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「ラルフォード、そろそろ時間だ」


 アニーのいる方向から声がかけられました。


「……アル。空気読め」

「もちろん読んだよ」


 はあ、とため息をついて、ラルフは声の主の方へ向き直ります……片手は繋がれたままで。

 ゆっくりとこちらに歩み寄るのは、ラルフよりいくつか歳下くらいの、少し線の細い男性です。私と同じ色の黒い髪は短く揃えられ、少し下がり気味の緑の眼は優しそうですが理知的な光を灯しています。

 どこかでお会いしたことがあるような気もしますが、思い出せません。

 その彼は、にこりと笑って綺麗な礼を取りました。


「初めまして、グレイス様。アルバート・フレイザーです。本日のお披露目に寿ぎを」

「あ、ありがとうございます。あの、フレイザーというと……ヴィンセント様の?」

「甥です。いつも叔父がお世話になっております」


 言われてみれば、ああ、と膝を打ちました。宝石のような緑、同じ色の瞳です。


「顔を見るだけって約束だったろう、ラルフ。王宮に行かないと」

「オーガスト殿下も来ていらっしゃるし、行かなくていいんじゃないか」

「王宮で、王太子殿下がお待ちだ」


 終わった、とは聞きましたが、どうやらまだお仕事が残っていたようです。

 隣を見上げると、面白くなさそうに眉をひそめるラルフが目に入りました。


「それに、主役を独り占めはよくないよ。いらぬ注目を集める前に解放してあげないと」

「……分かった。ではね、グレイス。また近いうちに必ず。アニー、君もありがとう」


 私の頬に滑らせた指を名残惜しそうに離すと、お二人は連れ立ってバルコニーを後にされました。



「……お、おおお嬢様!? い、今の、ラルフォード様って、ダッカ領のっ、サイレイス伯のっ」

「そ、そう、ね。アニー。アニー、落ち着いて?」

「いえいえいえいえ! 落ち着いておりますともっ。わたくしアニー・メイソン、この上なく冷静ですわ!」

「アニー、一度大広間に戻りましょう。それに、そろそろ庭に降りないと」


 この上なく取り乱しているアニーを落ち着かせながら大広間に戻ると、スティーブンスさんと奥様がお客様の応対をしていらっしゃいました。

 目が合ったスティーブンスさんに視線で中庭を示されましたので、にこりと笑顔で返事をして外へと向かいます。


 初夏の爽やかな日差しに輝く庭木の下、テーブルには白いクロスが掛かり、並べられた素晴らしい料理に皆さま舌鼓を打っていらっしゃいました。

 ジョンの丹精した花壇を眺める人たちの中には、お客様と連れ立って歩く侯爵様の姿も見えました。

 ……心なしか晴れやかな表情に見えるのは、気のせいではないと思います。

 またもたくさんの方に囲まれて過ごしていると、私を見つけたコナーさんにそっと告げられました。


「王妃殿下方が王宮へ戻られます。最後にご挨拶を、と」


 コナーさんに先導されていくと、特別室のすぐ外ではヴィンセント様が護衛の方とお話になっていらっしゃいました。


「お疲れ、グレイスちゃん」

「ヴィンセント様。先ほどアルバート様にお会いしました」

「ああ、それならラルフォードにも会えたな?」

「……はい」


 頬を赤らめた私の返事にヴィンセント様は満足そうに頷くと、私を部屋の中へ案内しました。

 初めて入る大広間の奥の特別室――広さはありませんが、品の良い歴史ある家具が置かれ、落ち着いた雰囲気です。

 深い青色のソファーにゆったりとお掛けになっていた王妃殿下は、私を見ると嬉しそうに目を細められました。


「こちらにいらっしゃい、グレイス。少しだけお話ししましょう」

「はい。失礼いたします」


 言われるがまま、同じソファーに腰掛けますが……間を詰められました。近い。近いです、王妃殿下!


