第4幕 毒杯クラッシュ★隣国王子、決闘に乱入!
宴もたけなわ、エルシノア城の王宮大広間。私はヴェールで顔を隠しながら、フォーティンブラスと腕を組んで進んだ。
背後には、五人の護衛たち。剣は預けて丸腰だけど、顔つきと体格は「素手でも余裕で牛を倒せます」くらい平気で言いそうな、荒くれ者揃いの面々。
潜入後の手順は、決めてある。
まずは毒杯と毒剣の確保だ。続いて、護衛が中から門をこじ開け、野外に潜むノルウェー軍がなだれ込む。
悲劇を、外圧でぶん殴ってやるんだ。
玉座にふんぞり返ったクローディアスは、ニコニコ顔で出迎えた。蛇みたいな目つきで。
「フォーティンブラス王子! ようこそ、エルシノア城へ。長旅で疲れただろう」
「さっそくながら、勝利の美酒を一杯頂くとしましょう。ポーランド遠征は、骨が折れました」
フォーティンが、王の横の小机に置かれた金杯を指す。
――ほら出た、毒杯。
「ハハハ、それは余興の賞品でね。酒なら別の杯を……」
王は笑いながらも、額に冷汗をかいている。
余興。つまり、剣術試合だ。ハムレットとレアーティーズお兄様の対決。毒剣で相討ちルートのやつ。少し早く着きすぎたのか、勝負は、まだ始まってなかったようだ。
そこへ家来がやって来て、クローディアスにこそこそと耳打ちした。派手な羽根飾りの帽子。オズリックだ。
「陛下、レアーティーズ様がどうも乗り気ではないようで……ハムレット殿下と和解したいと」
私は、内心でガッツポーズした。私がまだ生きてるせいで、お兄様の復讐メーターが原作ほど上がってないのだろう。試合が流れれば、毒剣も毒杯も使われずに済む。
だが、フォーティンが口を開いて、とんでもないことを言い出した。
「ならば説得してみせましょう。中止では面白くない」
ちょっと待て。面白さ優先でお兄様の生死を弄ぶんじゃない、この戦闘好きのヴァイキング王子め。
クローディアスが目を細めながら言った。
「説得できるなら、望みの物を差し上げよう。デンマークの王位以外なら、ね」
「望みは、ただひとつ。彼女が欲しい!」
フォーティンは、私の顔を隠していたヴェールを、スッと持ち上げた。
「きゃっ、何するの……」
私は抗議の声を上げる。だけど、私を熱く見つめるフォーティンの視線に、言葉を失った。とてつもなく真剣で、勝ち気な態度。下手に触れると怪我しそうなくらい、尖って、思い詰めた表情。
私の素顔が晒され、大広間がざわつく。
「なっ……オフィーリアじゃないか? なぜここに!」
クローディアスの声が裏返る。
「えーっと……山賊に旅費を盗られて、足を怪我しましたの。通りすがりのフォーティン殿下に、助けて頂きまして」
「それはそれは……良かったねえ。明朝、新しい馬車を出そう。温泉地でゆっくり治療するといい」
「結構です。氷水に足を浸けて、気合で治しましたので」
貴族たちがどよめいた。そこへ早足で駆け込んできた青年が、ひときわ弾んだ声を上げる。
「オフィーリア! 帰ってきたのか!」
レアーティーズお兄様だった。私を見た瞬間にこぼれる、安堵の表情。
そして、ハムレットも遅れて現れた。
「オフィーリア……誰だ、その男は!」
フォーティンが一歩前に出て、堂々と宣言する。
「ノルウェー王子、フォーティンブラスだ。本日は、オフィーリア令嬢との結婚の許可を頂きに参った。異議ある者は、決闘で受けられよ」
――は? 結婚? 何の話? 私のコンセンサスは?
「異議あり!」
声が重なった。レアーティーズお兄様と、ハムレット。
「良かろう。三人の決闘……いや、練習試合を許可する。あくまでも、余興として、ね」
悪い笑みを浮かべるクローディアスを見て、私はぞっとした。
王の意図が読めた。きっと、士気の低いお兄様に代えて、フォーティンブラスにハムレットを殺させる気だ。
なぜならフォーティンにとって、彼の父親を殺した仇である前デンマーク王、その息子こそが他ならぬハムレットだからだ。フォーティンなら、きっとハムレットに復讐すると読んだのだろう。
(フォーティン。復讐なんか、しないよね? 冷静、だよね?)
