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悪堕ち姫のお姉さま  作者: 小鳩子鈴
番外編
30/36

手のひらの虹をあなたに

本編 (8)の頃です

レナード視点


「ねえ、レン。どうしたらいいかなあ?」

「僕はこれも綺麗だと思うよ」

「もっときれいなのにしたいの。だって、おねえさまはもっともっときれいなんだもん」


 小さな手に三本目の花を握りしめて眉間にしわを寄せているのはエリザベス・フォーサイス侯爵令嬢――僕の『一番の仲良し』の女の子、リズ。

 再来月に彼女の姉がお披露目をすることが決まり、妹のエリザベスが髪飾りをプレゼントしたいと言い出した。


 花の飾りがいいね、魔法で素敵な色をつけたらどうかな、という事はあっさり決まったのだけど、その先がなかなかに難航している。

 今だって、バラ色の花びらがとてもきれいな青色に変わってるのに、これではダメらしい。


「おねえさまの髪の毛はつやつやした黒い色だから、お花もきらきらさせたいの」

「きらきらかあ……」

「光らせる事は出来るのですか、エリザベスお嬢様?」


 練習用に追加の花を持ってきてくれたのは侯爵家の専属庭師のジョン。この広い庭を任されており、とても美しく整えている大変腕の良い庭師だ。


「光る? おひさまみたいに? うーん……やってみるね」


 新しい花を左手に持ち、その花に右手をそっとかざして目を閉じる。

 二、三回深呼吸して息を整えた後、小さく小さく呪文をつぶやく。花びらが小さく震え出し、白い花全体が光を帯びて――、ボンっと軽い音がして茎だけ残して煙に変わった。


「ああ……、しっぱいしちゃった」

「おひさまって思ったから強すぎたんじゃない? 星や月ならどうだろう?」


 二人で何度も試してみるものの、今日も上手くいかなかった。

 先週からずっとこれの繰り返しだ。



 **



「へえ、それで困った顔してるんですか、殿下」

「ヴィンセント、何かいい方法知らないか?」

「花の色ねえ……グレイスならなんだって似合うだろうし喜ぶと思いますけどね、エリザベスちゃんがあげるなら」

「それは僕もそう思うけど、リズは納得しないよ。特別なのをプレゼントしたいって」

「じゃあ、頑張るしかないでしょうねえ。でも餅は餅屋と言いますから、魔術院のに聞いてみちゃいかがですか?」


 それもそうだな、と次の魔力制御の勉強の時に同じ質問をしてみた。

 図らずもその時の講師はアンガス魔術院監察官長。魔術に関する事務方のトップだ。

 態度も教え方もいつも厳しい、怖いおじいちゃん先生だけれど知識は確かだからきっと何かいい知恵があるはず。


「エリザベス嬢がグレイス嬢に差し上げる花を……そうですか、そうですか」


 すっごい嬉しそうにしてる。なんだこれ。誰だこれ。

 いつもピクリとも笑わないのに、目尻がすっごい下がってる。あれ、本当に本人?


「次に訪問した時にお話をしてきましょう、なに、エリザベス嬢ならきっとすぐに出来ますよ」


 講義の終わりに話を出したらご機嫌で帰って行った。ほうほうと、楽しげな後ろ姿に違和感しか感じない。

 まあ、でも……うん、いいか。その時は自分も同席しようと固く心に決めた。

 いや、決してリズの前でどれだけ甘い顔になるのか見てみたいからじゃない、はず。



 **



 アンガス官長は絵画の道具を持って侯爵家に現れた。東屋でそれらを並べながら話を聞くリズは真剣そのもの。教える方はやけに楽しそうだけど。


「さて、エリザベス嬢は『色』がどういう風にできているのかはご存知かな?」

「え、色は……できるものなの? もともとついてるのではないの?」


 僕もそう思った。色って作れるものなのか?


