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中間部 セイラ視点
フレイザー家に戻ると、厩には朝にはいなかった芦毛の綺麗な馬が繋がれていました。
「ああ、来てるのか。よかったな、セイラ」
にやにやするブライアンさまに、セイラさまはまた真っ赤になっています。
セイラさま、今日は赤くなりすぎてそのまま染まってしまいそうです。慌てて服ののシワを伸ばして、帽子で少し乱れた髪を気にするセイラさまかわいい。
屋敷の居間に戻るとその理由――セイラさまの婚約者のユージーンさまがいらっしゃっていました。
シリルさまとボードゲームをなさってくつろいでいる姿に付き合いの長さを感じます。兄弟同然と伺っていた通り、行き来も頻繁で自然なのですね。
「やあ、おかえりセイラ、ブライアン。楽しかったようだね。君がエリザベス様? 初めましてだね」
「エリザベス様、こちらはユージーン・ハワード様です」
「エリザベス・フォーサイスです。はじめまして」
セイラさまが間を取り持ってくれました。ブライアンさまと同じ歳と聞いてましたが、快活で気さくなブライアンさまに比べて、とても落ち着いた雰囲気の方です。
整ったお顔立ちが少し冷たく、真面目で厳格な先生みたいな感じ。ですが、セイラさまを見る目はとても暖かいので優しい方なのでしょう。
つい先ほどまで話題になっていた人にこんなにすぐに会えるなんて、なんだか不思議です。今までは名前だけの人しかいなかったのに。
ユージーン・ハワードさま……ハワード公爵家。薄金色の髪の毛、青紫の瞳――ああ。
「ユージーンさまは、ハワードさまでしたのね。宰相のハワード公爵さまはお父さま?」
「おや、父をご存知でしたか」
「この間、魔術院でお会いしました。飴をくださったの」
わたしが先生と魔術の練習をしているところに通りかかって、よく頑張ってるねって頭を撫でてくれたおじさまがハワード公爵さまでした。
綺麗な色の飴を、ぺったんこのポケットから魔法のように出してくれたのです。
「飴? 父上、令嬢に何を……」
「本当か!? 見てみたかったなあ、あの強面のおじさんが飴って……」
ユージーンさまはぽかんとして、ブライアンさまは面白そうに身を乗り出しています。
強面? ニコニコしてとっても優しそうで、ふさふさしたおひげに触ってみたかったのですけど。あのおじさまのお子さまですもの、ユージーンさまもやっぱり優しい方なのね。
「とっても美味しかったですって、お礼を伝えていただけますか?」
「え、ええ、勿論です」
「いやいやいや……ところでユージーン、来るのは明日の予定じゃなかったか?」
「ああ、殿下にね、頼まれたんだよ。学園の帰りに王宮に寄ったら、これを持って行ってくれって。君が早く帰る口実をあげようってね」
「はは、さすがレナード殿下」
はい、と渡されたのは見慣れた封筒、いつも楽しみに待っているレンからの手紙。
今読みますか、とセイラさまがペーパーナイフを渡してくれました。
――いつもの通り、飾りのない優しい言葉。
よっぽどこの四日間は王宮に来て欲しかったみたいでそのことも書いてありました。
ちょうど今が見頃な花のこと。王宮の庭に来る水鳥がヒナを連れていたこと……わたしに見せたかったと。
あったかい気持ちになって、わたしは首を巡らしてメグを探しました。
「お手紙の支度は持ってきてたかしら? お返事を書きたいの」
「はい、すぐにご用意いたします」
「ブライアンさまとユージーンさまがよろしければ、少し学園のお話を聞かせてくださる? レンに教えてあげるって約束したから、それも書きたいの」
「いいですよ。どんなことが知りたいですか?」
それじゃあねえ、とソファーに腰を落ち着けて夕食の時間まで楽しくおしゃべりをしたのでした。
**
エリザベス様が夕食後早々に、お手紙の返事を書くからとお部屋に下がらました。
