名もない物語
駅のホームで、いつもの電車を待っている夕方だった。
「生か死か」
そいつは突然、言ってきた。
「答えられたら生を、答えられぬなら死を、お前に与えよう」
髪の長い少女は、確かに俺に向かって言っていた。周りには誰もいない。
無表情、そして、無機質な声はこちらの怪訝な顔も無視して、淡々と訳のわからぬことを述べ続ける。
「まず一問目。線路のわきに生えてる雑草の存在意義」
?
存在意義?
「……二酸化炭素を吸い込んで酸素を排出すること?」
訳がわからぬまま答えると、相手は「正解」とも「不正解」とも言わず、ただ納得したように頷いた。まるで自分が出題者であることを忘れた、答えを教えてもらっている生徒のような態度だ。
「では二問目」
プアンっという音とともに、目の前を電車が勢いよく通り過ぎていった。
「電車の存在意義は?」
??
「人を乗せて…目的地まで運ぶこと……」
戸惑いながら答えると、相手はまた黙って一つ頷いた。
「では三問目」
反対側のホームに、電車がゆるゆると停車した。聞き慣れたアナウンスが電車の行き先を述べているのも聞かず、ぞろぞろと排出されては散っていく人間達。
「人間の存在意義は?」
???
「え?」
思わず聞き返すと、相手は少し顔を曇らせて、なおも問い掛けてきた。
「なぜ人間は生きる?なぜ人間は死んではならない?」
? 死んではならない?
「死んではならないって……人間はいつか死ぬ」
「だが、生きている間は死んではだめなのだと。聴いたことがある」
ああ、そういう意味か。
「……これはただの人間の一人の俺の考えだけど…」
しばらく黙り考えをまとめ、思い切って口を開く。
「わからないから」
????
今度は相手の顔が、「?」一色になった。
「なぜ生きなければならないのか。なぜ生きている限り死んではだめなのか。自分の存在意義とはなんなのか。それがわからない以上、勝手に死んではだめなんだ」
「……と思う」とつけたし、相手の顔を伺う。
いつの間にか、こちら岸のホームにもあちら岸のホームにも、誰ひとりいなかった。
いるのは俺とこいつだけ。
そいつは今、黙っている。
黙って、こちらを見つめてくる。
まるで、何かを期待しているかのように。
そして俺は、わかった。
わかってしまった。
「では四問目」
プアンっという音がして、電車が勢いよく近づいてくる。いつもの電車だ。
「あなたの存在意義は?」
尋ねられた相手は、初めて微笑んだ。
「わからない」
やっときたいつもの電車は、俺の前で急停止した。きっとしばらくは動かないだろう。
夕方に赤く染まったホームには、俺だけが佇んでいる。
「わからないんだったら、死んだらだめなんだってば」
まぁこれは俺の偏見であって、あんたのルールは「答えられたら生を、答えられぬなら死を」だからな。
「ありがとう」
消える間際の感謝の言葉。
綺麗な笑顔。
それらはもうすでに、赤の中に消えてしまったが。
「あの」
ふと声がした方を見ると、まだ幼い少女が当惑顔で立っていた。
「何があったんですか?」
急停止した電車に不安を感じているのだろう。電車と唯一近くにいる人間を交互に見比べている。
「ああ、大丈夫。わからなかっただけだから」
「え?」
二人いれば、問い掛けられる。問い掛けられられる。
「では五問目」
問う者と問われる者を変えて。
「俺の存在意義って何かな?」
俺は、あいつをわかってしまった。
あいつの問い掛けの答えも、あいつが問い掛けてほしかった問題も。
だって、俺も同じだから。
さて、この少女はわかるだろうか。
さて、この問いの答えは見つかるのだろうか。
見つかればいいなぁ。
…………… 解説 ………………
意味がわからない、という人もいそうなので……解説です。
髪の長い少女は死にたかった。
「答えられたら生を、答えられぬなら死を」これが少女のルール。
少女は「俺」に、自身の存在を問いかけられたかった=自分がその問いに答えられないことを知っていた=「答えられぬなら死を」というルールにのっとって死ねる。
という少女の考えを、少女の問いかけや表情から読み取った「俺」もまた、死にたいと望んでいる。
髪の長い少女が自殺した後、現れた少女(通りすがり)に、五問目として「俺の存在意義って何かな?」と問いかけている。そして、その答えを見つけたいと思っている=「俺」のルールは、「わからないんだったら、死んだらだめ」つまり、答えを知ることができたら死ねる。
ややこしいですね。わかりましたか?
とにかく、死にたいけど素直に死ねない人間のお話でした。
また思いつき短編でした。読んでくださってありがとうございます。