第5幕 頂上決戦⁉ エルシノア城の明日はどっちだ!
バゴォォォーン!
「ギャアアアッ!」
ハムレットの一撃が、クローディアス王の脇腹を襲う。鈍い音が響き、王が悲鳴を上げた。あばら骨の一、二本は折れただろう。だが、切り傷は浅く、鮮血が噴き出すには至らない。
「くそっ! 毒よ、もう一働きだ!」
ハムレットは荒々しく剣を振るう。王の首を落とそうと第二撃を叩きつけたが、王冠が吹き飛び、クローディアスが気絶しただけだった。心臓を貫こうともしたが、剣は刺さらない。
「そこまでだ、ハムレット」
フォーティンブラスが背後から声をかけた。彼の屈強な護衛がハムレットを羽交い締めにして、攻撃を止める。
「頼む、あと一撃だ……最後まで、復讐を果たさせてくれ!」
ハムレットは悔し涙を流しながら、哀願する。
「俺の拾い癖を甘く見るな。毒剣は俺が持ってる。お前に渡したのは、お前自身がさっき落とした練習用の剣だ。刃は付いてないし、剣先も丸めてあるから刺さらない。お前は良くやった。復讐はもう終わりだ」
「フォーティンブラス殿下。なぜ、止めるのです?」
ホレイショーが親友ハムレットの無念を代弁して、フォーティンブラスに抗議した。
「誰も、殺してほしくない。それが、オフィーリアの願いだからさ。クローディアスもハムレットも、法の裁きを受けてもらう……ところでお前、こんな所にいても、いいのか?」
「えっ」
その時だった――
ドゴォォォン、ドゴォォォンと、大砲の音が外から響いてきた。残りの護衛四人が、指揮官ホレイショー不在の隙を突き、素手で守備兵を制圧完了した合図だ。
「東門が破られました!」
「フォーティンブラス軍、城内侵入!」
ノルウェー軍が、続々と王宮に入ってきた。
あっという間に、大広間は無血占領。
気絶から目を覚ましたクローディアス王は、青ざめながら、弱々しくつぶやく。
「なぜだ……なぜ、東門が破られた?」
「そりゃあ、東門が手薄、って情報が漏れたからでしょ」
そう言いながら、私は手を挙げた。
「漏らしたのは、私でーす!」
「お前かァァァァァ!」
クローディアスの絶望の叫びが、大広間に響いた。
◆◇◆◇
「では、罪状を読み上げる」
椅子と机が並べられ、大広間は急ごしらえの革命法廷となった。フォーティンブラスが冷たく告げる。
「国王クローディアス。先王の毒殺、そしてハムレット王子への度重なる暗殺未遂。証拠は、この毒剣と毒入りの真珠玉だ。国王を退位してもらうが、異存はないな?」
「謀反だ、これは謀反だ!」
悪びれもせず、処分に抗議するクローディアス。フォーティンブラスは言葉を続ける。
「デンマークに、王は二人も要らんのよ。だが、安心召されよ。オフィーリア、説明を」
フォーティンに促されて、私はクローディアスの説得にかかる。
「王位を降りて、エルシノア城から退去して頂ければ、領土の九十七パーセントを、引き続き陛下の食い扶持として保証します。どうですか?」
「領土の、九十七パーセントを保証するだと……? 本当だな? 本当なら、受け入れよう。退位に同意する。悠々自適の老後を過ごさせてもらうとしよう」
クローディアスの言葉を聞いて、私とフォーティンはうなずき合った。フォーティンが判決を言い渡す。
「決まりだな。クローディアスは王冠を返上し、エルシノア城から退去。このユトランド半島を出て、定められた領地内に生涯居住せよ」
「ユトランド半島を出るだと? じゃあワシは、どこに住めば……」
「グリーンランドだ」
「えっ」
「グリーンランド。氷に閉ざされた離島だが、デンマークの領土面積のうち、九十七パーセントを占めてるだろう」
「実質、島流しじゃないかァァァッ!」
「グリーンランドに失礼だぞ。グリーンランドは大切だ。あそこの守備隊長として、死ぬまで働いてこい。次に、ハムレット王子、お前の罪状だ」
「僕に罪はない。父の仇を討った。正当な復讐だ。デンマークの王位を継ぐのも、僕だ!」
「だが、ポローニアスを人違いで殺し、オフィーリアを不当に傷つけて、川に沈むまで追い込んだ。その罪は免れないぞ」
「それは、正義のためのやむを得ない犠牲で……」
「目的は手段を正当化しない。殺人者は追放するのが、ヴァイキングの掟だ。お前の追放先を決めるに当たって、証人を呼ぼう」
フォーティンの合図で、十四人編成の゙軍楽隊が、高らかにファンファーレを鳴らした。
およそ場に似つかわしくない呑気な顔で大広間に入ってきたのは――シルクハットを被った、イギリス大使。
「やあやあ、これはフォーティンブラス殿下。会談にいらっしゃらないから、心配しましたぞ。お取り込み中、失礼いたします!」