お兄様の部屋に移った私たちは、ユージーン様と三人でヒソヒソ話です。
「それにしても、父上が飴とは……」
「そういえば前にいただいたお手紙にありましたわ。『よく頑張る子にご褒美をあげようって、親切なおひげのおじ様が飴をくれていった』と」
「ご褒美……私は父上から菓子など貰ったこともないのだが……」
飴の件はよっぽど予想外だったようです。もらった飴のひとつを魔術院の、あのドレイク様におすそわけしたというのは言わないでおきましょう。
大陸一といわれる、孤高の魔術師に飴一個って……エリザベス様ってば。
「ははっ、でもユージーンも今日話してみて分かったろ? あの子には飴の一つもあげたくなるって。あのおじさんが、と思うと、意外すぎて面白いがな」
「まあ、確かに……幼さはあるが、聡明で優しい子だな。殿下がお好きになるのも分かる」
「まっすぐで裏表がないし。とはいえ、さすがにフォーサイスの娘だ。あの歳で言質を取られるようなことは言わないんだよ、あれ、無意識かな」
「だろうな。王宮でも外交でも問題なくやれるだろう」
「生まれながらの王妃の器だなぁ」
「じゃあ、問題は一つだな」
あ、いやな流れになってしまいました。まあ、絶対この話になるとは思っていましたが。
「それでどうだった、セイラ?」
「もう、お兄様。私にはそういうのは無理だって何度も言ったじゃありませんか」
「でも少しは話ができたんだろう?」
「それは……まあ」
ずうっと片想いしていらっしゃるレナード殿下に同情したお兄様が、エリザベス様のお気持ちを探れと言ってきたのは先週のこと。
お友達として仲良くしてもらっていておしゃべりもたくさんするし、エリザベス様のことは大好きですが、今までそういう話をしたことがなかったし私だってそういう話は慣れてなくて恥ずかしい。
お兄様の頼みをきくつもりはありませんでしたが、結果的に恋のお話になって……私のことばかり聞かれた気がします。
もう、思い出すに恥ずかしい。
「殿下も秋から入学されるだろ。その前に内々にでも婚約者を決めろと、煩い奴らがいてな」
「伯爵家のがまた、随分強引に進めようとしていてね。陛下たちが殿下に任せていることもあって、全く引く気もない。それに、ご令嬢が良くできた方なので、断る理由も難しくて殿下もお困りでいらっしゃる」
お二人が殿下の味方なのはよく知っています。ヴィンセント叔父様も。
「せめてエリザベス様がうんと言ってくだされば、それを理由にできるのだが」
「……お好きだと、おっしゃってましたわ」
私の言葉に身を乗り出すお二人は、
「グレイスお姉様と同じくらい大好きだと」
揃って頭を抱えてしまいました。
「……殿下も頑張ってはいらっしゃるんだ」
「いるんだがなぁ……」
グレイス様の壁が高すぎる、と嘆くお二人。
確かに、グレイス様はとても素敵な方です。いつも穏やかで優しくて、私も大好きですもの。
でもね、お兄様、ユージーン様。
「でも、きっと、もうすぐではないかと思いますの」
私と同じ想像をしたあの時の、思いつめたような横顔。お姉様へと殿下への、想いの違いにきっとエリザベス様も気付くはず。
私は殿下にお会いしたことはないけれど、エリザベス様が殿下の事を話す時に、どれだけ楽しそうにしているかはよく知っている。
さっきの、指でなぞりながらお手紙を読む表情も……だからきっと、もうすぐ。でも少し気になったのは――
「あの。殿下はエリザベス様にお気持ちを伝えているのですよね?」
「子どもの頃に何度か言ったが、うまく伝わらなかったと聞いたな」
「そのあとは?」
「「………」」
………殿下。
「いや、フォーサイス侯爵には話を通してあると」
「そうではなくて。エリザベス様には、仕草や贈り物では伝わらないのではないでしょうか。はっきり、しっかり言葉にしませんと」
「だよなあ。おい、ユージーン、ちょっと今すぐ王宮まで走って殿下連れて来いよ」
