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レナード・ヴァッシュランド殿下。現国王陛下の直孫にあたられる、王位継承権第三位のお方。
豪奢な波打つ金髪に深い青色の瞳。人形のように整った顔。確かお歳は六歳だったと記憶します。
……これは、あれでしょうか。
ちらりとコナーさんを見ると、かすかに頷かれました。当たりですね。
「お前と、おまえ。遊んでやる」
今日はお忍びなのだからそういうのは無しにしろと、礼を取る私たちを立たせ、ジョンとエリザベス様を指名して近くの芝生に向かわれます。
他人に指図し慣れたその姿は、お小さいながらもさすがに王者の風格があり、拒むことなど考えられない雰囲気です。
急な展開についていけず、ぴしりと固まったままのエリザベス様を抱き上げて後に続きました。
「レナード殿下ですよ。エリザベス様より少しお兄さんです。一緒に遊びますか?」
「……うん」
緊張しながらも、初めてであろう歳の近いお相手に興味を引かれたようでした。
おずおずと鞠を転がし始めると、すぐに二人は遊びに夢中になりました。その姿を少し離れた所から眺めながら、傍らに立つ護衛の方に声をかけます。
「お久しぶりでございます、ヴィンセント様」
高い背、鍛えられたがっしりとした体つき。威圧感のある鋭い緑の瞳……軽装ながら、いかにも歴戦の騎士という風貌です。
勝手に上がる口角を止められません。
「元気だったか? 隊長から聞いていたけど、本当に王都に来てたんだなあ」
「はい。ヴィンセント様もお変わりなくていらして」
「俺は相変わらずだよ」
「ええ、変わらず素敵なヴィンス兄様です」
懐かしい呼び名を告げると、照れくさそうに金色の短髪をガシガシと搔きまわしながら、ふっと目元を緩めて笑ってくださいました。
あの頃と変わらない、青空を背景に私を見下ろす笑顔――こみ上げる望郷の念がとくんと鳴らす音を抑えるように、胸の前で手を組みます。
「覚えていてくださって嬉しいです。こちらに来たのですから、いつかお会いできたらと思っていました」
「本当だな。俺が向こうを離れたのが二十六歳の時だから……っと、あれからもうすぐ三年か。グレイスちゃん、随分お姉さんっぽくなったな。こっちには慣れたか?」
「みなさんによくしていただいていますので」
「そりゃ良かった………その。お母さんは残念だったな」
「――そう、ですね。お気遣いありがとうございます」
以前と同じに大きな硬い手で、ポンポンと頭を撫でてくださいました。
娼館のあったダッカ領は、サイレイス辺境伯の治める地で、伯の領軍と国軍が共同で国境を守っています。国軍は国内の騎士・兵士が二〜四年の任期で順番で入れ替わるようになっていました。
ダッカ領にいた頃に隊長さまの付き人的なお仕事もされていたヴィンセント様にも、華の館はご贔屓をいただいていました。
「そういえば、ダッカを離れる頃に姪御様がお生まれでしたよね。お健やかでいらっしゃいますか?」
「おう! かーわいいぞ。女の子は小さいのな、甥っ子どもより随分大人しいし……」
身振り手振りを交えにこにこと話すヴィンセント様は、その強面に似合わず子ども好きです。ご自身は独身でお子様がいないことから、娼館の子どもたちと気さくによく遊んでくださいました。
たくましい両腕にぶら下がり、ぐるぐると回していただくのは特に男の子たちに大人気。ヴィンセント様は皆の兄様となって可愛がってくださっていたのです。
侯爵家のご子息であるにもかかわらず、次男の自分は継ぐ必要がないからと騎士団に籍を置き、貴貧へだてなく接してくださる真摯な豪放磊落さ。
団員からも領民からも厚い信頼を寄せられていました。
「ヴィンセント様は殿下付きなのですか?」
「いや、俺は騎士団のほうだ。殿下の専属は別にいるんだが、今日は剣の手合わせの日でな、時々見てやってるんだが、時々こんなふうにお忍びのお供させられるってわけだよ」
