頼を受けるのはおかしいと、ソーマが声を上げたのだが、その意見は簡単にねじ曲げられた。
しかし、そのお陰でこんな報酬が支払われると言うことになった。
「仕方ないわ。しっかり材料を調達してきてくれたら、ダブルポーションを作ってあげるわよ」
ダブルポーション。その名でわかる通り、2つの効果が1度に得られるというポーションだ。それを作るには材料に加え、レベルやステータスも関わってくるため初級プレイヤーは普通手にすることの出来ない代物だ。
それを貰えるとなれば、行ったほうがいい。そう思ったがために、ソーマはその依頼を受けることにしたのだ。
──まぁ、どのみち無理にでも行かされるしな。
そんなことも思っていた。
そして、このように詳細を伝えられた。
「あなた達に取ってきて貰うのは計2つ。どちらも斜塔 アストリアにあるわ」
「アルロテの西側にあるダンジョンですよね。行ったことあります。」
その言葉に、アリスがそう返した。ノエルはそれに対し「あら、そうなの」と驚いたようにしていた。
斜塔 アストリア。この世界の中で人が最も集まる街、いわゆる首都のような役割をしている都市 アーロンから西へと進んでいくと見えてくる街 アルロテの西側に位置するダンジョンだ。
アーロック以外の街と比べても、比較的人が多い街の端にあるそのダンジョンは、この世界の二大ダンジョンと言っていいほどの大きさを誇る。
西のアストリア、東のアーロックと言うわけだ。
アストリアは巨大な塔になっており、こちらもアーロックと同じように80層まで存在する。異なるのは、モンスターの出現率くらいだ。出現率の高いアーロックとは違い、アストリアにはモンスターはあまり出ない。
どちらかと言うと自然の方が豊かなのだ。
しかし全くでないというわけではなく、そこでもモンスターは出現する。1度に出てくる多さならアストリアの方が多い程である。
「それで?なにを取ってくればいいんだ?」
目的地を聞いたソーマは、前回のようにグランドルムなどのモンスターは出なさそうだと、ホッとしながらもノエルに尋ねた。
それを聞いたノエルは注文素材を伝えようと口を開けたが、何か思い立ったようにしてすぐ口を閉じ、紙とペンでなにやら書き始めた。
忘れないようにメモを取って渡すらしい。
「はい。お願いしたいのはこの2つよ」
そうして、ノエルはソーマにメモを手渡した。それを見る彼の横にいたアリスも、覗き込もうと体を傾けている。
書いてあったのは、「ハリヌークの葉」「サリバルクの爪」という2点だった。
「ハリヌークの葉」は、第32層に生えている薬草
「サリバルクの爪」は、第35層~第39層に多く出現するモンスター サリバルクから採取できるアイテムだ。
「なぁ、これって簡単に取れるのか?」
名前くらいは聞いたことがあったが、行ったことのなかったソーマは、経験のあるアリスに質問した。
「サリバルクの爪はちょっと不安だけど...大丈夫だと思う」
質問に対してそう答えられたソーマは「少し注意しながら行けば大丈夫か」と若干心配症になってしまった自身の心を落ち着かせるようにそう思いながらも、やはり不安をかき消せないでいた。
しかしその時、アリスが放った一言がソーマの考えを吹き飛ばさせる。
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら私がソーマを守るから!」
「え...はい?」
目をまん丸にしてポカンと開いた口が塞がらないソーマに、自信満々なアリス。そして、それを見ていたノエルは笑いを堪えるように口を手で抑えていた。
ソーマは衝撃を受けた。まさか、自分が守られると言うならまだしも、自分が守ると、そんなふうに思っていたとは考えてもいなかったからだ。
「あなた...信頼されていないのね」
ノエルが以前として笑いを堪えながらソーマにそう言う。それを聞いたアリスは「え!?そ、そんな訳では..」と撤回しようとしているが生憎その声はソーマに届かず、彼はノエルの言葉に口を尖らせていた。
「別にそんなことねぇし」
「あらあら、意地なんか張っちゃって」
「張ってねぇから!」
そんなことを言って、更にソーマを茶化そうとするノエル。その姿は、いつにも増して活き活きしているように見えた。
そしてその姿を見たソーマは、これ以上からかわれてたまるかとオロオロしているアリスを見てから──、
「じゃあ、もう行くから!」
そう言って、店を出ようとドアノブに手をかけた。
しかしその時、ドアを開けて外を少し見た後。何かを考えるように硬直し、やっと動き始めたと思ったら「すぐに行くから」とアリスを先に外に出した。
そして──、
「回復ポーション、5つくれ」
そう言って、そっぽを向きながらノエルに注文をした。
「やっぱり意地張ってるじゃない」
そして、それを聞いたノエルはプッ と吹き出してからソーマのアイテムボックスにポーションを送信した。
そうしてやっとソーマがドアノブに手をかけた時──
「残りの数が少なくなってきただけだし」
──と、ドアの方に顔を向けて表情は見せなかったものの、先程より更に口を尖らして「行ってくる」と小さく言ってから外へと出ていった。
ノエルは相変わらず笑っていたが、その背中を見送ると1人店の中で「行ってらっしゃい」と微笑みながらつぶやいた。
昼下がりの午後だった。




