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後半 ラルフォード視点

 「……お、お姉さまっ、血が!」


 しばしの沈黙の中、最初に声をあげたのはエリザベス様でした。青い顔で私の腕や頬に視線を走らせます。

 そういえば、降ってきたシャンデリアの欠片で切れたのでしたか。


「今はもう血も止まっていますし、大丈夫ですよ」

「そんな、そんな……ああ、お父さまもお母さまも――! わ、私のせ」


 震える唇に人差し指を当てて言葉を止めます。

 こんなことでエリザベス様が気に病むことはありません。


「エリザベス様? 違いますよ。傷がついたのは、壊れたシャンデリアのせいです」

「でもっ」

「元はと言えば、あの魔物のせいです。それに前にも言ったでしょう?『私はとっても頑丈なんです』よ」

「グレイスおねえさま……」


 今にも泣き出しそうなエリザベス様を、ぎゅっと抱きしめました。こんなに小さい体でよく……でも、今日はもう。


「もう涙は十分です。そうでしょう?」

「――っ、はい。はい、おねえさま……」


 抱きしめたまま背中をぽんぽんと軽く叩いていますと、エリザベス様の体が揺れて、ふ、と膝が崩れました。

 急に体重を預けられて二人して倒れ込みそうになりましたが、近くにいたドレイク様が抱きとめてくださいました。


「眠ってしまいましたね……」

「そのようだな」


 そのまま、被害が少なかった衣装室の簡易ベッドへエリザベス様を運んでいただきます。


「ありがとうございます、ドレイク様」

「……この子は無意識に防御結界を張っているからと分かるのだが、君は生身なのに平気なんだな」


 なんのことでしょう。

 よく分からずに、まじまじとお顔を眺めてしまいました――切れ長の瞳は綺麗なグレーですが、左右で色が違います。年齢は、ラルフォード様と同じくらいでしょうか。

 若くして次席という重い立場についていらっしゃるドレイク様。お名前はよく聞きますが、お会いするのは初めてで……って、大変なことを思い出しました。

 慌てて礼を取ります。夜着もガウンもぼろぼろですが致し方ありません。


「私ってば。失礼いたしました。初めまして、グレイス・フォーサイスと申します」

「……」

「っく、ははは! いや、さすがグレイスだ」


 なにやら呆気にとられた顔のドレイク様の隣に、ヴィンセント様がいらしてました。

 ドレイク様の肩をばんばんと叩いて言います。


「助かったよ、ありがとなドレイク。で、そのダダ漏れの魔力、そろそろ抑えてくれないか? うちの団員が使い物にならん」

「ああ、そうだったな」


 そういえば風がおさまってからも、皆さん顔色も動きも悪かったです。ということは。


「魔力干渉ですか?」

「グレイスはエリザベスの魔力も最初っから平気だったんだよな。それがディナリア神の加護なのかねえ」

「普通、貴女程度の弱い魔力しか持たないのなら、部屋の外にいたとしても立っていられないほど具合が悪くなるはずですよ」

「そうなのです?」


 改めて見回しますと、奥様は気を失ったまま運ばれるところでしたし、侯爵様は土気色のお顔をして騎士団の方と何か話をしています。

 アニーは衣装室の隅で壁に寄りかかって青い顔で浅い息をして、多少は大丈夫そうなメグに背中をさすられていました。こちらと目が合うと申し訳なさそうに軽く頭を下げます。


「……私、自分が魔力が弱いから干渉を受けないのだと思っていましたが、違うのですか?」


 思わず、自分の両手を見つめて握ったり開いたりしてみます。


コイツ(ドレイク)の魔力は規格外過ぎて、低魔力者だと反発する前に飲み込まれて卒倒しちまうのが普通なんだよ。高魔力者なら多少は踏ん張れるが、時間の問題だな」

「特に体調に変わったところは感じませんが……なんのためにある加護なのか分からなかったのですけど、これがそのおかげなら、少しは感謝しないといけませんわね。小さいエリザベス様をぎゅって出来たのですから」

