表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

名もない物語

作者: レイノJ



 駅のホームで、いつもの電車を待っている夕方だった。



「生か死か」



 そいつは突然、言ってきた。


「答えられたら生を、答えられぬなら死を、お前に与えよう」


 髪の長い少女は、確かに俺に向かって言っていた。周りには誰もいない。

 無表情、そして、無機質な声はこちらの怪訝な顔も無視して、淡々と訳のわからぬことを述べ続ける。


「まず一問目。線路のわきに生えてる雑草の存在意義」


 ?


 存在意義?


「……二酸化炭素を吸い込んで酸素を排出すること?」


 訳がわからぬまま答えると、相手は「正解」とも「不正解」とも言わず、ただ納得したように頷いた。まるで自分が出題者であることを忘れた、答えを教えてもらっている生徒のような態度だ。


「では二問目」


 プアンっという音とともに、目の前を電車が勢いよく通り過ぎていった。


「電車の存在意義は?」


 ??


「人を乗せて…目的地まで運ぶこと……」


 戸惑いながら答えると、相手はまた黙って一つ頷いた。

「では三問目」


 反対側のホームに、電車がゆるゆると停車した。聞き慣れたアナウンスが電車の行き先を述べているのも聞かず、ぞろぞろと排出されては散っていく人間達。


「人間の存在意義は?」


 ???


「え?」


 思わず聞き返すと、相手は少し顔を曇らせて、なおも問い掛けてきた。


「なぜ人間は生きる?なぜ人間は死んではならない?」


 ? 死んではならない?


「死んではならないって……人間はいつか死ぬ」

「だが、生きている間は死んではだめなのだと。聴いたことがある」


 ああ、そういう意味か。


「……これはただの人間の一人の俺の考えだけど…」


 しばらく黙り考えをまとめ、思い切って口を開く。


「わからないから」


 ????


 今度は相手の顔が、「?」一色になった。


「なぜ生きなければならないのか。なぜ生きている限り死んではだめなのか。自分の存在意義とはなんなのか。それがわからない以上、勝手に死んではだめなんだ」


 「……と思う」とつけたし、相手の顔を伺う。

 いつの間にか、こちら岸のホームにもあちら岸のホームにも、誰ひとりいなかった。

 いるのは俺とこいつだけ。

 そいつは今、黙っている。


 黙って、こちらを見つめてくる。

 まるで、何かを期待しているかのように。



 そして俺は、わかった。

 わかってしまった。


「では四問目」


 プアンっという音がして、電車が勢いよく近づいてくる。いつもの電車だ。



「あなたの存在意義は?」



 尋ねられた相手は、初めて微笑んだ。




「わからない」









 やっときたいつもの電車は、俺の前で急停止した。きっとしばらくは動かないだろう。


 夕方に赤く染まったホームには、俺だけが佇んでいる。

「わからないんだったら、死んだらだめなんだってば」


 まぁこれは俺の偏見であって、あんたのルールは「答えられたら生を、答えられぬなら死を」だからな。



「ありがとう」



 消える間際の感謝の言葉。

 綺麗な笑顔。


 それらはもうすでに、赤の中に消えてしまったが。



「あの」


 ふと声がした方を見ると、まだ幼い少女が当惑顔で立っていた。

「何があったんですか?」

 急停止した電車に不安を感じているのだろう。電車と唯一近くにいる人間を交互に見比べている。

「ああ、大丈夫。わからなかっただけだから」

「え?」


 二人いれば、問い掛けられる。問い掛けられられる。


「では五問目」


 問う者と問われる者を変えて。


「俺の存在意義って何かな?」


 俺は、あいつをわかってしまった。

 あいつの問い掛けの答えも、あいつが問い掛けてほしかった問題も。


 だって、俺も同じだから。



 さて、この少女はわかるだろうか。

 さて、この問いの答えは見つかるのだろうか。



 見つかればいいなぁ。










…………… 解説 ………………


 意味がわからない、という人もいそうなので……解説です。


 髪の長い少女は死にたかった。

 「答えられたら生を、答えられぬなら死を」これが少女のルール。

 少女は「俺」に、自身の存在を問いかけられたかった=自分がその問いに答えられないことを知っていた=「答えられぬなら死を」というルールにのっとって死ねる。


 という少女の考えを、少女の問いかけや表情から読み取った「俺」もまた、死にたいと望んでいる。

 髪の長い少女が自殺した後、現れた少女(通りすがり)に、五問目として「俺の存在意義って何かな?」と問いかけている。そして、その答えを見つけたいと思っている=「俺」のルールは、「わからないんだったら、死んだらだめ」つまり、答えを知ることができたら死ねる。


 ややこしいですね。わかりましたか?

 とにかく、死にたいけど素直に死ねない人間のお話でした。




また思いつき短編でした。読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