表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラクリマの群青  作者: 日輪猫
平穏だった日々へ
16/59

No.15 杖を求めて - 6

 


 明らかに自分のではない大きさの影、姿形に自らを写し出す影が覆われ、その影から放たれる白い息が今にも顔にかかりそうで尚更体が動かなくなっていく。


 後ろを見ようにも見れない中、目線を少し下に下ろして影を見ると、それは確実にゆらゆらと揺れながらこちらに近づいてきているのがわかる。


 ──この状況、どうする...


 その事を脳が認識し、やっと負の感情から少しだけ抜け出したソーマは、タイムリミットを気にかけながらこの後の行動について考え始めた。


 グルグルと猛スピードで頭を回転させていく。

 そんなことを考えている間でも、その巨体はのそのそと近づいてくる。


 しかし、考え始めるとは言っても行き着いた答えはたった一つ、逃げると言うこと一択だった。


 昔「相手に背中を向けるのは剣士の恥」そんなことを聞いたことがあったが、今は仕方が無いだろう。緊急事態にもほどがある。


 そうしてソーマは、腰に装着していた近接用のナイフを両手に構えた。先程のポーションのお陰でHPは満タン。両手に鋭いナイフも備わっているとなれば、全速力で走って追いつかれても何とか抗って逃げ切れるのではないか、と考えたからだ。


 考えが固まったため、なんとか希望が見えてきた。お陰で手足も走れるくらいにはなったはずだ。


 ──スゥーー、ハァーーァと口から深呼吸して体内に溜まっていた空気を入れ替える。それが終わったら次に軽く手足の指先を動かして出来る限り体をほぐす。


 ──よしっ..行くぞ


 この広い空間の出口は2つ。先程ソーマが入ってきた所、つまりグランドルムの後ろにあるものと、目線の先にあるところだ。もちろん逃げるには目の前の出口がいいのだが、そこまでは少し距離がある。


 それでもソーマは瞬発力と素早さを売りに戦闘をこなしてきたプレイヤーだ。中級モンスターなら自分より早いものはいないと言っても過言ではない。そのため、彼自身にもある程度の自身はあった。


 ──早さならっ..負けない!


 自らの背中と向き合っていた怪物のほうなど目もくれず、一目散に走り出す。体を軽く前かがみにして、スピードをつけていく。


 つい先程感じた通り体はスムーズに動き、景色はいつもの全速力よりも早く変わっていくように感じる。視界に入った黒の巨体は、こちらに何かをしてくる様子はない。


 ──いける...っ!


 遠かったはずの出口が、グングンと近づいていく。不思議とまだ息は上がっていない。


 そうして大きな出口へと手を伸ばしたその時──、


 ──...ヒュッ


「っあ!?」


 視界が横へと一気にずれ─ドガッ という鈍い音と共にソーマは壁にのめり込んだ。


 頭や腕にパラパラと小さな岩が当たる。それに気づいて目を開けると、自身のHPゲージが一気に半分まで減っていることに気がついた。


 そして、また絶望がケタケタと嘲笑うかのように襲いかかってきた。

 ずっと動いていなかったグランドルムが、一瞬にして出口の前に立っていたのだ。その格好はしゃがみながら固く、鋭い爪の生えた片方の手を右へと長く伸ばしておりソーマを壁にのめり込ませた状態のままだった。


「そんなに、速いのかよ...っ!?」


 小さくそう呟きながらグッと体に力を入れてのめり込んでいた壁から抜け出そうとする。

 そしてドサッという音と共に地面に倒れると、体を震わせながらゆっくりと立ち、今度はナイフを構えた。


 次にくる攻撃を弾いて、その後またすぐに走り出すという考えだろう。


 ソーマの目的は変わらず、逃げ出すことの一択だった。やっとグランドルムの姿を目の当たりにしてHPゲージが3つもあるのを見れば、なおさら変更しようとは思わない。


 目だけを動かしてまた出口を確認した後、もう一度敵をしっかりと見る。

 出口が少し遠くなったのは、先程投げられた時の手の方向が斜め後ろだったからだろう。


 そしてソーマの思惑通り、グランドルムはソーマの方へと攻撃を仕掛けてきた。


「グォォォォォォォッ」


 叫び声は空間内を揺らし、両手に生えている爪は空気を切り裂いていく。そうして物凄いスピードで振るってきた右手に対し、ソーマは両方のナイフを横にさせながら胸の前でクロスし、攻撃をガードした。


