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 次々と到着なさるお客様で、侯爵家の大広間はあっという間に埋め尽くされました。

 正面の玄関ホールでは奥様が、大広間の中ほどでは侯爵様が、いらした方々の祝辞を受けてくださっています。

 私はご挨拶の代わりに歓迎のリュートを弾くことになっていました。

 コナーさんが手配してくださった本職の楽団の方達の中に入りますと、斜め後ろには、アニーがレナード殿下からいただいたブーケを持って控えてくれます。

  

 遠巻きに、でもしげしげと向けられる視線にもっと緊張するかと心配しましたが、演奏を始めるとそんなことも気にならなくなりました。開き直ったと言えるかもしれません。


「グレイス様、そろそろよろしいようです」


 しばらくが過ぎた頃、コナーさんからの合図を受けたアニーがそっと耳打ちをしてきました。私が演奏を止めると、事前の打ち合わせ通りに華やかな開会の曲に変わります。

 それとともに侯爵様が私の横に立ちました――お披露目の始まりです。


 拍手の中、リュートをブーケに持ち替えた私は、相変わらず目を合わせてくださらない侯爵様のエスコートで大広間の中心へと進みます。

 そこへ、王弟殿下御夫妻と、さらに王妃殿下の訪れを告げるスティーブンスさんの声が響きました。

 ――本当にいらっしゃったとは!

 予想外の御方の登場に、会場はざわめきだしました。私自身、きっといらっしゃいます、というコナーさん達の言葉に半信半疑だったのですから、それは驚いて当然です。


 公務からも遠のき、今は限られたところにしかお姿を現さない王妃殿下です。まさか一貴族の庶子のお披露目にお越しになるとは、誰も予想しなかったことでしょう。


 大扉から私たちのところまで海が分かれるように人は避き、護衛を連れた御三方がまっすぐにこちらに向かわれると、辺りは水を打ったように静まり返りました。

 響くのは、王妃殿下がコツリコツリとゆったりつく杖と、衣擦れの音だけ……今なら、瞬きの音も聞こえそうです。

 そっとスカートを摘み、最上級の礼を丁寧に取りました。


「重畳。面を上げよ」


 白髪を上品に結い上げた王妃殿下は、私の顔をゆっくり眺めると、その透き通った水色の瞳を懐かしそうに細められます。


「グレイス・フォーサイス。貴女の前途に幸多からんことを。王家の祝福をここに」

「……身にあまる光栄でございます」


 声が震えはしなかったでしょうか。

 王弟殿下と視線を交わした侯爵様が挨拶を始め、私も練習通りに言葉を紡ぐと周りから拍手が起こりました。


「さあ、皆も祝うがよい」


 王妃殿下の一声で楽団の音楽が始まり、歓談する声が戻りました。

 そして始まるのはダンスです。お披露目の一曲目は異性の親、もしくは婚約者と踊る決まりになっています。

 私たちの周りにはさっとスペースが空き、侯爵様と向かい合い手を取ります。

 演奏がワルツの曲に変わり、一歩目を踏み出す――その時を待っていました。


 体を寄せると同時に侯爵様の顔を覗き込み、不意打ちでしっかりと目を合わせます。

 驚いて見開かれた青色の瞳には、拒絶の色……くじけそうになる心に喝を入れて、にっこりと微笑みました。

 頑なに私の目を見ようとしない侯爵様とこうする機会は、今を逃したらきっともうありません。


「ようやく見て下さいました。侯爵様、私は大丈夫です」

「……何を、」

「精神感応系の魔力は私に効きません。それに、心を覗かれても別に構いません」


 侯爵様の瞳が、先程とは違った驚きで大きくなりました。

 ファーストダンスを踊る私たちの周りは他に誰もいません。それでも、侯爵様だけに聞こえるような小さな声で言葉を続けます。


「グレイス、君は……」

「エリザベス様も、少し気をつけてくだされば問題ないとのことです。魔術院の方に確認してもらいましたが、私達、魔力抵抗値が普通よりもかなり高いようです」


 まだお披露目前のエリザベス様は、今日のこの会にも出席できません。屋敷奥でメグとお留守番をしているエリザベス様に、できれば後で会いに行ってほしいともお願いをしました。


 侯爵家に引き取られてから……ずっと不思議でした。

 私に与えられる対応は心が尽くされていると感じずにはいられないのに、侯爵様はなぜここまで徹底的に接触を避けるのか。その真意はどこにあるのか、と。


 考えて、思い出したのはお母さまが『父親』のことを話す時の顔でした。

 ……愛して、ひと時想いが重なって、それで十分だった、と満ち足りたように微笑むお母さま。

 他人を見るのに聡かったお母さまが、あんなにも愛した方です。なにか理由があるのに違いありません。


 エリザベス様が、他人の感情を読み取ってしまう魔力をお持ちだと分かった時に、一つの可能性に思い当たりました。

 魔力は血縁で傾向が似ます。とすると、侯爵様も、同じような魔力をお持ちなのではないでしょうか。

 精神系の魔力は、制御が非常に困難だと聞きました。

 ならば、勝手に発動するその力で、私たちが精神操作を受けることのないように、目も合わせず近寄ることもしないのではないだろうか、と。


 外交のお仕事をなさる侯爵様。交渉の席で恐ろしいほどに有効であろうその魔力は、対外的にも絶対に秘匿されるべきものでしょう。もちろん家族にだって公言できるはずありません。


 確認しようにもお会いすることもままなりません。書面でご相談するわけにもいきませんし、もし違っていたらという気後れもあって日々は過ぎるばかり……。

 お披露目のためのダンス練習がいい機会と思ったのに、結局一度も事前に合わせることはありませんでした。

 

 確かめることを諦めたくなる気持ちがなかったとはいえません。

 でも、エリザベス様の虹色の姫百合を見て、やはり一度はお話をしようと――決して避けようがない今日この時なら、と心を決めました。


 だって……何度か、夜半に気配を感じることがあったのです。

 隣で眠るエリザベス様を起こさないように寝台の中で薄く目を開ければ、朧な月明かりの中でそっとこちらを見つめる侯爵様の姿が。

 伸ばした手はしばらく空中をさまよった後、シーツに落ちたエリザベス様の柔らかな金髪にほんの僅か指先で触れたのです。

 それだけで寝室を後にされました。名残惜しそうに、一度だけ振り返って。


 侯爵様は、エリザベス様のことを慈しんでいらっしゃる。それは確かなことに思えたのです。


「……守っていただいて、ありがとうございます」


 探るように揺れていた青い瞳は、ワルツの終わりになってようやく定まり、私を見て初めてその眦が緩められました。

 握り合う手にぎゅっと力を込めると、侯爵様の顔にそれと分かるくらいの笑みが広がります。


「……後で、話をしよう」

「はい。いつでも」


 ――お母さま。お母さまの愛した方に、ようやく少し近づけたでしょうか。


 コナーさんの泣きそうな笑顔が目の端に映ります。

 ヴィンセント様が大きな拍手をおくって下さっています。

 王妃殿下が満足そうに微笑んで、広間奥にある特別室に案内されて行かれました。


 もう一度しっかりと向かい合い、笑顔で礼をします。

 ダンスを終えた侯爵様と私は、どっと集まった人々にあっという間に囲まれたのでした。


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悪堕ち姫書影
アマゾナイトノベルズ/イラスト:セカイメグル先生

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