1-3 中国文明の発展
黄河長河流域では、農耕中心の中国文明が生まれた。やがて、殷がおこり、優れた青銅器や、後に日本を経由して、バッファル島にやってくる漢字の基になる文字が作られた。その文字を、甲骨文字も言う。
その後、殷を周が滅ぼした。しかし、その勢力もしだいに弱まって、戦国時代が訪れた。この時、各国はより強くなるために、鉄器を発明し、青銅器もたくさん製作したから、農業や商業が発達した。また、孔子が現れると、仁と礼に基づいた政治を行うべきという儒学が広まった。
次に、中国を統一したのは秦で、この国の王は、初めて「皇帝」を名乗ったことから始皇帝と言われている。始皇帝は、文字や単位、貨幣など統一し、北方の遊牧民の侵入を防ぐ万里の長城を建てた。しかし、厳しい政治に対する反乱が広がり、統一後、15年で滅んだ。
かわって、漢が中国を統一した。この国はやがて、中央アジアや朝鮮に勢力を伸ばし、大帝国となった。このため、シルクロードを通って、中国から西方へは絹織物などが、西方から中国へは馬やぶどう、インド発祥の仏教などがもたらされた。漢は国の教えとして儒学を広め、紙などを作った。この時、人類はすでに独自の知恵を付けていた。




