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名(下)

「白色金」シリーズ


-「名」(下)-


川沿いの道で日本人形を抱えた女性と会ってから3日が経っていた。

私はあれから、人形の名前について調査を進めている。

10数年前の焼身自殺。3ヶ月前の入水自殺。

そして川沿いで会った女性の娘。

この3名には共通している点が二つある。

一つ目は、子供の頃から人形を溺愛していたということ。

二つ目は、その人形に対して同じ名前をつけていたという事だ。

似た趣向を持つ者の行動パターンが同じになるのはある程度納得できる。

しかし3名が3名とも、同じ名前を人形につけていたというのは、

明らかに異様だった。


何か、その名前を持つ得たいの知れないモノが、

持ち主を死に追いやりながら転々と移り生きている。そんな怪談めいた思考に入りそうになってしまう。

しかし、私は本来そういうものは信じていない。

必ず他に理由があるはずだ。

例えば、その名前を持つキャラクターが、小説、漫画等メディアのどこかに存在し、影響を受けた子供達が人形に同じ名前を付ける。というように。

しかし、インターネットや雑誌で調べてみても、

その名前を持つキャラクターは出てこなかった。


私は警察のつてを辿る一方精神科にまで足を運び、

人形に異常な執着を持っている患者や、それによって起こった家庭問題があるかどうかを片っ端から当たってみた。すると、自殺とまでは行かないまでも、引きこもりに近くなってしまったり、人間関係に支障が出たりする人物の中に、人形を偏愛する人物達が数名発見されたのである。


そして、懸念していた通り、

彼ら、或いは彼女らは、人形に同じ名前を付けいていた。


私が関わってきた3名の例と、同じ名前だった。


事件や時事として取り上げられていないだけで、

同じような現象、と言っていいものかは解りかねるが、

「そういうこと」が起きている。しかし、依然として人形達の名前の大元が何であるかは、全く掴むことができない。




いつもの喫茶店でコーヒーを飲みつつ、考えてみる。

これはどういうことなのだろう。

このままではそれこそ、怪談になってしまう。


昼下がりの日差しが窓から差込み、暖かな空気が店内に満ちているにも拘らず、

何だか寒気を感じ始めてしまった。



カランカラン・・・



店のドアが開いた音がしたと思うと、

確認するまでもなく誰か解る声が、私の名前を呼んだ。


私が古くから関わりを持っている男だ。

今ではこうして喫茶店で出くわすことも少なくない。

そして同業者でもあるこの男は、会うたびに私からネタを仕入れたり、逆に手助けをしてくれることもある。

もっとも、過去には仕事だけの関係ではなかったこともあるのだが。


私は仏頂面で振り返り、軽く手を振った。

男はウェイトレスにカプチーノを注文した後、こちらのテーブルにやってきた。



どうした?そんな不機嫌な顔しちゃって。

美人が台無しだ。



唇の左端を吊り上げるようないつものニヤけ顔をしながら、

内ポケットから見覚えのある銀のジッポーライターを取り出す。

口には既に、甘い匂いのする外国産の煙草がくわえられていた。



ここは禁煙です。



冷たい声で、男に向かって言い放つ。

キョトンとした顔で「え?この店全席喫煙可だろ?」と聞いてくる男に、私の座る席は禁煙。とダメ押ししてやった。そもそも、禁煙はどこに行ってしまったのだろう。確か数ヶ月前に禁煙宣言をしたばかりだったと記憶している。

いや、いけない。そんなことに気を取られている場合ではなかった。視線を窓の外に向け、思考を元に戻す。

考えても答えが出ないかもしれないが、自分の中に渦巻くこの妙な寒気を振り払うには、人形の名前についてそれなりの結論を出さねばならない。

或いは、目の前の男に相談してみるべきか。


そんなことを思いつつ再び男に顔を向けると、

話すまでもなく勝手に私の資料を読んでいる最中だった。


一瞬唖然とする。いつの間に私の手元から抜き取ったのだろう?

