No.19 杖を求めて - 10
岩陰にしゃがみこんでソーマを見上げるアリスの小さな右手に置かれた杖。それは、このダンジョンに潜るきっかけになっていたアリスの本当の杖だった。
「そ、ソーマ...これ、どこで...?」
しゃがみこんでは無いものの、アリスと同じように岩陰で身をかがめ、今のところは比較的遠くのほうで何か探している怪物の様子をうかがっているソーマにアリスは尋ねた。
奴がこちらの近くに来るのを待ち、奇襲をかけようとしているのだろうか。彼の両手には黒いナイフがギュっ と握られている。
そしてアリスの質問を聞いた時、前のほうを見ていたソーマは少しだけ顔をこちらのほうを向き、目線も彼女のほうへ向けながら返答した。
「実は39層にいたときにさ、白い兎がその杖を持っているのを見つけたんだ。普通ダンジョン内のモンスターがそんなの持ってるっておかしいだろ?ゴブリンでもないのにさ」
そう言って軽く肩をすくめながら、ソーマは話を続けた。気のせいかもしれないが、その横顔には優しい笑みも伺える。
グランドルムは以前として奥のほうで地面を揺らしていた。
「だから、アリスのなんじゃないかと思ってさ。予想通りで良かったよ。まあ、そのせいでこんなとこまで来ちまったんだけどな...」
そんなことを言い終える時には、先ほどの笑みは浮かんでいなかった。そして、その代わりに口をつぐみ悔しそうな、悲しそうな、申し訳なさそうにも受け取ることのできるような複雑な表情をしていた。
そんな顔をあまり見せたくないとでも言うように、斜め後ろに向けていた頭を前に戻していくソーマ。
いつの間にかじわじわと近づいてきていた怪物に驚き、距離を正確に測ろうとし過ぎたためか体を斜めにしたせいで、目があったような感覚を覚えた。
鋭い眼光がこちらを照らしていく。ばれてしまっては作戦がすべて失敗に終わり、そのうえ下手に動けば死んでしまうかもしれないというプレッシャーの中で、彼はグランドルムの小さな動きも見過ごさないように全神経を注ぎ込んだ。
その時、ソーマの後ろにいたアリスは衝撃を受けていた。
──兎って...なんで、ソーマの所にも....??
ソーマはモンスターだと思っているのかわからないが、あれはそのような類のものではない。恐らく、誰かの使い魔や魔法で作られた創造生物では無いかと思っていたアリス。
彼女は兎と遭遇し、ここまで連れてきて貰った時でさえ、たまたま自分を助けてくれた訳ではなく誰かが導いたと思っていたのだが、ソーマの元にも来たとなるとそれこそ「ただの偶然」では済ませないような気がしてならなかった。
明らかに、おかしい。しかし、確信はまだ出来ない。
そのため
──ソーマに一度聞いてみよう。目の色だって違うかも知れないし。
そんなことを思っていたのだが──、
「アリス、来るぞ」
なんともタイミングの悪い怪物のせいでそれを彼に聞くことは出来なくなってしまった。
ソーマの目線の先には、先程よりも遥かに大きな影を写し出している巨体が近くに来ていた。確かに、ここから奇襲を仕掛けるには、十分な近距離だ。
相手はまだこちらに気づいていない。
「俺が出来る限り攻撃を仕掛ける。アリスは死にそうになった俺の回復をしてほしい。それで体力を削っていくことの繰り返しだ」
ソーマはグランドルムの耳に声が届かぬように、小さな声で手短に自身が思い描いている作戦を伝えた。
その作戦を聞いたアリスは借り物の杖をアイテムボックスにしまい、ソーマから受け取った本物の杖を構えて力強く頷いた。
「じゃあ、行くぞ」
そうして戦闘が開始された。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
怪物がふたりが隠れている岩から目線を逸らした瞬間。
ソーマはエンチャントされ、風のように軽く早く動く体で小さな1歩から大きく加速しながら黒い足に大量の切り傷をつけた。
「!? グォォォォォォッ!!」
何も知らぬ間に足をズタズタにされたグランドルムは怒りをあらわにして、足元にいる小さな少年を鋭い爪で切り刻もうとした。
──サンッ、ササササッ、サッサッ、、
しかし、少年は止まらない。踝から上、足首を逆に切り刻んでやった後、そのまま空中で大きく一回転し、隠れていた岩を土台にして跳躍。
相手が足元を狙うために低くなった体制によって近くなった、顔面を狙う。
「ふっ...っ!!」
まるで自身が一直線の槍になっているかのように、片手足を伸ばし、その恐ろしい顔にナイフを入れていく。
下を見ていたグランドルムは、ソーマの速さに体が追いつく事が出来ず目線だけを動かすだけで、ガードすることが出来ない。
そうして、彼は怪物の左目の機能を失わさせる事に成功する。エンチャント付きのクリーンヒットだ。
「グルァァアッ...」
「よし、!このまま...っ!!」
そして、気を緩めることなく、次の1手の準備をする。一度地面に足を付けた後、全速力で反対側に移動して裏を突く作戦だ。
移動する時の向きは当然左側。相手の目を狙ったのはこの強すぎる相手に対して、少しでも隙を作る為だ。
アリスがいつでも回復できるよう、魔法の準備をしながら見守る中、ソーマは走り出した。
二つの光の輝きが衰えないまま必死で体を動かしていく。ゴブリンと戦っていた時とはまた違う、強いエンチャントによって、体感したこともない速度を体感している。
この一手がしっかり決まれば、上級モンスターと言えど、十分なダメージを食らわせることが出来るだろう。そう期待しながら、ソーマはナイフを握り直した、、、が----
──ズガガガガッ...
