桃太郎とその仲間たち
「『偉そうな』感じのする場所だなあ」
『水鏡門』を通るとそこには、威厳に満ちた空間がどこまでも広がっていた。『偉そうな』というのはカヌラのいつもの言い方で、これでも彼なりに褒めているつもりなのだ。
「城の中、みたいだねえ」
「そのようだな」
ガロウがうなずく。
「この広い道を行けばよさそうですね」
いくつもの扉がそこにはあったが、ただ広くまっすぐ前にのびた渡り廊下を行けば、目的の場所へ着きそうな気がした。
「行こうぜ!」
カヌラが先頭を切って歩く。せっかちなその早足につられるようにして、一行の足は早まって行った。
観音開きの重い扉を引くと、そこには、
「だれかいやがる!」
先頭を切っていたカヌラが何者かを発見した。
「………待っていたぞ」
威厳に満ちた声だった。声だけで、こんなにも人物の大きさを感じるのもめずらしい。
「………あなたは?」
桃太郎が声の主にたずねる。扉を開けた先は薄暗く、なかなかの広さがある。
「名はない。今はただ『鬼王』という者だ。一応、この『鬼が島』を統べる者と言われている」
一行は『鬼王』という言葉を聞いて顔を見合わせた。
「……すまないが、私の方まで来てくれないか? 客人に重ねてご足労を願うのは忍びないが、なにぶん年でな」
「こりゃ罠だぞ」
聞こえぬようとカヌラが言う。ただ、案外声が大きかったので相手にも聞こえてしまったかもしれない。
「……」
カヌラは罠だと言ったが「ご足労を願う」と言った声音は優しかった。
「お、おい桃!」
桃太郎は部屋の奥へと進んで行った。罠が待っているとは到底思えないと判断したからだ。
「お初にお目にかかります。私は『桃太郎』と申します」
簡潔な自己紹介のあとに、軽いが丁寧な辞儀をする桃太郎。
「うむ。よく存じておる」
鬼王、と名乗った人物は大きくうなずいた。顔はよく見えないが、笑ったようにも見えた。
「ほら、行くよ。まったく、なにが罠だい! とんだ下種の勘繰りだよ!」
ホウランは桃太郎たちの様子を見てとると、ガロウとカヌラを急かした。
「う、うるせえ! ここは敵の本拠地のど真ん中だぞ!? 少しくらい用心深い方がいいんだよ!」
「……」
『鬼王』に招かれるまま歩み寄った桃太郎。声のする方へ向かい部屋の奥へ行くと、そこには小さな段差があり、その上には王座が据えてあった。そこにはもちろん、この『異界』の王が座っている。
「よく来た。待っていたぞ」
「待っていたとは異な仰せ。 どういう事で?」
桃太郎は大胆にも、彼『鬼王』の息子である鬼一郎を討ちに、その巣窟である『鬼が島』までやってきて、そして実際にそれを討ちとってみせた、いわば仇敵である。それを待っていたとは?
