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一円玉

作者: イマイチ

「くさァ!」


え?



 ふと懐かしくなってふらっと立ち寄った駄菓子屋さん。昔はよくスルメとかよっちゃんイカとか買ってたっけ。よく引かれたけど。店番のおばあちゃんがこっくりこっくりしてるそばで、カウンターの隅に置かれた募金箱から声がした。


 気のせいだと思い構わず財布の厄介者だった五円玉を入れようとすると、


「だから臭ェって! 手ェ近づけんなッて!」


 また声がした。間違いない。あの誰からも存在を忘れられていそうな募金箱には「なにか」がいる。尋常でない速さでそう断定する。


 手を引っ込めて透明なプラスチック製の箱を覗きこんでみた。中には……一円玉が横たわっていた。まさか、コイツが?でも長い間使われてきた物には魂が宿るって言うし、たかが一円玉でも意志を持つ事が有るのかも知れない。


 狐につままれたと思って、コイツと話をしてみる事にした。幸い店番のおばあちゃんは熟睡モードに入っている。


「あ、あの」


「あーくッせぇくッせぇ! さっさと帰ってひとッ風呂浴びて来やがれッてんだ!」


 ……なんなのコイツ。



 おさえて、おさえて。私は人間。相手はちっちゃな一円玉。オーケー?気持ちを落ち着かせて再チャレンジ。頑張れ自分!負けるな自分!


「あの……もしかして君がさっきから話してるの?」


「うおおおぉぉーくっっさ! 死ねるオレ死ねる間違いなく死ねる確実に……ってえ?」


 ようやくこちらに気づいたみたいだ。けど見た目は全く変化がなく、どこからどう見てもただの一円玉。


「……お前、オレの声が聞こえるのか?」


 さっきのうるささが嘘のように、一円玉はまじまじと私に聞き返す。目があったらじっと見つめ返されていただろう。


「うん、そうだけど」


「へーお前すごいなうわ臭ッお前すごい! すごい臭い!臭臭臭ッ」


 ……さっきからなんなのコイツ。というか一円玉のくせに鼻ついてんのか。


 ドントウォーリー・私。切れちゃ駄目。相手はたかが一円玉なんだから。なんとか気分を落ち着かせた。しかしこれだけコイツが騒いでてもおばあちゃんは全く気づかない。どうやらコイツの声は私にしか聞こえないらしい。


 端から見たらただの独り言か募金箱泥棒にしか見えないんだろうな。この店最近は空いてるからあんまり人は来ないと思うけど。



 腹を決めて強気に出てみる。


「うるさい!」


 臭い臭いと連呼していた一円玉は、ようやく静かになった。私が臭いのはれっきとした理由があるのに!

おばあちゃんは……まだ寝てる。横目でちらっと確認したあと、一気にまくし立てた。


「あのね……あんまり臭い臭いって言わないでよ! 畑に牛のウ●コまいてたら臭くなるのは当然でしょ! 女子高生は『臭い』って言われるのが一番傷つくの! だからもう『臭い』は禁止!」


 少し早口に言ったので舌とアゴが疲れた。ツバも飛んだかも。ごめんね、おばあちゃん。今度よっちゃんイカ大人買いするから。


 そう、私は今をときめく農業高校生だ。イカと同じくらい花が好きで、フラワーアレンジメントを極めるために入学したのに、いつもいつもこんな実習ばかりやらされている。


 不幸な事に5・6時間目に実習が入ってしまい、畑を肥やすため牛のウ●コの匂いを体にまとわせ、そのまま下校する羽目になってしまった。駄菓子屋くらいなら大丈夫だろうと思った結果がこれだ。こんな一円玉にののしられるなんて! もう泣くしかない。


 さあ笑うなら笑え! 言い訳したところで私の身にまとったウ●コの臭いは消えはしないのだから。やぶれかぶれになり、次なる言葉のナイフを待ち受けていた私に意外な言葉が。



「うん? お前……あー……あー! 思い出した! お前イカ女だろ!あんときも臭ッさかったよなぁー! 今日はウ●コ臭せーからわッかんなかったけどよォー、お前農高なんか行ッてんだなー」


……え? コイツ私の事、知ってるの?


