第二話 悪夢と現実とバンパイア
「お願い! 放して!」
私の村は、吸血鬼の軍団に襲われてしまった。私は、襲ってきた吸血鬼に連れられ、牢屋に閉じ込められた。私は、その牢屋の中で、
ひたすら叫んでいた。
「お父さんに会わせてよ! お母さんは何処なの!」
この時の私は、父も母も一緒に連れられてきており、生きていると思っていた。私が父と母を殺されたのを知ったのは、もう少し後のことだった。
「ねえ! 誰か助けてよ!」
私は、牢屋の中で疲れるまでずっと叫んでいたのだった。
「あれ・・・ ここは・・・」
私は、叫ぶのに夢中になって、いつの間にか眠ってしまったようだ。しかし、目が覚めるとさっきの牢屋とは別の場所にいることが分かった。私は、石のベッドのようなところに寝かされており、手足は鎖で拘束されていた。もちろん、ベッドから離れることはできない。今の私には、ただ首を動かして、部屋を眺めることしかできなかった。
「素体は?」
突然部屋に入ってきた綺麗な女性。銀髪長身の綺麗な顔の女性。そして、その女性の横には、眼鏡をかけた男性と一緒に入ってきた。
「素体の名前は、「アスカ・ストラトス」。13歳で性別は女性です」
男性は女性に向かって話しかけている。
「ふーん。可愛らしいお嬢ちゃんだこと」
女性は、私に顔を近づけて、妖しげに微笑む。
「放してください! 第一に、ここは何処なんですか!?」
私は、女性に向かって必死に訴える。すると、女性は微笑みながら応える。
「ここは、私の研究施設。そして、あなたは実験の素体。これだけ分かりやすい答えを言ったら、わかるでしょ?」
私は、女性の言葉を疑った。実験素体・・・そんな馬鹿みたいな話・・・ あるわけないでしょ?
「私の名前は、テラノ・グランチュラ。この名前は聞いたことがあるでしょ?」
「嘘・・・」
赤色に輝く女性の瞳。これは、バンパイアの特徴。
「テラノ・グランチュラ」。あまり、バンパイアに詳しくない私でも知っている名前。一級吸血鬼に指定されており、別の名を「マッドバンパイア」と呼ばれている。吸血行動よりも猟奇的な実験で人々を殺す最悪のバンパイア。
「今からやる実験は、人間をゴーレムに作りかえる実験。ゴーレムというよりは、機械人形の方が妥当かしら? まあ、あなたが次に目覚めた時には、その柔らかな白い肌とはおさらば。最新式の機動ゴーレムになるのよ!」
「そんな・・・ 私・・・嫌です・・・」
目からは、涙が出てきて、頭の中では、必死で現実を否定しようとしていた。しかし、どんなに喚いても、現状は一つも変わらなかった。
「スカニア。彼女に麻酔薬を投与して頂戴。さあ。あなたは、生まれ変わるのよ」
「嫌・・・ お願い・・・止めて・・・」
私は、麻酔薬を打たれ、薄れゆく意識の中、実験を止めるよう訴え続けた。
「あれ・・・ 私・・・」
「ようやくお目覚めのようね。眠り姫様」
目を覚ますと、テラノの顔が真っ先に映った。
「見てみなさい。これがあなたの新しい身体よ」
私は石のベッドから上半身を起き上がらせ、自分の身体を見る。
「嘘・・・ 嫌・・・」
私の目に映った私の身体。それは、さっきまでは柔肌の人間らしい皮膚が覆っていた身体だったが、今の身体はあちこちを甲冑のような鉄の装甲で覆われており、あの生身の身体は無くなっていた。
「顔は生身のままにしておいたわ。あと、身体のサイズは生身の時と同じ身体だから。感謝しなさい」
「そんな・・・ 私・・・」
ただ、私には改造された身体を眺めることしかできなかった。
「・・・はぁ。また、悪夢見ちゃったじゃない」
また見てしまった、私が生身を失った時の悪夢の光景。5年の歳月が経っているけど、一向にこのトラウマからは逃げ出せない。
私は、あの後に教会の突撃部隊によって助け出されたものの、私の身体を元に戻すことはできなかった。ホムンクルスで作りなおすというのもあるが、とんでもなく、費用が掛かる上に、ホムンクルスは寿命が短いため、私は機動ゴーレムとして生きることにした。
あと、この身体は、4代目。教会の負担で、身体を1年ごとに変えてもらっているから、今の身体で4代目となっている。今年の換装はまだだけど・・・
最初は、この身体に慣れるのは辛かった。食事ができないのもあったが、やっぱり外見上の問題は大きかった。いつもは修道服とベールと手袋で覆っているが、何かの拍子でこの身体を見られると、周りの視線が凄く痛く感じた。今では、そんなに気にしてないし、周りも私のことを理解してくれているから、最初と比べると全然楽だ。
「この身体で5年か・・・ 今年で18。私も普通の乙女を楽しみたいよ・・・」
エリーゼに貸してもらったベッドから窓を見る。月光に照らされる私の鉄の身体。この身体を見ていると、やっぱり悲しくなってくる。
「父さん・・・母さん・・・ 親孝行してやれなくて、ごめんね」
死んだ父と母のことを思いながら、綺麗な夜空を眺めていた。
「・・・アスカさん。どうかしました?」
同じ部屋の棺おけで寝ていたエリーゼが目を覚ます。ちょっと眠たそうな顔。吸血鬼って、夜には強いはずよね?