「私はそなたが来ることを知っていた。いや、そなたがここにくるまでに鬼一郎に敗れればそれまでであったのだがな」
「知っていたとは?」
「言葉の通りだ。全て承知していたのだ。話はすでに『紫雲』さまから聞いてある」
『鬼王』の口から意外な人物の名前がでた。
「紫雲さまが?」
「うむ。あれはもう十八年も前になるのか……。私にはその頃、二人の息子ができてな。双子だった。鬼族の決まりで、頭首を継ぐ者、つまり『赤鬼』が二人生まれた場合はもう一方を『諦め』なければならぬのだ」
「で、その『諦め』られたのがそこにいる桃太郎だったってワケだろう!?」
カヌラががなりたてながら、王座のある所までやってきた。
「そういう事になる」
鬼王は潔く認めた。
「それにしても『紫雲』のじっ様には、どうも聞かなきゃならんことがいっぱいあるみてえだな。あのじっ様、事によっちゃ生かしちゃおけねえぞ!」
カヌラは物騒なことを言う。
「いいや、『紫雲』さまはむしろ、我々をよい方向へ導いてくれたのだ。我々はそれを、感謝すべきであろう」
鬼王は少し諌めるように答えた。
「鬼王さま」
桃太郎は片膝をつき、うつむきながら鬼王に呼びかけた。
「この桃太郎、あなた様にどうしてもお聞きしたいことがございます」
「そうだろうな」
「私は、いったい何者なのですか? それを知りたくて、私はここまでやって参りました」
同じ姿勢を保ったまま、桃太郎はたずねた。
「そなたが何者かなど、もう知っているのではないか? おそらく鬼一郎からも聞いたであろうが、そなたは私の子、双子の内のひとりで、名を『鬼助』と言った」
「……」
「そなたには守り刀を一振り与えたので、そこにも記されてあったのは知っているだろう? はじめは刀自身の銘だと勘違いしてしまったかも知れぬが」
「……幼少の頃は自分が『鬼助』と呼ばれていたことをおぼろげながら覚えております」
「そうか。あれはな、ワシが作らせたのを、お前の母『鬼姫』がお前に託したモノじゃ」
「母上が?」
「そう、そなたの母、そしてワシの妻でもある。そなたの母は人間だった。つまり、鬼一郎と『鬼助』は人間の血を受け継いでもいるのだ」
「人間の血を!?」
驚いたのは桃太郎ではなく、むしろ後ろに控えていた三人だった。
「そう、人間の血だ。我らは異界種を食い、時には人間を食べることもあった。我々が異界種と交われることを知っている者は多いが、まさか人間と交われるとは知らないだろうな。いや、そのようなこと、ほかのどんな異界種でさえ、思いもしないだろう」
カヌラを始めとした異界の三人は目を丸くしてそれを聞いている。
「無理もない。同じ異界種と言えども、我々について知るものは非常に少ない。なにせ我らは異界種を食らうのだ。関わろうとはとても思わぬだろうな」
そう言って鬼王は桃太郎と、後ろの三人を見た。
「これでは暗過ぎて顔が良く見えないな。どれ」
なにをどう操作したのか、鬼王が少し手元を動かすと部屋の灯りが点き、薄闇を照らした。
「うむ、これでよう見える」
灯りは、それまで見えなかった鬼王の姿をあらわにしてくれた。
(デケエ!)
王座に座っている者の体格はその威厳と相まって他を圧倒するほどの存在感を放っていた。その身には、紫の着物をまとっている。
「『鬼助』よ、いつまでそうしているつもりなのだ? くつろいでくれ」
「じゃあお言葉に甘えて!」
いの一番に飛びだしたのはカヌラだった。「よっこらせ」と言いながら、段差に腰かけて、それからほぼ横になるような姿勢で背を思いっきりもたれた。