「いやー懐かしいな、お前いっつもドン引きされてたよなー。ほらあん時もさ、お前店中のさきイカ買い占める勢いで」


「ちょ、ストップ!」


 コイツのおしゃべりを止めるのは一苦労だ。確かにおやつ代500円が全てさきイカに消えたのはまぎれもない事実だけど。一息つき聞いてみる。


「もしかして君……私の事知ってるの?」


 一円玉は生意気にもため息をついてみせ、そして答えてくれた。


「知ってるもなにもオレはこの店のヌシだぜェ? ヌ・シ! 常連サマの事なんざお見通しよォ! オレが何年生まれかよォーく見てみなァ! お前がオムツしてたよーな、ずううぅッと昔っからオレはここにいんだよォ! わかったかイカ女ァ?」


 どうやら相当長い間コイツはここにいるらしい。威張り散らしているけれど、小さな箱の中で何年もじっとしているのはどんな気分なんだろうか。


 とりあえず至近距離まで近づいて、コイツが何年生まれか確かめてみることにした。もしも私より「年下」だったら募金箱ごと思いっきり振ってやる。


「お前やっぱり臭いから息止めろ」と言われたが、意味がわからないのでスルーした。むしろ息を止めるのはお前の方だろ! ……はぁ、なんなのコイツ。


 しかし私のもくろみはあっさり崩れた。硬貨に刻まれた文字は……昭和39年。


「すごい、ほんとに長生きだったんだ」


「まーな! ウん十年前に産声を上げ、流れ流れて経済という名の放浪の旅を続け……今はここがオレの止まり木なのさァ」


 けれど店番のおばあちゃんはこの募金箱の事などすっかり忘れてしまっているだろう。コイツが飛び立てる日は来るのだろうか。ふと気になって尋ねてみた。


「ずっとその中にいて退屈じゃない? 普段は何してるの?」


 もしもコイツが暇を持て余していたら、話し相手にさっきの五円玉を入れてあげようか。しかしまた意外な答えが返ってきた。


「んー? そうでもないぜェ? 人間観察したり、ばーちゃんの居眠り数えたり、万引きヤローをとっちめたり。結構いいモンだぜー、慣れればな。うわ臭ッ」


 語尾は無視。万引きをとっちめた話が気になって聞いてみたら、誇らしげにノリノリで話してくれた。


 30分以上かかった話の顛末はこう。長く生きていると一円玉でも「神通力」を持つらしく、それを使って万引き常習犯の中学生の「金運」をどん底にまで下げたらしい。お金に困ったら余計に万引きすると思うけど。和同かいこん? だっけ、あんな教科書に載ってるような古いお金だったら、神通力でどんな事をされてしまうんだろう。


「まっ、ケツの毛までむしり取られるよかましだろー。かかかッ」


 一円玉がからからと意地悪く笑っている。それを見てコイツだけは怒らせてはいけないと思った。だけどコイツの笑い方や話し方がなんだか死んだおじいちゃんに似ていて、つられて笑っている私がいた。



 だからだろうか。一円玉に向かってついため息なんてこぼしてしまったのは。


「うん? どーした? とうとう自分の臭いにノックアウトか?」


「それもあるけど、違うよ。まあ……いろいろあってさ」


 ぽつり、ぽつり。一度こぼれた言葉は、一円玉のように簡単には拾えない。


「私……今農業高校に通ってるんだ。花の世話したり、牛の世話したり……でも最近はあんまり楽しくなくって」


 そろそろ日が沈む。私の言葉だけががらんとした駄菓子屋に響く。


「周りは農作業をやる気なんかない人ばっかりだし、趣味の合う人がいないから話についていけないし。

それに、牛のウ●コなんかまかされるし」


 なんとか手の届きそうな進学校を蹴り、友達と別れてまで入学したのに。そこは「職業高校は勉強しなくて済むから」などと考えるような人たちのたまり場だった。


 今風の派手な趣味の女子が多く、「イカの駄菓子が大好き」だなんてとても言い出せそうにない。だからここ一年は大好物を封印していた。好きなものを好きといえない。つまらないことだけど、それがとても苦しくて。


「なんか、疲れちゃってさ」


 私は一円玉に向かって苦笑いをしてみせた。うまく笑えているだろうか? そして馬鹿らしいような気持ちになってさっとうつむいた。変なの。たかが一円玉にこんな話したって、何も変わらないのに。


「……おい」


……なんなの、私。ちっぽけでちっぽけで、一円の価値もない。


「……なあ、おい」


なんだか泣けてきた。私は十分頑張ったよ。……もう泣いてもいいよね、おじいちゃん?