「『色』はもともとたった三つの色から生まれるのです。空色の青緑、マゼンタ色の赤紫、それに黄色」


 白い平皿の上に、その三色の絵の具を三角形の頂点の位置に塗りながら、ゆっくり楽しそうに話す。


「この三色の混ぜ具合によって、全ての色が出来ます。例えば、黄色と空色を混ぜると――」

「緑色になったわ!」


 皿の上で混ぜ合わされた二色は確かに『緑色』になった。


「次に、空色と赤紫を混ぜると?」

「わあ、今度は青よ!」


 皿の上の絵の具も興味深いが、目をきらきらさせて驚くリズに目尻が下がりっぱなしの官長の方から目が離せない。

 髭で隠れてるけど絶対、口角も上がってる。


「では、全部を混ぜると――」

「……泥みたいな色になっちゃった」

「お分かりかな、色は重ねると変化する。素材のもともとの色をよく考えて、何色にしたいかを決めないと思う色は出ませんよ」


 ふむふむと頷くリズは官長を見上げて言った。


「私ね、きらきらしてるのがいいって思って、たくさん考えたの。それで、虹色に決めたの!」

「ほう、虹色……それは空にかかる虹の橋のかね?」

「お空の虹みたいに色がシマシマになってるのじゃなくって、しゃぼん玉みたいな虹色がいいの!」


 アンガス官長の眉がびょんっと上がったのが分かった。


「それは……なかなか手強いですな」



 **



 赤、青、黄色、紫、緑……カゴの中には色とりどりの花。それを見て腕を組むのは、金色の髪の毛と大きな茶色の瞳がくるくるしている女の子。

 声をかけたら、泣きそうな顔でこっちを向いた。


「リズ、少し休んだら?」

「レンー、来てくれてありがとう……ダメなの、まだできないの。もうすぐ、おひろめの日なのに」


 わ、わ、本当に泣いちゃいそう。

 今にも溢れそうな涙が目元にたっぷり溜まってる。

 泣かれると困る、すっごく困る。だってどうしたらいいか分からない。


「な、泣かないで、リズ。あのね、今日はいいものを持ってきたよ」

「んくっ、いいもの?」

「うん。手を出して」


 よかった、少し泣き止んだ。

 お披露目の日はもう来週。たくさん綺麗な花はできたけど、リズの言う『虹色』だけがまだできない。


 だんだん元気をなくしていくリズをどうにか助けたくって色々やってみた。

 でも、魔術に関しては残念だけどリズの方が上なんだ。だから僕にできることってなんだろうって考えた。

 小さな手のひらに、そっと小さな石を乗せる。


「セルマお祖母様にお借りしたんだ。お祖母様は、お祖母様のお母様から譲られたんだって」


 それは、ミルクみたいな柔らかい白の中に様々な色が浮かぶ石のペンダントトップ。

 赤、青、オレンジ、緑――見る角度によって変わる、それこそ虹のような輝きを閉じ込めた不思議な美しい石。

 小さい時に一度だけ見せていただいたこの石を思い出して、お祖母様にお願いしてみた。大事な石を少しだけ貸してくださいって。


「わあ……きれい。ほんとう、しゃぼん玉の石ね……きれい」

「これを見ながらやってみたらどうかなって思ったんだ」


 泣きそうだった瞳がきらきらして眩しいくらい。

 うん、こういうのがいいなって思ってたのと言って、早速一輪を手に取る。


 髪飾りに選んだのは今が盛りのヒメユリ。すっきりとした小ぶりな花形が、グレイスの雰囲気に合うだろうとみんなからも賛成された。


 黄色のヒメユリに手をかざし、慎重にその黄色を失くしていく――結局、リズの言う虹色は、地色がない方が出やすいのでは、というアンガス官長のアドバイスでまず色を抜くことになった。

 これがまた難しくてできるようになるまで随分かかった。

 向こうが見えるほどに透けた花びらに今度は色を乗せていく。


 テーブルの上にそっと置いたセルマお祖母様の石をじっと見つめ、ほんの僅かずつ魔力を流していくリズ。


 リズの魔力は心地いい。騎士団や魔術院で魔力を使う場面によく遭うが、術者によって波長が違うのが興味深い。火のように感じる者、水の流れのような者、いろいろだ。


 リズの魔術は、その時々で随分違うけれども、根底は一緒……森の風。ずっと吹かれていたいと思ってしまう。

 アンガス官長にそう言ったら凄く複雑な顔をされた。あれはなんだったんだろう。


 透明だったヒメユリは、いつの間にか少しずつ色が乗り――とうとうそれは、お祖母様の石と同じような、いや、それよりも美しい虹色へと変わった。

 淡く光りながら、花びらの中で揺れる虹色。


 リズは額に汗を浮かべて、お日様みたいな笑顔を向ける。


「――っ、やったあ、レン! できた!」

「すごい、すごく綺麗だよリズ!」

「よかった……できた、きれい……」


 わ、だめだめ、せっかく成功したのにっ。


「リズ、泣かないで、ほら、ちょっと貸して」


 これは頑張って覚えてきたんだ。虹色のヒメユリをそっと受け取って僕の魔力を慎重に流し込んでいく。

 ふっと一瞬だけ花の周りに膜が張って、すぐ消えた。よし、こっちも成功。


 不思議そうに僕を見るリズに花を返しながら説明する。


「時間を遅くする魔法をかけたんだ。半月くらいはこのまま咲いているよ」

「しおれたり枯れたりしないの? すごいっ、レンすごいね! ありがとう、嬉しい!」

「!!」


 一緒に髪飾りを作り始めてから、将来リズのお披露目の時に僕は何を贈ろうかなっていろいろ候補を考えてたけど……今、そのリズにぎゅって抱きつかれたら、全部どこかに飛んでいっちゃったよ。

 なんだろうこれ、剣の稽古の後みたいに心臓がばくばくする。


 お祖母様がひいお祖母様から贈られたこの石は、いつかお祖母様から僕のお母様へと譲られるのだろう。

 その次にこれを持つのはリズだったらいいなって、なんかぽうっとした頭で僕はそんなことを思ったんだ。





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悪堕ち姫書影
アマゾナイトノベルズ/イラスト:セカイメグル先生

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