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親愛なる女将さん、ブレアさま
おかわりなくていらっしゃいますか。私は元気です。
私が、ただのグレイスから、グレイス・フォーサイスになって、ちょうど一ヶ月が経ちました。
女将さん、貴族の方というのは同じ家に住んでいても会わないものなのですね。初日の夜以来、侯爵様はお仕事が忙しいらしく屋敷にお帰りになりません。
奥様は、夜会などにお出かけになるところを何度か遠目で拝見しました。
エリザベス様もどちらにいらっしゃるのか、お姿は見えません。それは広いお屋敷なので、そういうこともあるのでしょうが……まるで、使用人の皆さんと私だけで住んでいるみたいです。
食事だって、奥様は私室で済まされますし、エリザベス様は召し上がる時間がまちまちのようで、ご一緒したことがありません。
日に何回もキッチンの方の手を煩わせるのも、と思って、せめてエリザベス様の時間に合わせると申し出たのですが、コナーさんと料理長のマックスさんにやんわり断られてしまいました。
今はマナーレッスンを兼ねているのでコナーさんと侍女のアニーが一緒にいてくれます。
でも、じきに広い食堂で一人っきりでいただくようになるのかと思うと……華の館で、皆でわいわいと賑やかだった食事時が懐かしいです。
屋敷で働く方々とは仲良くなれたと思うのですが、ご家族の方とは打ち解ける以前にお顔を合わすこともなく。私の方から接触するのも憚られ、なかなか難しい状況です。
侯爵様は家庭教師の先生方をつけてくださいました。
今は主に地理と歴史、フォーサイス侯爵家や他の貴族の方達についてなどを学んでいます。
たくさんの方のお名前を一度に覚えなくてはなりませんが、娼館でお母さまやおねえさまたちから教えられたコツを思い出して、どうにか頑張っています。歴史の勉強は楽しいです。
侯爵家の立派な図書室のこと、前の手紙でも書きましたよね。
残念なことにまだ一度も利用できていないのです。勉強を頑張って、自由時間が増えたらたくさん本が読みたいです。
庭師のジョンさんが丹精されたお庭もとても素晴らしいのですよ。今度ゆっくり歩いてみたいです。
それから先週、神殿から神官様がいらっしゃいまして、私の魔力を測っていかれました。
貴族の方たちは生まれた時だけでなく、十歳くらいでもう一度測るのですって。
結果は「貴族の女児の平均的な値よりやや下」だそうです。やっぱり。
魔力など、多い少ないはあっても皆が持っているもの。私などあるだけで使えるわけでもなく、測るほどのこともないのに、と思っていたのですがその通りでした。
でもですね。
女将さん、大変です。
私、ディナリア神の加護持ちだったそうです。
魔力を測っていた途中で神官さまが急に慌てだしまして、急遽、家令のスティーブンスさんとアニーを供に王都の中央神殿に連れて行かれました。
いつも何かと気にかけてくださるコナーさんは、侯爵様の御用でお留守だったのです。帰ってから自分こそがご一緒したかったなどと言ってくださいました。ダッカにいらしたときから変わらずとても優しい方です。
荘厳な神殿を拝見する間もなく、奥の部屋に迎えられました。
大神官さまと面会の支度が整う頃には、連絡を受けた侯爵様も王宮より駆けつけてくださいました。
お仕事が忙しいと伺っていましたのに、申し訳ございませんと詫びれば、困惑した顔をされてしまいましたが……女将さん、私は何か言い方を間違ってしまったでしょうか。
普段は開かない奥の聖堂に立たされ、大神官さまと数人の神官さまがなにやらいろいろなさいますと、私の身の回りにホワンとした光の膜が現れ、それをもって確かに加護持ちであると確認されました。
まるでシャボン玉のように光って綺麗でしたよ。
加護持ちは平民ですと巫女になるそうなのですが、今の私は貴族籍ですのでその必要はないそうです。
ただ、今は王都の神殿には加護持ちの巫女がいないので、神殿の行事の際はお手伝いをするように言われました。
私はすべて侯爵様にお任せしまして神殿を後にしたのですが。
女将さん。加護ならば、私よりお母さまについていてほしかった。
そうしたら、病などに命を取られることもなかったのではないでしょうか……どうして私などに。
私がフォーサイス侯爵家の娘となったことは、正式に受理され文書でも残されました。あとは、お披露目までに貴族子女としての勉強をする毎日です。
もうじき音楽やダンスの練習も始めると言われました。
歌とリュートは好きでしたが、ピアノや横笛と言われたら困りますね。ダンスはどうでしょう。パートナーと踊るダンスは初めてなので緊張しそうです。
ようやく時間が取れて、こうして二度目のお手紙を書くことができました。次はこんなに間を空けずに書きますね。
包み隠さず、という約束の通りにたくさん書いてしまいました。
こんなに厚い手紙になったら、コナーさんに心配されてしまうでしょうか。皆さん、本当によくしてくださいます。
ダッカ領はここより南とはいえ秋も深まってきたことでしょう。お茶の時間に花蜜飴が置かれたのを見て、いつもこの時期に喉の調子を悪くされてしまうジーナおねえさまを思い出しました。
女将さんもおねえさま方も、どうかお風邪など召しませんよう。
いつでも思っています。たくさんの愛をこめて。
グレイス・フォーサイス