「おい! いー加減にしろォ!このイカ女のウ●コ女のメソメソ女ァ!」


「ふぇっ?」


 驚いて変な声を出してしまった。その拍子におばあちゃんが起きてしまわないか心配したが、セーフ。


「ちょ、いきなり大声出さな……」


「うるせぇうるせぇッ! んな事でピーピー泣いてんじゃねーや! オレだって辛かったんだぞォ! 自販機のお釣り取り出し口に放置されたり! レモン汁でピッカピカにされたり! ケツゥボリボリ掻いたきったねー手で握られたり! 『一円か、いらね』ってこんな箱に入れられたり! オレの気持ちにもなってみろよおおおおぉッ!」


 わけがわからないが、一円玉の発するすさまじい気迫に呆気に取られる。ああ、あの日もこうやって怒られたっけ。「イカ女」ってからかわれて泣いて、おんなじようにおじいちゃんに怒られた。


 そして頭を撫でられながら、あのお日様みたいに暖かい声でこう言われたんだ。


――藍ちゃんや、藍ちゃんがイカさんのお菓子が好きだって、だーれも怒りゃせんよ。おてんとさんに顔向けできて、人を泣かせたりしなかったら、どんなものを好きになったってええんじゃ。


――泣くな、泣くな。お前さんは優しい子じゃからの。ほれ、こんな一円玉だって、藍ちゃんのお友達になってくれるよ。……藍ちゃん、どんな人だってね


「好きなものをおおおォォォ!」


――どんなものを心のままに好きになってもいいって


「好きと言ってえええええぇぇぇえええぇッ!」


――神様はわしらに言ってくれとるよ。


「何ぁにが…………悪いッッ!」



「うっ……うぇぇっ、ごめんなさいぃ、おじいちゃああぁん」


 私は泣いていた。小さな子供のように泣いていた。その間中一円玉はただの硬貨に戻っていた。



 泣き止む。目は真っ赤、鼻水はずるずる。でも不思議とすっきりとした気分だった。


「なかなかいい顔になったじゃねーか。イカンコ女」


「へへ……ありがと。でもそのあだ名はどうかと思う」


「そーかぁ? 『藍音』なんつーだっせー名前よかよっぽどいいぜ」


「はは、まさか」


 ふたりは、笑った。


 その後は何事もなかったかのように買い物を済ませ、(スルメの足千円分)募金箱に五円玉を入れてあげて、駄菓子屋さんを後にした。


「オレはしがない根なし草。二度と会えない定めかも知れねえが、お前のウン……幸運を祈ってるぜ!

風呂入って手ェ洗えよ!」


……さっきまで「駄菓子屋のヌシ」とか行ってなかったっけ。なんなの、アイツ。



 ライトを着けて、夜道で自転車を走らせる。明日学校に行ったら、みんなにスルメを分けてあげよう。少し臭うかもしれないけど、窓を開ければきっと大丈夫。「悪銭は良貨を駆逐する」って公民の先生が言ってたけど、アイツならきっとどんな悪銭にも負けないだろう。たぶん。


 また、会えるといいな。



一時間後。


「カアァァーッッッ!」と雄叫びを上げ、店番のおばあちゃんこと一ノ木ワカが目を覚ました。


 しばらくむにゃむにゃしていたが、やがてあの募金箱の側へゆっくりと歩み寄る。気になるのは透明なプラスチックの箱の中。驚くなかれ、中の一円玉は……裏返しになっていた。しかも隣に穴の空いたお友達までいる。


「あンれまぁ、あんたまたおしゃべりしてたのかい? 最近は『聞こえる』子が少ないっていうけど……」


 夫を亡くしたワカを、この一円玉はずっと見守ってくれている。裏返しは「彼」なりのサインなのだ。ワカには解った。どの木とも知れない、しかしどの木にも見える若木の意匠が誇らしげに輝いていた。


 

 それから、いくつかの季節を越えて。

 

 ようやく就職先が決まった。地元の農協だ。フラワーアレンジメントとは少し遠ざかってしまったけれど、今度はおじいちゃんが好きだった生け花でも初めてみようと思う。


「合わせて248円でございます」


「あ、袋、結構です」


「かしこまりました」


 ようやく田舎にも進出してきたコンビニは、桜特集と題して桃色一色のブースが設けられている。桜特集なのに桃色とはこれいかに。「SAKURAガム」が美味しそうだったのでお茶と一緒に買ってみた。でもわざわざローマ字にする必要はないと思う。


「250円お預かりいたします。2円のお釣りでございます」


 慣れた手つきで、私のお母さんみたいなパーマの人がお釣りとレシートを手渡す。何を思ったか、私は手のひらの中の一円玉たちの年号を確かめた。一つは平成二年、もう一つは……


「よォ、また会ったな。……イカンコ!」



……昭和39年。



おしまい


はじめまして。どうも、イマイチです。


この作品は投稿サイト「E★エブリスタ」からの転載です。

なんだかんだで一番綺麗にまとまってくれた作品ではないかと思います。というより、完結させられた作品はまだこれくらいしかないです。

長くなってしまいましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。

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