右手でペラペラと資料をめくりながら、左手でジッポーをクルクルと回している。考え事をしている証拠だ。吊り上っていた唇の左側が徐々に落ち、真剣な表情へと変わっていく。読みながら男は、私に向かって口を開いた。



こりゃまた、不思議なこともあったもんだね。



不思議どころではない。今回の件はあまりに怪談じみている。

同じ名前をつけた人形の持ち主達が、

そろって同じような状態に陥っているのだ。

こんな話は今までオカルトの中でしか聞いたことが無い。

表情を探りつつ、私はどういうことだと思うか聞いてみた。


男の答えはこうだ。

人形に魂が宿るというのは昔からある怪談だが、この件に限ってはそれとは別物ではないか。むしろ、同じ名前というのがポイントで、名前自体が一連の状態を引き起こすトリガーになっているのではないかと。



それじゃあ何?人形ではなく名前の方に魂が宿ったってこと?



話をしている内に、

私の考えはいつの間にかオカルトの世界に入ってしまっていた。

しかしその問いに対して、男は首を振りながら語る。



名前そのものに魂が宿るってのは、何か変な気がするだろ?

昔の日本には言霊信仰ってのがあったらしいが、ちと違う気がする。

むしろ、そういう名前を与えられたことで、

今までただの物体に過ぎなかったものに「意味」が出来た。

と、考えた方がいいんじゃないか。この場合。



いまいち言っていることがわからない。

言葉自体は勿論解るが、語らんとする内容が掴めないのだ。

この男は協力してくれるのは良いが、

昔から詳しい説明をしてくれないから困る。

疑問を浮かべる私の顔を見て、男は「つまりだな」と続けだした。



例えば、

俺がお前のことを「Cカップさん」と呼びだしたとする。

・・・いや、例えばだよ!例え話。拳を引っ込めてください。

今まで「景子」と呼んでいたのに、それが「Cカップさん」に変わった。

もしその後もその呼称を続けるならば、その時から俺にとってのお前と、

お前の中での「俺から見た自分」は、「景子」じゃなくなるんだ。

そしていつの間にかその呼び方が周りにも伝染してしまうと、

周りの人間にとっても同じことになる。

勿論お前はお前だよ?それは変わらない。

でも、なんつーのかな、「呼称」が変わることによって、

「認識の意味」が微妙に変わっちまうんだよ。


もっと解りやすい例で言えば、生まれたばっかりのお前は、

ただの「赤ん坊」だ。

でも「景子」という名前をつられた瞬間から、

お前は周りにとっても自分にとっても、「景子」になるんだ。

だからその人形達も、ある特定の名前を付けられ、

同じような扱いをされることで、

通常の人形では起こりえない現象を誘発させるという、

「意味」を持ってしまったって考えたほうが自然だ。

なんとなく言ってること、解る??

というかお前、昔より胸しぼんだんじゃないの??



最後の言葉は理解できなかったが、その他は何となくだが解り始めた。

名前を与えられることで、存在が意味を持つ。

そういえば似たような話を聞いたことがある。大昔、人間が言葉を持つ前は、山は「山」ではなかった。いつしか人が言語を操り始め、誰かがそれを山と呼んだことで、初めてそれは「山」になったのだ・・・。


しかし、その考えだとおかしなことになる。

今回私が調べてきた人達は、人形に全く同じ名前を付けていた。

同じ名前を付け、

それをいつまでも続けていたために同じ末路を辿ったと言うならば、

人の名前でも同じことが言えるのではないか。

例えば私と全く同じ、同姓同名の人物がいたならば、

人生も同じような道を辿るということになってしまう。

そんなことは当然ありえないことだ。


ところが私の言葉を聞いて、男は尚も続けた。



そりゃ、人間には自我ってものがあるからな。

でも、人形には本来自我はない。

なまじ人間に似せられて造られた、

自我の無いモノが名前を与えられ、意味を持ったわけだ。

人間なら自分の意思がある限り、

周りから与えられた呼称にそこまで左右されることはないだろうさ。


でも、人形なら、どうなんだろうな?