「こ、こらカヌラ! アンタ失礼だよ!」
「いや、よいのだ。ぜひそうしてくれ。ワシも、その方が気兼ねしなくていい」
鬼王は柔和な笑顔を見せる。
「なら遠慮なく!」
ホウランは鬼王がそう言うと、今度は自分もカヌラのように羽をたたんでくつろいだ。あとにガロウが続く。桃太郎も、背筋を伸ばしたまま段差に腰を下ろす。
「はっはっ! 遠慮せずに、ワシの近くにきてくれ。とって食いはせん!」
明るく笑ったつもりだろうが、猛獣のうなり声のようなその声で「ガハハ」と笑われると、なんだか余計に恐ろしさが増したような気がしたが、桃太郎が鬼王のそばに行ってそこで腰を下ろすと、みなもそれに続いた。なんだかおかしな光景だった。さきほどまでは、鬼と命がけの勝負を繰り広げていた者達が、今度はそこの頭首と並んで座っているのだ。
「せっかくだ。自分の事を知りたいと申したな『鬼助』。ならば我々の事を、『鬼族』についての話を聞くのが一番だろう。そうすれば自ずと、自分が何者かが分かってくるはずだ」
「いいねえ! オレも聞きてえな!」
「アタシも!」
「興味深いな、私も聞いてみたい」
桃太郎よりも先に、他の三人が興味を示す。
「はっはっ! そうか、聞いてくれるか。『鬼助』も、どうやらその気らしいな」
桃太郎は、背筋を伸ばしたまま、黙って話を聞いている。
「では、そうだな……、なにから話せばよいやら……ワシのことでも話そうか」
「いいねえ! 楽しそうじゃねえか!」
カヌラがはやし立てる。いちいちうるさいヤツだ。
「そうかそうか。ならば、まずはワシのことから話そう……」
「ワシが生まれたのはおよそ二百年前だった。『赤鬼』の寿命は百五十年と言われているので、だいぶ長生きの部類に入るだろうな。…ワシの祖父は『白髪鬼』と畏れられた鬼じゃった」
「聞いた事がある!」
カヌラとホウランが反応する。
「鬼族の今の繁栄は、その祖父のチカラが大きい。祖父は頭髪だけでなく、その肌も、少し青味がかった白い肌をしていた。だが、まぎれもない『赤鬼』じゃった」
「なぜそう言い切れるんだい?」
ホウランがきく。
「チカラだ。圧倒的なチカラを持っていた。祖父のチカラは、歴代の鬼達の中でもずば抜けていただろうな」
「ふ~ん……」
「だが、祖父はもっとも『赤鬼』らしくない『赤鬼』とも言えた。食欲はほとんどなく、それに戦闘意欲も皆無に近かった。その寿命もまた普通の赤鬼よりもずっと長かった。なによりも、子を容易になすことができた」
「じゃあ、ほかの『赤鬼』からは簡単に子が生まれないのかい?」
話好きのホウランは積極的に質問をする。
「滅多に生まれない。鬼の血が濃いことで赤い肌の『赤鬼』が生まれるのだが、その鬼の血が濃ければ濃いほど、子をつくるのは難しくなる。だから、自然と我々は他の種と交わることが多くなった」
「それが不思議だな。違う異界種同士が交わるなど聞いた事がない」
ガロウが疑問をぶつける。
「我々には、ほかの異界種が持つような『恵』がまったくない。もしかすると、ほかの者と交われるということが、我々の持つ『恵』なのかも知れぬ」
「交わり子をなすことができる『恵』か……。しかし、それは鬼の視点に立ったものでしかないように思うな。鬼側は子孫を残すことができるので良いかも知れぬが」
ガロウが率直な意見を述べる。