イギリス大使はフォーティンを見るなり、シルクハットを取って深々と頭を下げ、そのままクローディアスに向かって報告を始めた。
「クローディアス陛下。ローゼンクランツ殿とギルデンスターン殿は、生きてます。途中で海賊に襲われたそうですが、わが国に無事着いて、タダ飯を毎日……いや、お元気に過ごしておられます。で、彼らは一体……何しに来たんですか?」
既に王冠を奪われたクローディアス王は、疲れ切った表情で投げやりに答えた。
「ハムレット殺害を命じる国書を、持たせたんだ」
「ふむ。ですが、イギリスに着いた時、彼らは国書など持っておりませんでしたぞ。どういうことです?」
レアーティーズお兄様が、一歩前に出た。
「ハムレット殿下が、国書を書き換えたんです。ローゼンクランツとギルデンスターンの処刑を命じる内容にね。宰相代理としての私の判断で、ニセ国書は捨てさせました」
「なんと……わがイギリスを属国扱いしてバカにするにも、程がありますぞ。国書をしたためるも、破棄するも、全ては国王の権限。これではまるでデンマークには、三人の王がいるようなものではないか。いったい、誰を信じれば良いので?」
イギリス大使の苦言に、フォーティンブラスが答える。
「国書は、現にないんだろ? 誰にも復元はできん。そしてこの国に今、国王はいない。それが眼前の事実だ。ハムレットの英国行きを命じた前国王クローディアスの公式命令だけが、今でも法的に有効というわけだ。だから――」
フォーティンは言葉を続けた。
「ハムレット王子。お前はもう一度、イギリス行きの船に乗るべきだ。復讐は立派に果たされた。今度は、自分の幸せを考えろ。結婚相手を探してこい。相手は、オフィーリアではないが、な」
「くっ……余計なお世話だ」
私は、イギリス大使に言った。
「というわけで、ローゼンクランツとギルデンスターンが、ずっとお世話になってるみたいですけど……ハムレット殿下も、帰りに連れてって下さいねっ」
「また、タダ飯食らいが増えるの⁉」
◆◇◆◇
クローディアスは王位を剥奪され、グリーンランド送り。ハムレットはイギリスへ強制送還。ローゼンクランツとギルデンスターンも、無事処刑されずに済んだ。
そして何より、レアーティーズお兄様が、元気で生きてる。すっごく嬉しい。
原作で予定されていた大量死は、全部消えた。
私は清々しい気分で、ほっと息をつく。
「よかったぁ。誰も死なずに済んだ……!」
だけど、その代償も小さくはない。ここからが、本当の国難だ。
デンマーク王位は空席。エルシノア城を占領中のフォーティンブラスは当然、武力を背景に、王位を要求した。
「デンマーク王位は、俺が拾わせて頂くとしよう。この国は今日から、ノルウェーの属国だ。オフィーリアを、王妃と定める。誰か文句があるか⁉」
傲慢な態度で玉座へ勝手に腰を下ろし、威圧するフォーティンブラス。いよいよ、危険な本性が現れた。列席のデンマーク貴族たちは大混乱。
「待ちなさい」
そこへ堂々と歩み出たのは、死を免れたもう一人の生存者。ハムレットの母親、ガートルードだった。
「オフィーリア。あなた、デンマークを裏切った犬になるつもり? そしてノルウェーの王子よ、玉座からすぐに立ち去りなさい。そこは、あたくしの席です」
「何を言う。クローディアスは退位した。その妻であるあなたも、既に王妃ではない」
「いいえ。あたくしこそが、現在のデンマークの女王なのですよ。元々あたくしは、三代前のデンマーク王の娘。ハムレットの父親も、クローディアスも、婿養子でした。王権は本来、あたくしにあるんです」
女王ガートルードは、言葉を続けた。
「そして、デンマークは王国ですが、古来より選挙王制を敷いています。家柄よりも、投票結果が優先です。独裁は許されません。フォーティンブラス。あなたがデンマーク王になりたいなら、貴族と民衆に信を問いなさい!」
「せ、選挙王制だと……」
「そうよ。そしてデンマークには、あなたより、ハムレットより、もっとふさわしい対立候補がいるわ」
ガートルードは、私の肩に手を置いた。
「この子、オフィーリアを、あたくしは次世代の女王に推薦します。家柄が問題だと言うなら、王家の養子として公女の位を授けた上で、選挙に出しましょう」
「えっ、私ですか⁉」
「そうよ。あたくしは、あなたをずっと、本当の娘みたいに思ってたの。侍女じゃなくて、長女にしてあげるわね。復讐の連鎖を止めたのも、この国を救えるのも、あなただけよ」
「えええっ⁉」
私は思わず叫んだ。
「無理無理無理! 私、女王とか絶対無理!」
◆◇◆◇
国王選挙の日。民衆の人気と同情心は、私とレアーティーズお兄様に集中した。
「奇蹟の公女オフィーリアなら、きっとこの国を変えられる!」