 ──ググググッとお互いに力を入れあっていく。しかし数秒耐えたはいいものの、先程の様な鳴き声と共に、その手を弾き返そうとしていたソーマはまた吹き飛ばされていってしまった。


 攻撃の反動で、1度空中へと体を投げ出されてから地面へ落ちていく。そのためガードしていたために少しではあったものの、HPゲージを削られてしまった。


「くそっ...」


 ログのアイテムボックスからポーションを取り出し、グイッと飲み干す。その後カラになった瓶は荒々しく地面に叩きつけられ、パリンという音と共に消えていった。

 残りのポーションは後2本。こんな中の下程度のプレイヤーでは相手にならないデタラメな強さでは、逃げるということさえ無謀になってしまった。


 また派手に飛ばされてしまったために、グランドルムはソーマの目からは少し遠くの方に姿を写していた。ソーマがいるのは空間内の中央付近。どちらの出口を目指しても、ポーションの本数を一つ減らしてまたここへ戻ってくるだろう。


 ──もう、死のうかな。


 そんなことが頭をよぎった。


 何をやっても傷一つつけられない、逃げることすら叶わない。仲間はいない、助けも来ない。

 今から何を試したって結果は同じ。


 そんなことならもう、潔く死んだ方がいい。

 無駄に苦しむならすぐに諦めて死んでしまえばいい。元々自分にはミッションクリアなど夢のまた夢の話だ。達成出来るわけがない。

 こんな世界に来た時からもう結末は決まってたのだ。

 なら、もういいじゃないか。


 そんなことが頭に次々と浮かんできた。

 そんなことを考えているソーマの口元からは、乾いた笑い声が発せられた。

 何か一つでもキッカケがあれば、人はすぐ負の感情に全てが傾いてしまうものだ。


 そして相変わらず、怪物は目の前から姿を消さない。

 かと言って、こちらに攻撃を仕掛ける様子もなかった。もう勝利は確定しているために、敢えて何もしてこないのだろうか。


 そんな姿を見たソーマは、ならこちらから とでも言うかのように手を下げながらフラフラと、グランドルムの方へと向かっていった。

 その顔にはもう絶望など微塵も浮かんでいなく、なんとも言えないような顔が浮かび上がっていた。


 ──あぁ、もういいや。


 そんなことを思いながら、とうとう黒い皮膚がすぐ目の前にきた頃。先程までは恐怖で震え上がっていた体だが今はそれもなく、寒さのために歯が鳴るということもなくなっていた。


 魂が抜けたようにフラフラと棒立ちしながら腕をだらんと下げているソーマへ怪物が目線を落とす。そして、右腕へ力を込める。ビキビキと筋肉がどんどん固くなっていくのが、小さな音と共に理解することができ、少し離れていても血管のようなものが浮き上がっていることがわかる。


 そしてその音が鳴り終わった直後、グランドルムは腕を素早く振り下ろした。ギロチンの刃が重力に逆らうことなくすぐに落ちるように、その刃の餌食になる人が何一つ抵抗していないように。

 この至近距離ではいくら頑張ったとしてもかわせないほどの速度で。


 そうして、ソーマは命を落とした。















「アルボスタ!」


 しかし、振り下ろされた手はソーマに直撃する寸前で第三者によって妨げられた。

 腕が逆方向に返されて、油断していたグランドルムの体がグラリと揺れる。


「グォォォ...」


 その鳴き声を聞いた瞬間。ソーマは閉じていた目を開けて周りを見渡すと、その第三者を見つけて驚きを隠せなかった。


 ソーマが入ってきた方の出口に、小さな黒い服をバサバサッとはためかせながら誰かが立っているのがわかる。そしてソーマには、その姿からそれが誰なのかすぐにわかった。


「アリス....」


 小さな声で名前を呼ばれたその少女は、杖から小さな煙を出しながらも堂々と立っていた。

 額には汗がべっとりとつき、呼吸は焦りと緊張、そして疲れのため激しく乱れているが、ソーマの姿を見て安堵したように少しだけホッとしている。


「間に合って、よかったぁ...。」


 そうして険しい顔を崩さないものの、その少女

 アリスはソーマ救出のためにもう一度その魔獣と対峙することになった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