「……そうだな。しかし、やはりほかの種にとってもそれは良いことなのかも知れぬ。交わることを繰り返し、ワシはその結果生まれた子達を多く見てきた。彼らは『赤鬼』のように戦闘に長けている者ばかりというワケではないが、実にさまざまな個性を持っていた。外見的にはまったく異なる場合もあるし、似てはいても細工()に大きな差があるものだ。肉体的には両親の特徴をそれぞれ受け継ぎ、そして病に強かった。精神的にも、それぞれが様々な考えを持ち、また自分とは異なる考えを持つ者を受け入れるだけの理解と寛容さも持っていた。これはすべて『赤鬼』とは異なるものだ」
「って事は『赤鬼』ってのはなんだ、みんな同じような外見で、病気に陥りやすく、偏向的だっつーことかよ?」
カヌラがからかうように言う。
「概ねそうだ」
「へっ……」
意外な返答に、カヌラは逆に戸惑ってしまった。
「戦闘意欲が強すぎ、食欲も旺盛だ。尋常の場合、食欲が旺盛なのは悪いことではないが、『赤鬼』の場合そうはいかない。過去には野放しにされた『赤鬼』が手当たり次第に異界種を食い散らかしてしまうという事があった。最近ではそうだな、『天城山』の件と言えば聞いた事があるかも知れない」
「『赤鬼』に滅ぼされたっていう『羽人』達のことだろう? そりゃあアタイ達だけじゃなくって、異界種ならみ~んな知ってるさ。有名だもの!」
バサバサと、興奮してホウランは羽を鳴らす。
「たしかに我々鬼の悪名を一気に押し上げた一件であったからな……」
鬼王は苦虫をつぶしたような表情。
「あれは、あの一件に関わった『赤鬼』というのは、実はワシの弟だったのだ」
「弟?」
「うむ。会った事はないが、たしかにワシの弟だ……双子のな。本来ならば間引かれるはずだったが、内緒で祖父が逃がしてくれたのだ」
「そうだったのかい……」
「弟は、まさに絵に描いたような『赤鬼』だった。なによりも戦いを好み、飽くなき食欲を持っていた。さらに悪いことに、生きるためではなく楽しみのために『異界種』を食らうようになってしまった。我々鬼は、血のつながりを尊ぶところがあってな、それを大切にする。だが、それでも、ほかの鬼達と上手くやっていく事ができずに『鬼が島』を離れる鬼も存在するのだ。そんな鬼たちが、弟のもとへ自然と集まり、この『鬼が島』とはちがう勢力を自然と築き上げていったのだ。彼らはやりたい放題だった。飽食に飽食を重ね、その傍若無人ぶりは筆舌に尽くせないものがあった。その蛮行には我々も頭を悩ませていた。それはもう、我々『鬼が島』の鬼たちと彼らとで一戦を交えるかどうか、というところまできていた。しかし、それも杞憂に終わった」
「改心したのかい?」
「いや、そうであればよかったのだが、ちがう。討たれたのだ。人間の、なんとかという武士に」
「人間に……!」
「ワシも、その一報が届いた時には、にわかには信じられなかった。それほど、『赤鬼』というのは強く、そして人間はか弱い生き物であるからな」
「……」
桃太郎はひとり、さっきから黙ったままだ。
「うむ。手のかかる弟であった。それに、ほかの『異界種』にとっては甚だ迷惑な存在だったであろう。だが、ワシにはそれでも、たった一人の弟じゃった」
「だから、ふたりが生まれた時にも『鬼助』を殺さずに逃がしてやったんだねえ……」
ホウランがほろりと言う。
「……そうだ」
「悲しいねえ……!」
ホウランは翼で顔をおおう。案外涙もろい。
「『天城山』の一件から数十年後、ワシは人間の女と恋に落ち、ふたりの子をもうけた。その子達は思いがけず、鬼の血を色濃く受け継いだ正真正銘の『赤鬼』だったのだ。別段そんなつもりはなかったが、人間とのあいだに生れた子なれば、むしろ鬼の血は弱まると考えもしたが、逆であった。人間の血は、赤鬼の血に圧倒されてしまったのだろう。……『鬼助』を川に流す時、妻は、『鬼姫』はひどく泣いておった。ワシはあの時ほど気持ちが暗くなったことを、いまだに知らない」