「……不思議な人だな、貴女は」

「ええと、光栄です?」

「ふはっ、なんで疑問形なんだよ」


 ヴィンセント様に言われて二人で笑ってしまいましたが、ドレイク様はなぜか困ったようなお顔をされていました。


 ドレイク様がご自身の魔力を抑えてくださってからは、顔色は悪いものの騎士団の方々の動きも早く、あっという間に部屋は平穏を取り戻しました。

 伯爵と男の子は魔物の影響が強く残っているようで意識が戻らず、ドレイク様が付き添って医療院へ搬送されました。

 エリザベス様は衣装室から自室のベッドへ戻り、侯爵様やコナーさんなど軽症の方は別室で治療を受けています。


 明るくなってからもう一度現場検証を行うことになりましたし、床や壁などの修繕も必要です。

 高魔力者の子どもの誘拐事件については一応決着がついた形ですが、結局、しばらくの間は魔術院へ身を寄せることになりました。


「それにしても、こんなに大事になるとは思いませんでした」


 夜明け前でしたが、一度王宮に報告に行くというヴィンセント様達を見送りに、玄関まで出ました。


「そうだなぁ。ドレイクを呼んでおいてよかったよ。ま、グレイスから相談があるって言われた時から心中穏やかじゃなかったけどな、俺は」

「そうですか?」

「昔っからグレイスの『相談』は両極端だからな。本当にたわいないか、その逆だ」


 肩を竦めるヴィンセント様に、そうだったかしらと首を捻ります。

 そんな私に、騎士団員を何人か残していく、とヴィンセント様は告げました。


「魔術院からの迎えが来るまでになにかあったら、すぐ連絡な。あの部屋には近寄らないこと」

「分かりました」

「アルを叩き起こして、ラルフォードには俺から伝えておくよ。寝ずにイライラして待ってるだろうからな」

「まあ……はい。お願いします」


 騎士団の方々を見送って、スティーブンスさん達の後から私も屋敷に入ろうとくるりと向きを変えたとき――突然体を拘束されて、声を出す暇もなく口元を布でふさがれたのが最後。


「こんな時間ですけど、お茶を淹れましょうか……グレイス様?」


 振り向き問いかけた侍女の問いに、応えはなかった。



 **



 ヴァッシュランド王国の北寄りにある王都から、単騎で二日。東西に低く長く連なる山脈の向こうに広がるのが、鉱山の国エルトミナ。

 かつて、この国がヴァッシュランドに攻め入る寸前にあったことを、ヴァッシュランドの大部分の国民は知らない。

 それを水面下で阻止したのが、ただの一人の女性だったことも。


「今日は風が冷たいな、今年の冬は早そうだよ」

「そうだな。おかげでフォーサイス外相は入国早々体調を崩して会議は欠席だ。明日晩の王宮の歓迎式典も、残念だが辞退させてもらう」

「うん。予定通りだね……悪いね、ラルフォード」

「まったくだ。まあ、五年前に叩ききれなかった事情も分かっている。それに、これで最後だろう」

「ああ、もちろん。そのために来てもらったんだから」


 エルトミナ城下の安宿。決して治安がいいとは言い難い地区にあるが、旨い飯と宿泊客の安全は折紙付のこの宿に、エルトミナに来ると必ず立ち寄る。

 今日も店内は繁盛している。湯気の立つ皿とゴブレットに並々と注がれた酒が並ぶテーブルの向こうには、待ち合わせた昔馴染が座っている。

 北国特有の、色素の薄い肌と髪色、淡い鳶色の目を持つ優男は、この国の第一王子だ。


 なんでこんなところに、という疑問は、以前の留学中に済ませた。

 級友になった奴に連れてこられたこの安宿で、馴染みまくって給仕をしていたのが王族だったなんて、宿の大将も知らなかったらしい。


 なんで気付かないんだ、と問えば逆に、なんででわかったと不思議がられた。

 曰く、王族といえども戴冠もしておらず役職にも就いていないから顔が割れるわけはない、だそうだが、そんなもん理由になるか。

 まあ、気にしないでよと言われ、そのまま雇い続けた大将は尊敬に値する。

 その後、さすがに立太子を機に店は辞めたが、今でも時たま給仕に立つというのだから、よく分からない。


「証拠は押さえたろうな、王子サマ?」

「隠してた底の底まで、完璧にね。君のほうは?」

「敵の動き待ちだ」


 目の前の男はにこりと笑んで、手のひらをうえに向けて転がすフリをする。

 柔らかな雰囲気に騙されそうになるが、さすが次期国王、掴めないほどに狡猾だ。そんなところも気が合って、こうして縁が続いているのだが。


 酒場でこんな話ができるのも、彼の高度な幻影魔術と防・遮音結界のおかげだ。

 必要以上にオーバースペックなのにも慣れたが、こいつがいれば王宮魔術師もいらないんじゃないか、この国。


「君の可愛い婚約者に手を出そうとしなければ、もう少し首がつながっていたかもしれないのにねえ」

「は、傍観していたくせによく言う」

「ごめんね、膿は全部出しておきたいじゃない……しかし魔物にまで手を出すとは、愚かすぎて笑える。そうまでして王位が欲しいかねえ」


 器があるなら喜んで今すぐ譲るのに、と料理をぱくつく姿に邪気はないが、腹の底まで真っ黒なのはよく知っている。お互い様だと言われるが、不本意だ。


 今回、国境線の会議という名目でヴァッシュランド側を呼び出したのは、第二王子の面々だ。

 いろいろ理由はついてくるが、結局のところ、継承争いに巻き込まれた格好になる。俺やフォーサイス侯爵をグレイスから引き離し、警備に穴を作る。さらに魔物で騒ぎを起こし、混乱に乗じて彼女を攫おうという魂胆だ。