その言葉が、不気味な色を湛えているような気がして。

私は知らないうちに、自分の腕を抱き寄せていた。

そんな私の心を知ってか知らずか、男はニヤニヤと笑いながら、

「ま、考えすぎても仕方ないだろ」と煙草の煙を吐き出している。

まただ。またこの男は、私をからかって遊んでいる。

そう、思った。

いや、無理にでもそういうことにしたかったのかもしれない。


甘い香が店の中に漂っている。

夕日になりかけた黄色い光が、煙の幕を彩り、

ユラユラと揺らめいた。





夕日が沈む直前は、真っ赤な色がより一層濃くなったように感じる。

帰宅した私は、着替えてソファに身を投げ出していた。

うっすらと朱色に染まっている天井を見上げて、深く息を吐き出す。

特に明確な理由も無いのに、陰鬱な気分が体を支配しているような気がする。

今回のことは記事にする気になれない。

特に、人形達に付けられた名前は出さない方が良い。

もっとも、私が書かなくても誰かが書いてしまうかもしれないが。


名前、か。


私は、男が語ったことを思い出した。

同じ名前を付けられたことで、同じ意味を持ってしまったモノ達。


考えながら立ち上がり、気分転換のために紅茶を淹れる。

こんな時は即席のものでかまわない。それだけでも十分気がまぎれる。


話していた時は思わず引き込まれてしまったが、

今考えてみるとばかばかしい気もする。

大体、女の子が遊びに使う人形に名前を付けることなんて、

珍しいことではない。

もし男が語ったことが本当にそうであるならば、

もっと多くの人達が同じような経緯を辿ってもおかしくないはずだ。


そう、もう忘れてしまっていたけれど、

私だって昔は、買ってもらった人形に名前を付けていたわけだし。



そう、名前を・・・



紅茶を飲もうと手に持ったティーカップを覗き込んだ私の顔が、

水面に映って見える。

やがて、その顔が細かい波に揺られて崩れていくのが解った。



名前。


私が昔、お人形につけていた名前は・・・



カップから手を離し、無意識に震え始めた両手を握り締める。



偶然だ。ただの偶然。


そんなことあるわけがない。記憶が間違ってるのかもしれない。

きっとそうだ。



頭の中でゆっくりと形になっていくその人形の名前を、

振り払おうとしていたその瞬間。


突然携帯電話が鳴り始めて、

情け無いことに私は小さく悲鳴をあげてしまった。


恐る恐る表示を見ると、あの男だ。

さっき感じた感覚はどこへやら、徐々に怒りがこみ上げてくる。

電話に出た私がその時発した第一声は、

多分張り飛ばしそうな声だったと思う。

またからかう気なのだろうか?


向こうも、心なしか怖気づいた声で私に話しだす。

原因は私の口調だったのだが。



そういえば、ほれ。

同棲してた時に、お前昔人形遊びしてたって話してたよな。



そんなこと言ったことがあっただろうか?

まさに今そのことを考えていたので気持ちが悪い。

寒気のようなものを感じつつ私が首をひねっていると、

男は更にこう続けたのだ。



ほら、カナちゃん。とか言ってたろ。



違う。そんな名前ではない。あの人形に付けていた名前は確か・・・

しかし再びその名前が頭の中で文字になっていくより先に、尚も言葉が聞こえてきた。



カナちゃんだろ。というか、カナちゃんだ。間違いない。そうだよな?



妙にわざとらしい抑揚を持った声で、念を押してくる。

その勢いに押されてか、私の頭の中も混乱してきてしまい、

つい「そうかも」と答えてしまっていた。

向こうも「よぅし」などと変な返事を返してくる。どういうことだろう?

何だか拍子抜けしてしまい、他愛も無い会話がダラダラと続く。

最後に、「もう名前忘れんなよ」とまた念を押してから

男は電話を切ってしまった。


意味が解らず、しばらくボーっとその場に立ち尽くす。


人形の名前は。


カナちゃん、だったっけ?

不思議なことに、今の会話のせいか、

頭にモヤがかかったように思い出せない。

さっきまで思い出しかけていたはずなのに。

疲れているのだろうか。



私は、ティーカップを手にとって、

冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。


机の上に置いた腕時計の装飾が、

部屋の明りを反射させ、今日も淡く輝いていた。




-<「名」(下)終>-



白色金シリーズ、「名」はこれで終わりです。「ウツロヒ」シリーズの後日談に出てきた二人が主人公となったわけですが、今後のストーリーはこのような感じで展開していくと思います。

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