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ラクリマの群青  作者: 日輪猫
平穏だった日々へ
18/59

No.17 杖を求めて - 8

 


「ハァッ...ハァッ...」


 一段ずつでは遅いと、飛ばし飛ばしで階段を一目散に下っていくアリス。39層と同じような壁に挟まれているため景色が素早く入れ替わるというとこはないが、足が下へと落ちていく体を突き抜けていく風が冷たくなるにつれて、目的地が近づいていると言う事を嫌でも感じさせられた。

 しかし躓かないように注意するため、時々下を向いていながらもそれ以外の時は前をしっかり見据えていた。


 そしてその数秒後、アリスは白い光が奥の方に差し込んでいる事を見つける。


「ここが、40層...」


 その光が段々近くなり、目の前に来て、その中に飛び込んだアリスは、あっという間に40層についたのだ。鼻の上についた小さな汗は、周りの気温のせいもあるのかもう冷たくなり、興奮状態にあるのとは逆に体も冷たくなってきていた。


 その後、狭い空間に数本の分かれ道ができている事、少し下へ来ただけなのにこんなにも温度が違うことに衝撃を受けたアリスは、呼吸を整えながらも少しずつ歩きだし、空間の中央に立ち尽くした。

 40層の入口とも言えるこの場所は、身支度をさせるためなのかモンスターは出てこない。それでも彼女の心は揺らいでいた。ここ下層は、仲間達を全滅させたあの忌々しい怪物がイレギュラーでなくても出現する場所だからだ。


 ──どうしよう、怖い...


 39層からここまで来る時は、急がなければいけないという焦りの感情だけに身を任せていたが、ここに到着し、呼吸を元の状態に戻した今になってアリスは冷静さを取り戻し自分の性格からなる負の感情を抑えきれずにいた。ましてや彼女のランクは3。元々場違いにも程があるというものだ。


 小刻みに体が震え始める。しかしそれは初めて来た上に、ましてや命の危険があるソロで来たのだから当たり前のことであり、仕方の無いことだった。


 徐々に乱れていく呼吸と、それに伴ってボヤけズレていく視界。そのまま諦めてしまえと言うように、鋭い風がアリスの体を割いていく変わりに彼女の心を割いていき少しずつ視界が暗くなっていくのが自分でもわかった。

 そんな時。視界の隅に写されていた二つの道の片方にふと目がそれを中心に写し出した。


 最初は理由などなかった。意味などないまま、まるで自らの目が自分とは違う生物にでもなったかのように勝手に動いただけだった。


 そこにいたのは、兎だった。


 その時、呼吸が一瞬止まったように錯覚した。普段の状態ならば、真っ白で綿あめのようにフワフワな体毛をしたこの小動物を見て可愛いと思い癒されるのだが、自分よりも明らかに強い仲間が全滅したという重いトラウマを背負いながら、こんな場所に来ているというある意味特別な状態であったアリスはいきなりの遭遇に最初はモンスターでは無いのかと杖を構えた。


 しかしそんなことはもちろん無く、兎はアリスへ じっ、と目を合わせながら1歩を動くことなく丸い尻尾を上へ向かせて背筋を伸ばしていただけだった。


 どういう事なのか訳もわからず、呆気に取られてしまったアリスは一時的にあれだけ心を縛り付けた負の感情が止んだことにも気付かず、冷や汗とは違う汗を少し額に浮かばせながら目を合わせ続けた。

 何の音もしない、静かな空間で時計の針の変わりを心臓がしているかのように、トクン トクンとそれだけが小さく音を出し続ける。


 何の生産性もない無駄な時間だと思った。

 しかし、これがアリスは先程階段を降りていた時のように一時的な感情に縋って行動するのではなく、しっかりとした意思を持って走り出すことが出来るキッカケとなった。


 なぜなら──、


「この子の目...ソーマと同じ色だ。」


 偶然か必然か、それとも運命かはわからない。しかし兎と目を合わせた時、その黒がかった深い青目を見た時、アリスはその目を通じて自分のために命をかけてくれているソーマのことを思い出したからだ。

 ダンジョンに入る前のあの優しい笑顔が目に浮かぶ。この世界に来てから、自らの欲を満たすためだけに動いてきた人たちを見てきた中で何の見返りも求めず、ここまでしてくれたのは彼が初めてだった。


 そんな彼が今、自分では太刀打ちできないような怪物が蔓延る中で命の危険にすら晒されているかもしれない。そんな中自分だけがこんなにも怖気付いてどうするのだ。

 兎の目を見るだけで大袈裟かもしれないが、小さなキッカケでも人は大きく変わることがあるようにアリスはそれだけで勇気が出たような気がした。


 ボヤけていた視界が元に戻っていく。まだ少し怖さはあるが闇の中へ1歩踏み出すことを彼の勇気が後押ししてくれる。


 ──よし、行こう。


 そう決心してアリスは空間の中心から、階段の方とは逆方向、暗い迷宮の中へと足を踏み入れ、止まっていた時間を取り戻すように走ってソーマを探しに行った。

 その時、兎はもうアリスの前にはいなかった。


 ※


 その後は比較的スムーズに事が進んだ。不思議の国の時計を持った白兎のように追いかけたら目的地へ着いたと言うことはなかったが、代わりにソーマが地道につけていた印がまだ消えることなく付いていたからだ。

 それを目印にしながら、選ぶ道を決めながら全速力で走っていく。


 モンスターが出るかもしれないと、走っている間も杖を持つ力を緩めることが出来なかったが幸いモンスターがアリスの目の前に出現することはなかった。それはただ運がいいだけなのか、その道にいたモンスターをソーマが倒していたからなのかはわからない。


 そして十数分が経った頃。ドゴォン という轟音が近くに鳴り響いて、より一層走る速度を速めて息切れなど気にせずに音が響いた場所へと近づいていった。

 ソーマがグランドルムに吹き飛ばされ、壁にのめりこんだ時の音だ。その時、それだけアリスは近くまで来ていたのだ。


 そして──


「間に合って、よかったぁ...。」


 ──と、アリスは自殺じみたことをしかけていたソーマを救うことが出来たのだった。



 こうしてアリスはソーマの元へ駆けつけ、2人で怪物との遭遇という絶望からの生還を目指すこととなった。



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