「無茶言うなよ……」
わいわいと夜は更けていきました。
**
インクの乾いた便箋を丁寧に折って封筒に入れます。宛名に書いたレンの名前を見ながら、森でのセイラさまとのお話を思い出しました。
『――嫌だって。こんなのただの我儘なのに、他の誰でもない、私が隣にいたいって思ってしまったんです』
レンの隣に立つ誰か。私じゃない誰か――どうしてそれを思うと胸がざわざわするのでしょう。
何かと贈り物をくれるレン。
忙しい中、会いにきてくれるレン。
仔猫がいなくなって、隠れていた私を見つけてくれたレン。
……なんだろう、この気持ち。
「ねえ、メグ。メグは好きなひとっている?」
「な、ななな何ですかぁ急に、エリザベス様っ?」
やたら慌てるメグに、わたしは自分の胸を指差しました。
「わたしね、レンもお姉さまもメグも好きなんだけど、レンがほかの人と仲良くしてるって思うとなんだかここがきゅうってなるの。お姉さまがおにいさまと一緒にいるのは平気なのに」
「あ、はあ。なるほどぉ……」
「セイラさまは、そんなの嫌って思ったんですって。メグはそういうことある?」
メグは困った顔をして、エプロンを握ったり離したりしながら考え考え言いました。
「私はそういうのは縁遠いですから……そうですねぇ、エリザベス様。レナード殿下とご結婚されたら、他の誰かじゃなくって、エリザベス様がずっと仲良くできますよぅ」
「え」
「それこそ、グレイス様とラルフォード様のように」
「ええ?」
「殿下の隣にエリザベス様ご自身がいるのを考えてみましたか? どう、思いましたか?」
他の誰かじゃなくって、わたしが?
……それは。
「……嫌じゃないわ。ここも、きゅうってならないわ」
――かわりになんだかドキドキするけど。
わたしの返事を聞くとメグはホッとしたように笑いました。
「じゃあ、他の殿方の隣はいかがですか? ブライアン様とか、魔術院の先生とか。男の人ですよ、私やグレイス様を入れないでくださいね。腕を組んでぴったりくっついて立つ姿を想像してみてください」
「……ふつうね」
嫌じゃないけど、きゅうっともドキドキもしないわ。
「では。急に連絡が取れなくなったら? ある日突然、会いに来なくなって、お手紙を書いても返事もない……ようやく届いたのは彼の結婚式の招待状。エリザベス様は来賓席で二人にお祝いを述べなくてはなりません。いかがですか?」
どの人も寂しくは思うけど、ちゃんとお祝いをするわ。でも……レン。
どうして。
痛い。
胸が引きつったようにすごく痛い。そんなの、
「――そんなの嫌。お祝いなんてできない」
「想像だけで泣かないでください、エリザベス様。殿下への“好き”は、他の方への“好き”と同じですかねぇ」
違う。全然違う。
どうしよう、違ったんだ。
慌てて浮かんだ涙を拭うわたしを、メグはニコニコして見ています。
「殿下と一緒にいるのはとっても嬉しくて、殿下がいないのは特別寂しいんですよね。ねぇ、エリザベス様」
「――うん、そう。そうなの」
「それは、考えてそうなるのではなくて、勝手にそう感じてしまうんですよね」
自分の胸に両手を当てて、まっすぐわたしを見つめます。
「母が言っていました。大事なことは、ここが知ってるんだって」
決めるのは、心。
遅れて頷くわたしに、それでいいんじゃないでしょうか、と侍女ではなくお姉さんのような顔で言うメグ。
「たとえ王宮にお嫁に行かれても、私はエリザベス様についていきますよぅ」
「あ、ありがとう、メグ……でもそれは無理よ。わたし王宮には行けないわ」
「どうしてですか。侯爵様は反対なさらないでしょう」
それはそうだけど。
お父さまには好きな人と結婚していいって、そう言われたけれど。
相手は……レンは?
「だってわたし、お嫁さんになって欲しいって、レンに言われてないもの」
「……殿下、不憫っ」
――そんなに情けない顔しなくてもいいと思うの、メグ。