「……」
「大昔、鬼がまだ『赤鬼』だけだった頃、子はなかなか生まれず、生まれたとしても角が何本も生えていたり、手足が曲がっていたり、病にかかりやすかったり、異常なまでの好戦的な性格や気質を持っていることが多かった。それが他のモノと交わることで、赤鬼の血を薄め、しだいに我々はその数を増やしていけたのだ。だが、我々はその『愛すべき伴侶』、もしくはその同胞たちを、食らわねばならないことが何度もあった。……生きるためだ。そのために我々は食らう。しかし、我々の食らう相手は、我々と同じように言語を解し、感情を持ち、時には我々の子の親になる者たちであった。ワシは……いや、我々は……それがいつも悲しい」
「……」
気づけば、もう皆黙ってしまっていた。唯一の語り手であった鬼王も、今は黙ってしまっている。
『ほ~ほほほほ~!!』
沈黙を破るように、なんともめでたい笑い声が部屋中に響いてきた。
「こ、この声は」
「じ、じじい!」
『ボワン!』と気の抜けた音がして、それからあたりにムラサキの煙がどこからか湧いてきた。芳しい、心の落ち着く匂いだ。
『ひっさしぶりじゃのう、みなの衆!』
煙からでてきたのは、おどけた仕草をした紫雲仙人だった。
「コラじじい! てめえ悪の親玉このヤロウ!」
カヌラは紫雲が出てくるや否や、紫雲に飛びかかる勢いで迫った。
『これカヌラ! 悪の親玉とは失敬な! ワシはお前たちを導いてやったんだぞ!?』
「はぁ~、これだから年よりは! よくもまぁいけシャアシャアと……!」
「待てい! カヌラ殿。……紫雲さまのお話をよく聞くのだ」
思わぬ雷喝をする鬼王に、さすがのカヌラは少しだけ態度を改めた。だが、その鋭い目は今も紫雲をにらみつけている。
『まったく、困ったもんじゃのう、お前さんには(苦笑)。……ところで桃太郎よ。こたびは難儀であったな』
「……はい」
『最善の方向へ導いたつもりじゃったが、ワシも万能の神ではない。許せ』
「いえ、この桃太郎、紫雲さまには感謝の念しかございません」
「オレはちがうぜ! あんた仙人だろジジイ! もっとうまいことできなかったのかよ!!」
『無理を言うな。ワシは寿命を天地と一つにし、ほかの生き物よりも長生きするだけが能のただのジジイよ。仙術と言っても、死人を蘇らせることも、未来を完璧に予見する事もできぬのだ』
そう言われてカヌラは、もう黙ってしまった。本当はカヌラも、どうしようもなかったことぐらい気付いている。
『数奇な運命のもとに生まれたお主だったが、どうじゃ、今何を思う、桃太郎よ?』
「……分かりません」
『ほっほっ! 正直でよろしい! ところでな、そんなお主にピッタリの仕事があるんじゃが』
紫雲は満面の笑みを浮かべる。この仙人さまはいつもだしぬけだ。
『そんなお主だからこそ、適任だと思うのじゃ!』
「仕事……ですか?」
『うむ。仕事じゃ。それも貴い』
「それは一体?」
『こほん!』と紫雲はせき払いをひとつする。このもったいぶった感じが、なんだか世俗を感じさせ、とてもこの老人が仙人だとは思えないのだ。
『【畏山】というのを、聞いた事があるかの?』
「あの、亡者の魂があの世に行く前に集うという霊峰のことでございますか?」
「知らぬ」と言いたげな一行の中で、鬼王だけが当然のように答える。
『さっすが鬼王! よく知っておる! そうそう、その霊峰・畏山の管理人を、桃太郎、お主に務めてもらいたいのじゃ』