「祖国を守る、復活の少女だ!」
「レアーティーズ卿と共に、デンマーク新時代を!」
選挙結果は――私の圧勝。フォーティン、ボロ負け。
「うわぁぁぁぁぁ……!」
逃げたい。
でも、逃げられない。
だって、国じゅうが期待しているんだもん。
「オフィーリア、おめでとう。大丈夫だ、何も心配ない。お兄ちゃんが宰相として、しっかり支えるからな!」
レアーティーズお兄様が、泣きながら私の手を取って喜んでいる。
気づけば、王宮前広場では「オフィーリア」推しコールの大合唱が起きていた。
そして、敗者フォーティンブラスは――なんと、私の前に膝をついた。
「ちょっとちょっと。何やってるのよ、フォーティン?」
「女王陛下……」
「やめてよ、私たちの仲でそういうの」
「改めて、結婚を申し込みたい。俺の女王に、なってくれないか」
「……え?」
フォーティンは、リングケースをパカッと開いてみせた。中には、特大の美しい琥珀をあしらった指輪。
「これを拾い集めるために、俺は命がけでポーランドまで行ったんだ。世界最高の輝き、バルト海の琥珀。いつか、生涯を誓うただ一人の女性に、この宝石を捧げよう、と思ってな……受け取ってくれるか?」
私は顔を真っ赤にしながら、手を差し伸べる。
「……もちろん。やっと、ちゃんと手順を踏んで、私の同意を取りに来てくれたね、フォーティン。ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
「オフィーリア!」
私たちは熱い抱擁とキスを交わした。王宮前広場に、拍手喝采が巻き起こる。
こうして、私は選挙によって女王に選ばれ――超絶イケメンのフォーティンブラスは王配殿下、優しいレアーティーズお兄様は宰相として、役割分担しながら国を治めていくことになった。
◆◇◆◇
ハムレットが、イギリスに旅立つ日。私とフォーティンブラスは、港まで見送りに出かけた。
「このホレイショー、どこまでも殿下について参ります」
ハムレットの右横には、彼の年上の親友、ホレイショー。私は少し違和感を感じて、口を挟む。
「あのー、ホレイショーさん? あなた、左側に行って。殿下を、右にして頂けません? ハム✕ホレよりホレ✕ハムのほうが、やっぱ検索では人気みたいですし……」
「けんさく? けんさくとは何だ?」
ハムレットとホレイショーが、困惑して問い返す。私は問いには答えないで、ハムレットに別れの言葉をかけた。
「殿下。イギリスでも、どうかお元気でね」
「オフィーリア……いや、女王陛下。僕たち、どこで道を間違えたのかな?」
「狂気を装って、仮病で己に嘘をついたからじゃないですか? でも、ハムレット殿下。あなたはやっぱりヒーローだし、顔がいい。イギリス王女でもスコットランド女王でも、選り取り見取りですよ。ダウントン・アビーみたいな所に住めば、きっと毎日楽しいはず」
「修道院に行け、と……?」
「私なんか早く忘れて、幸せを見つけて、ってことです。私、未来が分かるんですのよ。イギリスじゅうで、ハムレット殿下が広く愛されて。イギリス人が、その名を後世まで語り継ぐ。そんな未来が、バッチリ見えてます」
「そうか……昔と違って、今の君は、本当に強いな。強き者よ、汝の名は女なり、だ」
ハムレットは苦笑しながらそう言い遺すと、ホレイショーを連れて、船に乗り込んでいった。
十四人編成の軍楽隊がポーランド仕込みの別れの曲を奏でる中、船上のハムレットが、爽やかな笑顔で手を振る。
フォーティンが、力強く振り返した。
「がんばれよ、ハムレット! ヴァイキングの誇りだ!」
私も手を振りながら、声を掛ける。
「アングロ・サクソン族に、負けちゃダメよ!」
船が出ていく。もう、ハムレットに声は届いてない。フォーティンは、儀仗隊に号令を掛けた。
「揺らせ、槍!」
兵士たちが一斉に歓声を上げながら、槍を立てて上下に振る。ヴァイキング戦士の、惜別の合図だろうか。知らんけど。
私はしみじみとつぶやく。
「悲劇なんて、ほんとクソくらえよね」
フォーティンブラスが、満足げに笑った。
「これでいいのさ。これが、お前の選んだ未来だ」
「選んだ、のかな?」
「俺に選ばれた未来、とも言える」
「それはそれで、悪くないかもね」
こうして、私は転生ヒロインとして、『ハムレット』世界の悲劇ルートを完全に吹き飛ばし、愛と権力を勝ち取って、人生をやり直すことになった。
私はフォーティンと肩を並べ、しっかりと手を繋ぎながら、水平線の彼方を眺める。
そして、遠ざかる船が消えゆくまで、万感の思いでじっと見送るのだった。
完
ご愛読ありがとうございました♪
揺らせ、槍ッ
ブックマーク&評価よろしくお願いします‼️