「ふふ、こんなおばあさん相手に緊張しなくてよろしいのに。そうねえ、私のことは『セルマお祖母様』って呼んでほしいわね」

「いえ、あの、そういうわけには」


 不敬、の二文字が頭をよぎります。

 それにしても、大広間でご挨拶いたしました時より随分くだけた雰囲気です。もしや、こちらが素でしょうか。


「だぁめ。他に人のいない時だけでいいから、お願いよ。ほら呼んでみて?」

「……でしたら……セルマ、お祖母様…? ふぐっ」


 恐る恐るお名前を口にすれば、ガバリと抱きしめられてしまいました。く、苦しいです。


「ああっ、もうっ、なんて可愛いの! ねえヴィンセント、やっぱり連れて帰っていいでしょう?」

「ダメですよ。たとえ離宮でもいけません。ほら、離しておあげなさい。窒息してしまいます」

「もう……残念だわ」


 ようやく吸えた空気に遠い目になってしまいました。ふはふはと息を整えます。


「今はフォーサイス家におくのが最善です。動くのは婚礼の時だけでよろしいかと」

「そんな。せっかくこうして近くにいるのに」

「聞き分けてくださいませ」


 王妃殿下とアメリア様は親しかったと聞きました。

 やはり、似ているから近くに置きたいのでしょうか――そんな私の考えはお見通しだったみたいで。


「違うわよ、グレイス。確かに似てるけど、アメリアと貴女は間違いなく別人よ。アメリアはアメリア、貴女は貴女。混同なんてしないわ」

「親友でいらっしゃったセルマ妃殿……お祖母様、からご覧になっても、私はそんなにアメリア様と似ていますか?」

「そうね。アメリアは童顔だったから。この国に来た時には二十歳を超えていたけど、見た目は今の貴女よりちょっとだけお姉さんってくらいかしら。それにあの人は早くに亡くなってしまったから、印象がね、若いままなのよ」


 初めて聞くことがありました。

 アメリア様は、このヴァッシュランド国の人ではない?


「ええ。ディラン……フォーサイス前侯爵が、外交で周辺国を回っていた時に出会って、連れ帰ってきたの。本人は『攫われて囚われていたのを逃げ出したところを、ディランに拾われた』と言っていたわ」

「そんな……知りませんでした」

「表立って出せる話ではないですからね、知る人は多くないわ。アメリアというのも本名かどうか……。一応、ヴァッシュランドの没落貴族の遠縁の娘という体裁を整えて、ディランと一緒になったのよ」

「そうでしたか……」


 王妃殿下は、遠くを懐かしむように言葉を続けられます。


「不思議な人だったわ。博識なのに妙なところで無知で……それなのに、鋭いところがあって。世間ずれしてるのに純粋で。家名や肩書きでなくその人自身を見て話した」


 セルマ様の口から出るアメリア様の印象は、今まで聞いたものとは違っていました。


「ああ、実は人見知りだったのよ? 出不精だし。でも一度心を開いた人はどこまでも受け入れてくれて……私にもそうしてくれたの。アメリアに出会えたのは、人生のうちで最も幸せな事の一つよ」

「……立派な方だった、素晴らしい女性だった、という話ばかり伺ってました」

「結果としてはそうなのだけど。本人にはその気は無かったわ。普通の、夫と子どもを愛するただの一人の女の人よ。だからグレイス、貴女もあまり気に負わないで」

「……はい。ありがとうございます」


 今まで、何かと偉大すぎて比べられるのも恐ろしい気もしていたのですが、初めてアメリア様という方が一人の人間として私の中に入ってきました。

 ――妻であり、母でもある、『普通の、一人の女性』だと。


「それと、孫がお世話になっているわね。お礼を言いたかったのよ」

「そんなこと。レナード殿下には、いつも私達のほうが楽しませていただいています。今日も素晴らしいブーケを贈って下さいました」


 日を置かずフォーサイス家を訪れてくださるレナード殿下。エリザベス様だけではなく、私にも親しんでくださって、とても楽しい時間を過ごさせていただいています。


「貴女たちと会うようになってからあの子、随分変わったのよ。以前はこう、才気走ったところがあって。上辺ばかりだったのが、ちゃんと物を見るようになったわ。それは貴女のおかげね」

「殿下はよく、ご本をお持ちになります。私は読んで、勝手に話しているばかりです」

「あの年頃の子どもにわかるように説明するのは、なかなかできることじゃないわ」

「そんな。小さな子どもに慣れているだけです」

「ふふ、そういうことにしておきましょうか。これからも仲良くしてくれると嬉しいわ、レナードの為にも……これは、エリザベスがつくったのでしょう? とても綺麗ね」


 私の髪に飾られた虹色の姫百合に、そっと手を添えて尋ねられます。


「はい。宝物が増えました」


 微笑んで言う私を満足そうに見つめるセルマ様の瞳に、なぜかお母さまを思い出しました。


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悪堕ち姫書影
アマゾナイトノベルズ/イラスト:セカイメグル先生

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