男たちが私を賭けて、三つどもえの戦い。史上最悪のギャンブルが、間もなく始まる。
だが私も、高見の見物を決め込んでる暇はない。先にやることがある。毒杯を潰さなくちゃ。
私はフォーティンの耳元へ、小声で釘を刺した。
「毒剣に気を付けてね。私は国王を止めるから」
「行ってこい。君ならやれる」
クローディアスは金杯に、ポトポトと真珠玉を落としていた。毒真珠だ。暗殺計画その1、発動寸前。
私は給仕の前にスッと割り込み、お盆を奪う。
「お手伝いしまーす」
そして王の前へ進み、大声を張り上げた。
「陛下ー! オフィーリアがお酒を持って参りましたよー!」
「えっ⁉ なんで給仕を⁉」
「王妃陛下の侍女に、就職したくって。インターン研修中なんですよぉ。お任せ下さいっ」
私はニッコリ笑い、銀杯を差し出す。そして、クローディアスが手を伸ばすや否や、すばやくサッと引っ込めた。
「あ、間違えちゃいました! 国王陛下には、一番豪華なこちらを!」
小机の上に飾られた金杯を持ち上げ、クローディアスの鼻先に突きつける。
「まあ、真珠玉が、山盛りじゃありませんこと? 勝者の金杯。見事ですわー。まずは陛下に、ご献杯ー!」
「いやいやいや、ワシは飲まんぞ? これはあくまでも、今宵の勝者のための杯で……」
「では、どうぞ!」
「どうぞじゃない」
押し返す王、押し返す私。周囲がざわつく。
「要らん! 私はそっちの銀杯でいい!」
王がお盆に手を伸ばした瞬間、私はその手の動きより速く銀杯を奪って、イッキに飲み干した。こっちは当然、毒酒じゃない。王室御用達、ゲルマニアに貢がせた高級ワインだ。レモンサワーより、うめぇ。
「プハーッ、頂いちゃいましたぁ」
「何しとるんだ無礼者ー!」
私は再び、王に毒杯を差し出す。
「はい、おかわりどうぞ!」
「やめんか!」
ここで私は、意味深な笑みを浮かべながら、王に言ってやった。
「あら、やっぱり陛下ってば、どうしてもこの酒を、ハムレット殿下に飲ませたい、ってわけですか?」
「な、何のことだ……?」
うろたえる王。不穏な空気を察して、ガートルード王妃の顔色も、しだいに青ざめる。
「オフィーリア……その金杯は、あたくしが……」
私はニッコリ笑って毒杯を高く掲げ、王妃の手から遠ざけた。
「お気遣いなく、王妃陛下。私が殿下に届けますから!」
「待たんかー!」
私はお盆を持ったまま、優雅にクルリと回れ右ターン。そしてすかさず、わざとフラついてみせる。
「おっとっと、あっっっぶなあああい!」
ガッシャーン!
金杯が床に叩きつけられ、毒酒と真珠玉が派手に飛び散った。静まり返る大広間に、クローディアスの絶叫がこだまする。
「な、何やっとんじゃァァァ!」
「ひぃん……すみませぇん、ドジっちゃいましたぁ。アハッ」
「何でスッキリ笑顔なんだよ!」
毒酒は完全に、床のシミと化した。
床に落ちた真珠玉をわざわざ拾って、新しい酒に再投入する……なーんて怪しさバレバレムーブは、さすがのクローディアスにも、出来っこないだろう。
暗殺計画その1、粉砕だ。
でも、まだ本命が残ってる。お兄様の毒剣が。
剣術試合が始まる前、私は審判役のオズリックへ忍び寄った。
「ねえ。十二本勝負って、長すぎですよ?」
「え? でも、そういうルールと聞いてますが……」
「ああ、それは原作者がイギリス人だから、試合描写がやたら長くなってるだけですよー」
「げ、原作者?」
「あ、何でもないです。とにかく、クリケットみたいに夜中まで続いたら困るって、皆さん、文句言ってますよ? ここは、ヴァイキングの流儀で行きませんこと? 戦神トールの、雷のごとく! 電光石火、一本勝負で!」
「な、なるほど……!」
宮廷の作法に詳しくない田舎紳士のオズリックは、苦情が入るのを恐れてか、私の意見をあっさりと採用した。
「えー、本日の試合は、一本勝負のトーナメント制で行います!」
ざわつく観客。
フォーティンが前へ出て、朗々と告げる。
「では、まず俺と義兄上が戦い、勝者がハムレット王子に挑むとしよう。結婚の許しは、その後に頂く」
「義兄上と呼ぶんじゃない!」
お兄様があきれながら、腰の剣を外してオズリックに預けた。そして、別の練習用の剣を手に取る。
預けたほうが、毒剣だったのだろう。
私は祈る。お兄様、このまま生き延びて。
二度と、毒剣には触らないで。
試合開始。
レアーティーズお兄様の剣筋は鋭く、美しかった。だが、フォーティンは強者の余裕たっぷりに攻撃をかわす。戦場で死地を経験してきただけのことはあるようだ。面構えが違う。実戦的で力強く、無駄がない。
カンッ!