ヴィンセント様は国内でも有数の剣士でいらっしゃいます。その気さくさと相まって、お忍びのお供にはこれ以上なく適任でしょう。
「……本日は未来の王妃にお会いに?」
「まあなぁ。俺としちゃ、まだまだ早いと思うんだが。王族ってのは色々あるからなぁ」
王家の縁組。身分的にも年齢的にもエリザベス様はお相手としてぴったりです。
魔力制御の不安から今まで表立った話はありませんでしたが、最近の成長ぶりが知れればお妃候補の筆頭にあがるのでは、とアニーから聞いたばかりです。
身分的にも年齢的にもお相手として申し分なく、制御さえできれば魔力値が高いことも王家には歓迎されるでしょうと。
「さすがに突然で驚きましたわ」
「いや、悪い。今日は本当に予定になかったんだ。どこかでこちらのお嬢さんの話を聞いたらしく、突然行きたいと言い出されて」
笑いながら冗談めかして責めると、警備のことも考えてほしいんだがな、とわざとらしく溜息をつかれました。
「普段はまず、我儘は言われない方なんだが。どうしてか俺の時ばかり無茶を仰る」
「好かれてらっしゃいますのね。さすが兄様です」
苦笑いのヴィンセント様に笑顔で断言すると、何やら揉め始めた声が聞こえる小さい二人の方へ足を向けました。
半年前のエリザベス様を思います――感情を押し込め、すべてを拒んだ小さい背中。伸ばすことを諦めた、か細い手……。
甘えられる人が近くにいることは幸せなことです。
「これは、わたしのなの!」
「いいから渡せと言っているんだ。僕の言うことが聞けないのか!」
「――っふ、えっ」
ああ、お二人の魔力が絡み合うように揺らめいています。
涙目で鞠をしっかり抱きかかえたエリザベス様の肩を、レナード殿下が掴んでいます。
身分の高いお二人の諍いに、ジョンは手を出せずに困り果てていました。
「殿下、エリザベス様。どうなさいました?」
私はそばに近づくとしゃがみこんで、二人を両手でぎゅっと抱え込みました。
――今日は無礼講でいいんですよね、そうおっしゃいましたよね。後でやっぱり不敬罪とかナシですよ。まあ、ヴィンセント様がいらっしゃるので大丈夫でしょう。
「ぐれいす、おねえさまぁ」
「こ、こいつが独り占めするんだ!」
「あら」
「ちがうもん! らんぼうにするの、だめなの、だいじなの!」
「まあ」
可愛らしい取り合いっこでした。
エリザベス様は抱きついてくるし、殿下は私に急に抱きしめられるとは思わなかったようで困ったご様子。真っ赤な顔でワタワタしても、離しませんけれど。
「ふふ、私が作った鞠をそんなに気に入ってくださって嬉しいです。お気に召したのなら殿下の鞠もお作りしましょうか。何色がお好きですか? 剣や馬の刺繍も出来ますよ」
「本当か!」
「ええ、もちろん。でも、少しお疲れではないですか。そろそろお菓子とご本はいかが?」
二人に顔をくっつけて内証話のように囁きました。お菓子で誘惑です。他力本願です。
「「たべる!」」
声が揃ったことにおかしくなってお互い顔を見合わせると、思わず吹き出してしまいました。
皆で笑いながら右の手をエリザベス様、左手をレナード様とつなぎます。仲直りですね、と顔を覗けばお互いにごめんなさい、悪かった、と口になさいました。
にやにやするヴィンセント様を睨みつけても、赤い顔では迫力に欠けてますよ殿下。
「さっすが。『華の館のちい姫』は健在だな」
「なにをおっしゃいますか。さ、中でお茶にしましょう」
屋敷に戻り、アニーにお茶を淹れて貰って絵本を眺める頃には、お二人はレン、リズと呼び合うようになっていました。
たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます。
大きな大きな「なろう」の海で、このお話を見つけてくださった皆さまに心からの感謝を!
2016.3.31
(活動報告に長文御礼してます。よろしければそちらも)