「わ、わたくしに!?」
『うむ。お前さんにじゃ。お前さんは、今大変迷っている。おそらく、自分の中では出口のない無明の世界へ迷い込んだような気分になっているのではないか? 畏山の管理人になれば、その肉体は封印され、年をとらぬ。お主はそこで、何年、何十年、あるいは何百年・何千年という時間をかけて、様々な魂と出会うのじゃ。それら多くの魂たちを見て、考え、感じ、なにか悟るところがあってもう一度この世に生まれ出たいと思えば、その時自然とお主は二度目の生を受けるのだ。『鬼助』でもなく、これまでの『桃太郎』でもない。新しいお主に、な。……どうだ、やってみるか?』
「……」
桃太郎は少し顔を伏せて考えている風であったが、やがて決心がついたように、
「お受けさせていただきます」
と深いお辞儀をした。
『そうか! ……そうと決まればさっそく参ろうぞ! 畏山にな!』
紫雲はそう言うと、なにやら不思議な呪文を唱え始めた。
「ま、まてジジイ! オレも桃を見送りてえ!」
呪文を唱える紫雲を見て、すぐさまカヌラが紫雲に願い出る。
「ア、アタシも!」
ホウランもカヌラの様子を見てなにかに気付いたようだ。
「私もお願いいたそう!」
ガロウもそれに続く。
『いいよ』と言う代わりに、紫雲は左手の人差し指と親指で丸を作る。
『……ハ~!』
呪文を唱え終わった紫雲は両手で印をむすび、体内で練った『神気』を口から吐き出した。
『……鬼王よ、お主はどうする?』
「私は参りませぬ。それに今行かずとも、鬼助が畏山の管理人を務めるとなれば、また近い()うち()に会えるでしょう」
『それもそうだな。では、さらばだ! ……行くぞお前たち!』
紫雲が桃太郎一行にむかってそう言った瞬間、『ボワン』とムラサキの煙があたりに立ち込め、煙が晴れると、五人の姿はもうそこになかった。
「うひゃ~! なんにもねえ!」
カヌラの大音声の感想。
「たしかに、こりゃあなんにもないねえ」
ホウランも同じ感想。
「……ほんとうだ。なにもない」
ガロウだって同じ。
「なにも……nありませんね」
桃太郎もそうである。
『うむ。なにもない。どうじゃ、見るからに荒涼とした所じゃろう? ほっほ!』
紫雲仙人はなんだか嬉しそうだ。
『じゃがな、この何もない場所に、ワシの目には多くの魂が見える! ……お主たちには見えぬであろうがな』
「じ、自慢なのか、ジジイ?」
『あほう! ちがうわい!』
実は、カヌラだけでなく他の者たちも一瞬自慢かと思った。
『一見なにもないように見えるがな、ここはたくさんの魂であふれているのだ。今この瞬間もな』
「今も?」
『うようよじゃよ』
『ぐっ』と親指を立ててみせる紫雲。
『異界種も、人間も、野の獣たちも、み~んな最後はココに集まる。あの世に行く前に、必ずな……』
「その魂たちを、管理人はどうすればよいのです?」
桃太郎はいく分心配そうにきいた。ことによっては、大変な大仕事を任されたのかも知れないのだ。少し、後悔の念が起こらなくもない。
『な~んにも! しいて言えばただ見守るだけじゃ。たったそれだけ』
「……ええ~!」
一行は少々の間をおいて、それから驚いてみせた。
「それじゃあよ、誰だってできるじゃねえかよ!」
『うむ。誰にでもできるな。しかし……』
紫雲仙人は自分の立派な白いヒゲをさすりながら、
『なるべく生きることの辛さや歯がゆさ、そして不思議を知った者が良いのだ。その点、桃太郎は完璧じゃ! 間違いない、ワシが言っとるんじゃ!』
(うさんくせえ!)