 故アメリアはエルトミナ国では聖女同然の扱い。

 その彼女に生き写しのグレイスを第二王子の伴侶とし、そのまま王位も簒奪しようというのだ。


 普段なら切れ者の第一王子が出し抜かれることは考え難いが、唯一の弱点である王太子妃が倒れ、それに気を取られて監視が緩んだ隙を狙われたという。


「まあでも、顔が似ていなくても、血縁ってだけで標的にはされただろうね。弟の相手として年齢も丁度いいし」

「勝手なことを」

「そうだね。婚約期間が長引いてるんでしょう、早く結婚しちゃいなよ」

「誰のせいでまた延びたと思ってる。言われなくともそのつもりだ」


 三十年以上前、エルトミナは混乱の渦中にあった。

 山脈に沿って新たに鉱山が見つかったはいいが、採掘は波乱含みだった。


 最初に、採掘箇所を中心に、木が次々と立ち枯れた。

 山に流れる川の魚は死に絶え、麓の里では作物が育たなくなり、あっという間に飢饉が広がった。

 近くの村里では、月満ちて生まれる赤子は少なく、また生まれても長く保たなかったり奇形を持っていたりした。

 井戸の水を飲んだ者は病に倒れ、幾つもの里が廃され――建国以来の災禍に見舞われていた。


 そのすべての災いは山脈の北、エルトミナ側だけで起こっていた。同じ山に南側を接するヴァッシュランドにはほとんど被害がなかったため、エルトミナへの侵攻行為ととられた。

 国を滅ぼし侵略する為に、毒をまいたのだと。


 直線距離は近いが国境は山脈に阻まれ、民同士の交流は盛んとは言えない。

 国民の憤りと怒りは真っ直ぐに、顔の見えない隣国ヴァッシュランドに向かった。


「鉱山の害を指摘したアメリアは、あの当時の人達にとって聖女だからなあ。うちの爺様を筆頭に、歩いた地面までも拝んだってよ」

「迷惑だったろうな」

「はは、違いない。でも――事実だ」


 戦争まで一触即発の場面で設けられた非公式の会談の場、フォーサイス外相に同行してきたアメリア夫人がヴァッシュランド側の無実を証明した。

 流された毒は鉱山と、取れた鉱物を精製する段階で発生していること。

 鉱物は山脈の北側に偏っていて、ヴァッシュランド側で採掘は行っていなかったためにエルトミナだけが被害に遭ったこと。

 適切な処置をすれば、毒の被害は抑えられること。

 

 ――試した結果はことごとく、アメリアの言う通りだった。

 先の見えない毒の闇に飲まれ、疲弊した国力で勝ち目のない戦争を仕掛けるしかないほどに追い詰められていたエルトミナは、非難をせずに具体的な解決策を示したアメリアに傾倒した。

 直接面識のあった世代は今は高齢だが、その影響力は計り知れない。


「グレイス・フォーサイスなら、確実に王妃に据えられるだろうね」

「絶対渡さない」

「うん、そうして。傀儡にされるのは目に見えてるしね。僕は奥さん以外いらないし、アイツが娶って王位に就いたら三ヶ月で国が無くなるよ」

「……お前に素で付き合える女なんて、ほかにいないだろう。大事にしろよ」

「それこそ、言われなくとも」


 にっと笑って酒を飲む、この歪みまくって真っ直ぐな奴に政略でなく嫁いだ王太子妃は偉大だと思う。ぱっと見はごく普通の平凡な令嬢なのに大した猛者だ。


「明日の式典は夫婦で出席するのか?」

「体調次第かな、気晴らしになるようなら出て欲しいけど。大事な時期だから無理はさせたくないしね」

「産まれるのは春頃か。祝い考えておけよ」

「一番に知らせるよ」


 その後は延々と惚気話を聞く羽目になって辟易した、この二日後。

 進みの遅い会議を淡々とこなす俺の元にアルバートから緊急の連絡が届く。想定通りと分かってはいても、冷静でいるのは難しかった。


 ――『フォーサイス侯爵邸より、グレイス・フォーサイスの姿が消えた』――



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悪堕ち姫書影
アマゾナイトノベルズ/イラスト:セカイメグル先生

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