2-7 帝王政治への不満と罪人の会
バッファル島復活から、約10年も経たない内に、そこへ1000人以上の流罪罪人が集まった。
遠島が最も盛んになったのは、5代帝王・ロストフが退位し、息子のマリネスを6代帝王として即位させた頃からだった。マリネスは、自分に都合が悪い罪人を、罪の重さに関わらず、流罪、または処刑を言い渡した。ゼフィルス大帝国連邦は絶対君主制の国であったので命令に反することは出来なかった。また、既に実権を失ったロストフには面会さえ、許されなかった。
この政治に不満を持った国民たちは国民魔術結社を形成した。ゼフィルス国民魔術結社の参加者はマリネス帝王と、その政治を黙認していた帝国幻想社に反抗して、演説を行って参加者をさらに増やしていった。
しかし、形成から1週間も経たない内に、ゼフィルス国民魔術結社の参加者は、帝王と当社に対する過度な報復をしているとして、帝国幻想社の参加者たちに捕まり、それを受けたマリネスが処刑を言い渡した。
後の流罪罪人により、この事を聞き付けたバッファル島の流罪罪人たちは結束し、罪人の会を形成した。責任を分散するため、罪人の会には代表者がいなかった。
罪人の会は、バッファル島が5つの勢力に分かれた時代の歴史書である『五大勢力志』を見つけた。『五大勢力志』には巨大勢力に対する効率的な攻撃方法が記されていた。
罪人の会は、それからアストラル諸島に行くための船を造り始めるとともに、『五大勢力志』に記されていた攻撃方法に必要な物を集めたり、作ったりして準備をし始めた。