そう思ったのはカヌラだけではなかろう。
『さて、そろそろよいかの? 心の準備は……できておらぬだろうがな』
紫雲は桃太郎の方を向いて言った。紫雲が言うように、桃太郎に心の準備など、できているはずがない。
『むむむむむむ……!』
おもむろに紫雲は印をむすび集中をはじめた。早速、桃太郎の肉体を封印してしまおうというのだろう。
『あっ!』
紫雲は急に印をむすぶのを止めて、
『この術は少々時間がかかる。別れの挨拶をするなら今のうちじゃぞ!』
と教えてくれた。
「たまには気のきいたことするじゃねえかジジイ!」
カヌラが褒めたようなそうでない様な事を言う。
「桃、思ってたよりもずっと楽しかったぜ。お前との旅は! ……お前が思ったよりも早()起き()しちまったらよ、オレと一緒に遊んで暮らそうや。なあに、山でとれる食料と温泉がありゃあ、あとはなんにもいらねえさ!」
カヌラらしい、別れの言葉だった。
「アタシもだよ! 変な猿がいなけりゃあこの旅の思い出ももっと良かったんだけど、人生、そうはいかないもんだね! ……今度アンタが起きてアタシがまだ生きてたらさ、かけっこ勝負でもしようじゃないの! 負けないよ! アタシは、異界種じゃなくなっても、今よりももっと速く走れるようになってやるんだから!」
ホウランが別れの言葉を言っている後ろで、カヌラがなにやらわめいている。
「……桃。お主に出会えて、本当によかったぞ。短い間であったが、まるで家族ができたみたいな心地になったものだ。もしも、お主が予定よりも早く目覚めてしまったら、私と一緒に人間の里で暮らそう……!」
ガロウにはめずらしく、熱のこもった喋り方だった。
『もう良いなお主たち!?』
紫雲は印もむすび終わり、桃太郎たちに声をかける。
「私も、皆さんと出会えてほんとうに良かったと思っております。願わくば、皆様の新しい生活が幸せになるよう……」
桃太郎がそこまで言ったところで、
『はぁ~!!』
と紫雲の口から神気がもれ、
『ビュワッ!』と閃光が走ったかと思えば、
「うぉ!? な、なんにも見えねえ!」
と、まぶしい光があたりを覆った。
「……んあ?」
だらしのない声を出して、カヌラは目をこすり、あたりを見回した。そこは、あの何もない荒涼とした景色がそのままあるのみだった。
「行っちまったかい……」
ホウランがつぶやく。
「そのようだな……」
ガロウも、目をこすりながら言う。
『ふぅ~、終わった~!』
すぐそばでは紫雲が一息ついている。光が消えたあとには、さっきまではいたはずの、ただ一人だけがいなくなっていた。
『ほれ!』
紫雲は三人に向かって何かを投げた。
「よっ」
それをカヌラが上手に受け取る。
『約束のモノじゃ。……ワシは用事があるからもう行くぞい?』
受け取った袋の中身を開けると、そこには『桃』が入っていた。
「用事? 仙人ってのも忙しいんだな」
カヌラが嫌味っぽく言う。
『ふっふっ。これから大陸の女仙と会うんじゃ♪』
紫雲は腰に手を当てて軽やかに跳ねまわる。
「……だめだ、このジジイ」
カヌラはあきれ果てた。
「まあ、でも今回はよ……」
が、カヌラが何かを言いかけた時にはもう、
「うん? あ、あのジジイ、もう行きやがったのか!」
紫雲の姿はもうなかった。
「さっさと行っちゃったよ、あのじっ様」
「それはすごい速さだったな」
「……はぁ」
カヌラがため息をつくと、いつもはうるさいこの連中も、なんだか静かになってしまった。
「そういやさあ、初めてだね。桃抜きで話すのは……」
「そうだな……」
「……もう帰ろうぜ? いつまでもここにいたって仕方ねえだろう?」
何気なく言ったカヌラの提案を、ほかの二人も受け入れた。
「それじゃあな」
それだけ言って、三人が互いに背を向けて歩き出した時だった。
『くるっ』としっぽを軸にカラダを反転させると、ガロウが去ろうとする二つの背に向かって、
「……どうせなら、いっしょに帰らないか? これが今生の別れとなるやも知れぬのだ」
すると、二つの背中は『クルン!』と向きを変え、
「へへ……。まぁ、ガロウがそう言うんならよ、仕方ねえわな。ガロウが言うならな」