「ごめんごめん。起こしちゃった?」
「えっと・・・アスカさんの声が聞こえたものですから・・・ 何かあったのかな?って思いまして・・・」
「そうね。昔の悪夢を見ちゃったのよ。迷惑かけちゃって、ごめんなさいね」
そう言って、私は窓から見える満月を眺めながら言う。
「綺麗ですね」
「ええ。最近の夜は、教会で書類ばかり作っていて・・・ まあ、結局寝ちゃうんだけど。だから、こんなに綺麗な満月を見るのは、久しぶりだな・・・」
私とエリーゼは、二人で外の満月を眺めていた。
ガシャン
「何!?」
突然下の階からした物音。もしかして、この城にまだバンパイアがいたのだろうか・・・
「物音・・・ですか?」
「え、ええ。どうやらそのようね・・・」
かなり怯えて話すエリーゼ。がっちりと私のタンクトップを握っている。これが、最強の吸血姫の行動なの?
「・・・他の吸血鬼かしら?」
私は、修道服を着込んで、戦闘準備をする。
「でも・・・ この城には、結界が張ってあるので、吸血鬼が入ってくるのは、無いと思いますよ」
「・・・」
非常に不味いことを思い出した。
「どうしたんですか? アスカさん?」
私の顔の変化に感づいたのか、エリーゼが心配そうな顔で話しかける。
「・・・ごめん。その結界壊したの・・・私だ」
私がやっちゃったこと。それは、この城を守る結界を壊してしまったこと。
「ええー!!? どうするんですか!?」
「し、仕方が無いでしょ! ここに入るには、結界を壊さないと入れないんだから・・・」
最後の方は、ブツブツ口調になってしまう私。
「まあ、入ってきた奴は倒すのが上等でしょ!」
ベールを被り、手袋をし、銃に弾丸を詰め込んで、戦闘準備は完璧。
「さあ。出陣よ!」
そして、私は堂々と寝室を出て行った。
「アスカさーん。待ってくださいよー」
その後ろをエリーゼがパタパタと走りながら、追っていった。
「城に入ってきたのは・・・ 見た感じ3級吸血鬼の輩ね」
私とエリーゼは、物陰に隠れて、敵の吸血鬼の様子を伺う。敵の数は、3体。レベルは4級。まあ、難しくはないけど、簡単でもない、というレベルね。
「アスカさん・・・ 大丈夫ですか?」
円らな瞳で心配するエリーゼ。うう・・・ この視線はちょっと痛いなぁ・・・
「まあ、任せなさい! 教会ランク5位の実力を見せてあげる」
そして、私は銃の安全装置を外す。
「神のご加護があらんことを」
そう言うと、物陰から出て、銃を構える。
「食らえ! ゴスペル・マグナム!」
そして、敵の頭部に目がけて銃を発射。銀の銃弾は敵の頭部を貫通。次の敵にも同じように頭部を目がけて撃つ。
「最後の一匹!」
最後の一匹も頭部に銃弾を撃ち込んで倒す。吸血鬼は、銀の弾丸に弱い。エリーゼの母親のセレナのように銀の弾丸に耐性のあるものもいるが、それは2級以上の吸血鬼くらい。大体の吸血鬼は、銀の弾丸を撃ち込めば死ぬ。4級だったら、頭部に撃ち込めば、必ず死ぬ。
「一丁上がり♪ 簡単簡単♪」
思ったより、簡単に終わらせて、余裕の表情の私。
「アスカさん! 危ない!」
「え?」
突然、叫ぶエリーゼ。私はその時、彼女の警告の意味を理解していなかった。
「!!」
突然、背後から静かに襲ってきたもう1匹の敵。
「うう・・・」
奴の攻撃で、私は左肘から先を失った。肘の部分からは、人工骨や人口筋肉が出てきており、いろいろな部品が垂れていた。
「知識レベルが高いということは・・・ 2級の下っ端レベルってことね」
痛覚器官は遮断したから、痛みは無くなったものの、左手が使えないのは、結構大きなハンデだ。
「まあ、こんなことも予測はしていたんだけどね」
私は、そう言うと右腕を真っ二つに裂けさせて、中からブレードを出す。もちろん、修道服はボロボロ。
「お返しだ!」
そして、ブレードを敵に向かって、振り下ろす。
「嘘!?」
しかし、私の攻撃はあっさりとかわされてしまう。流石に下っ端とは言え、2級の吸血鬼にハンデありで戦うのは、難しい。
「もう一回!」
もう一度敵に向かって、ブレードを振り下ろ。しかし、またも失敗。
『ヤバイ!』
ブレードを振り下ろした時に、隙が出来てしまった。完全に相手は、攻撃態勢だ。私だって、不死身じゃない。胸の動力炉を壊されれば、私は死ぬ。2級の吸血鬼なのだから、私を殺すことは充分可能だ。
『ダメだ・・・』
私は、相手の攻撃に怯んで目を瞑ってしまう。
「・・・え? 私・・・死んでない」
目を開けると、敵は私の目の前で倒れていた。そして、敵の近くに立っているのは、エリーゼ。
「大丈夫ですか?」
「まあね。なんとか・・・」
エリーゼの右腕は血が付いていた。
「あなたが助けてくれたのね」
「えっと・・・ ハイ・・・ アスカさんがピンチだったものなので・・・ つい・・・」
下を向いて、最後の方はゴニョゴニョ声になるエリーゼ。
「そう・・・ありがとう」
私は、微笑みながら、彼女の頭を右手で撫でる。
「さて、結界を直しに行きますか」
「あ・・・ ハイ!」
こうして、私たちは城の結界を直しに行った。一応、無事に結界を直すことができた。その後、エリーゼにちょっとした注意をされた。