「うっ...ぉ!?」
----上級モンスター相手に、そこらの中級プレイヤーが太刀打ちできるなどと言うことは夢のまた夢のような話だと、どうして気が付かなかったのだろうか。
アリスが来ただけで勝てると本気で思い込んでいたのだろうか。
ソーマはまた、向こう側の壁へと吹き飛ばされた。
「なん、で...」
壁に埋もれたまま視線を斜め上へとずらしゲージを見る。ゲージは案の定、赤色へと変色していた。
怪物は大してソーマを追うことなく、先程戦っていた場所でこちらを向いて堂々と立っている。追撃する必要も無い程度の相手、ということだろうか。
アリスもグランドルムに見つからないように遠くにいるソーマを回復させるのは困難なのか、岩陰の方で悔しそうにしている。
ソーマは申し訳なく思った。こんなことに巻き込ませて本当に申し訳ないと思った。
そして、何よりも衝撃を受けたのは──、
「なんでっ、、全然減ってねぇんだよ...」
エンチャントをして攻撃力を強化している上に一つの急所である目にナイフを入れたというのに、半分もいっていなかったそのゲージの残量だった。
これが、上級。ソーマは涙を流すことさえ出来なかった。
「あれ、ここってグランドルム出る所でしたっけ?」
そうして、ソーマがガラガラッ と言う音と共に地面に崩れ落ちた頃、すぐ横にあったもう一つの入口から、7人のプレイヤーが入ってきた。
この層に来ている他のパーティーだった。
「嘘だろ、オイ...」
ズタボロになった体を砂の上に貼り付けて、顔をそちらの方向へ向けたソーマは絶句した。
これ以上、自分が撒いた火種に関係の無い人が巻き込まれて欲しくないからだ。
しかも、向こう側からこちらへ来たということは恐らくポーションやヒーラーの魔力も少なくなっているはず。
「あんたら、逃げろ!」
そう思ったソーマは反射的にそう叫んだ。
しかし──、
「いやいや、逃げなきゃ行けないのはそっちデショ。」
そんなことを軽々しく言いながら、1人の剣士はスラッ と剣を抜いた。その姿はいかにもふざけた性格をしている。という顔からは考えられないような、美しい、無駄のない姿をしていた。
その後、その横にいた黒髪の男も剣を抜き、それに続いて他の剣士や魔導師も各々の武器を構える。
そして──、
「第3番隊。奴を討伐する。戦闘準備」
2番目に剣を抜いたあの黒髪の男がそう言い放った瞬間。全員の目つき、姿勢が一気に変わった。
その時、ソーマはやっと彼らの服装に気がついた。
黒をベースにし、所々に青のラインなどが入っている服装。そして、全員がついているのかどうかは確認出来ないが、見える限りでは全員についている腕章。
第3番隊、という普通のパーティーではつけないような呼び名。
──もしかして、いや、まさか...
「攻略、組?」
先程叫んだためかガラガラに枯れた声を発しながら、ソーマは驚きをそのまま顔に表した。
そしてその次の瞬間。
「戦闘、開始」
そう言って、彼らは一気に戦闘を始めた。