「まったく、寂しがり屋だねえ『ワンワン』は!」
意外にも、二人はその提案をあっさりと受け入れた。
(なんだ、ふたりとも……)
ガロウはそれがすこしおかしかったが、ここで笑うと二人がいじけてしまうと思ったので止めた。
「で、誰ん家から先に行くのさ?」
「………最初はグー、じゃんけん……!」
どうやら、三人とも、別れを心から惜しんでいるのは、間違いなさそうであった。
「どうじゃ?」
「はい。大変興味深いお話でした」
老人にきかれて、少年はそう答えたが、
(よくできた作り話だなぁ)
と感じていた。
「それで、その桃太郎さんはそのあと目覚めたんですかね?」
少年は軽い気持ちで聞いた。なにせ、ほかに聞くことがなかったから。
「いや、ず~っと眠ったままさ。よほど、あの仕事が性に合っていたのだろうなあ」
「眠ったままですか……。では、ほかの三人は?」
「他か……」
老人は必死で思い出そうとしているのか、『う~ん』と言いながら手で頭を抱えてはうなっている。
「なにぶん大昔のことじゃからのう。たしか、ホウランの方は、あのあと『桃』を食べてただの鳥になったんじゃ。しかし、飛ぶことよりも走ることの方が好きだったためか、そのうち飛ぶのが上手くなくなってな。その子孫も飛ぶことよりも、走ることの方が得意になってしもうた」
「子孫?」
「うむ。今その子孫はたしか『雉』と呼ばれているはずじゃ! それとガロウ。あやつは『桃』を食べた後人間の里で暮らしはじめ、人間の家畜を山のオオカミどもから守ったりして、仲良く協力して暮らしたそうだ。彼の子孫は今では『犬』と呼ばれ、犬が『ワンワン』と鳴くのは彼の子孫だからという話だ」
「へえ~!」
「それとカヌラ。こいつが問題じゃ。あの猿は『桃』を食べたあと、山の猿と食っては寝て、それから気ままに温泉に入り、飽きたらメスざるを口説く、の繰り返しじゃった。今度はそれにすら飽きると大陸に渡ってむこうの仙人から仙術を本格的に学ぶと、調子に乗って自分を『斉天大聖』などと僭称し暴れ回っていたところを、高徳の偉い僧につかまって懲らしめられ、それからは改心してその僧の供として有り難い御経を手に入れるために西の方へと旅をしたそうじゃ」
「へ~! ……じゃあ、肝心の鬼たちは?」
「鬼か。やつらはそのまま生き続け、その中で多くの異界種と交わっていき、ほぼその原型をとどめずに変化していった。そして異界種が滅んで行くと今度は人間と交わるようになり、そのお陰で今の人間たちは、さまざまな瞳の色、肌の色、髪の色、そして顔・カラダを持つにいたったという事じゃな!」
「すごい(作り話なんだ)!」
少年はほんとに感心してしまった。
「いや、本当にすごい。感服いたしました。……小説家になられてはいかがです?」
少年は真顔で老人にすすめる。
「小説家? いけるかな?」
なぜか老人は乗り気だ。
「いけますとも!」
少年も強気だ。
「そうか、考えておこう! ……うむ」
老人は気前よくそう言うと、急に空を眺め出して、
「そろそろ時間かのう」
とだけ言った。
「なにかご用事でも?」
「うむ。そろそろ雲が流れてくる頃じゃ。おぬしには、世話になったのう。……おっと!ところで、お主の、恩人の名を聞くのを忘れていた! よければ、名を教えてはくれぬか?」
「はい、もちろん! 僕は『真太郎』と言いまして、現在高校二年生をやっております」
「なに!? 太郎とな! ……ほほっ、これはこれは、善きかな」
老人は少年の名が真太郎だとう言うのを聞いて『ニヤリ』と笑った。前歯が欠けていて、滑稽な面相をしている。
「さあて迎えも来た。もう行くかの」
「……お迎えが?」
真太郎はあたりを見回したが、それらしき人物はいっこうに見当たらない。
「うむ。ふふっ、大陸の女仙とな、逢引の約束があるのじゃ。……それでは、じゃあな、真太郎!」
「じゃあなって、おじいさ……」
真太郎が今一度老人の方へ向き直ると、そこにあの老人の姿はなかった。が、その代わりに、
『ほ~っほっほっほ、ほ~っほっほっほっ!』
という、なんともめでたいような笑い声があたりにこだました。
空を見上げると、そこには紫の雲が、見えたという。
……おわり!