フォーティンの一撃。
お兄様の剣が弾かれ、宙を舞った。
「勝負あり!」
満場の拍手の中、フォーティンはお兄様の剣を拾って返しな。代わりに、オズリックが預かっていた「例の剣」を、強引にもぎ取る。
「これは、没収させて頂くとしましょう。名誉のためにも、義兄上にこれを使わせるわけにはいきませんからな」
ハムレット暗殺指令の重圧から、ようやく解放されたお兄様の目が潤む。私は胸が熱くなった。
そして、フォーティン対ハムレット。
ハムレットは練習用の剣を振り回し、気勢を上げる。
「オフィーリアは、僕の婚約者だ。渡さんぞ!」
「婚約は破棄されたと聞いたが?」
そう言いながらフォーティンブラスは、なんと、お兄様から没収した毒剣を、手に取って構えた。クローディアス王がそれを見て、満面の笑みを浮かべる。
「フォーティン、何してるの! その剣を、どうするつもり?」
私は思わず声を上げた。
「ハムレット。試合の前に、教えておいてやる。人生は、選択の連続だ」
フォーティンはそう言うと、剣を床に放り投げた。
キィィン、と金属音が響き、両者の中央で剣が止まる。
「毒剣だ。俺には必要ない。お前はオフィーリアが欲しいか、一人前の男になりたいか? オフィーリアを愛するなら、今すぐ拾って、俺を刺せ。やれるもんなら、やって見ろや!」
「ど、毒剣だと⁉」
ハムレットがあわてて手を伸ばし、駆け寄った瞬間――
ドゴッ!
フォーティンが一歩早く踏み込み、長い足でハムレットの肩を鋭く蹴り上げた。
「ぐあッ!」
ハムレットが仰向けに倒れ、剣を取り落とす。観客たちが思わず息を呑んだ。
その一瞬の沈黙を破ったのは、興奮したクローディアスの叫び声。
「よし、いいぞ! とどめを刺せ!」
大広間の空気が、凍りついた。
「……あなた、何を言ってるの?」
ガートルード王妃の声が、冷たい刃のように響く。
「あっ……」
クローディアスの顔から、一斉に血の気が引いた。
フォーティンがゆっくりと振り向いて言う。
「王よ。『とどめを刺せ』とは、どういう意味だ?」
「ち、違う! つい、うっかり……」
「うっかりで、自国の王子を殺させるのか?」
クローディアスが後ずさる。逃げ道を探して目が泳ぐ。
ハムレットが起き上がりながら、うめき声を上げた。
「僕の負けだ、フォーティンブラス。だが、ここで終わるわけにはいかない。僕を……僕を男にしてくれ!」
「良かろう。ならばしっかり目を開いて、俺に力を貸せ」
フォーティンは床の剣を拾い、ハムレットへ手渡した。そしてクローディアスに向かい、大声で叫ぶ。
「クローディアスよ! 現実とは、おのれが試合せんことには、どうにもならんものよのぉ。先王殺しの報いを、受けるがいい!」
「そんな昔のこと、誰が知るかい!」
そのやり取りを見て、全員が理解した。
クローディアスの悪事、その真相を。
席を立ち上がったクローディアス王は、背を向けて逃走態勢に入る。私はとっさに、拾い残しの真珠玉を床から掴み上げ、彼の足元にまとめて投げつけた。
「痛ッ!」
「クローディアスさん、玉はまだ残ってますよ!」
真珠玉を踏んづけて足を滑らせ、不様に転ぶ王。そこへハムレットが、猛烈な勢いで階段を駆け上がってきた。
「げっ……待てい! 待ってくれ。ワシを殺すの、待ってくれ! ワシは……そんなつもりじゃなかったんだ!」
「ウオオオオァッ!」
床に倒れ命乞いするクローディアスめがけて、ハムレットは雄叫びを上げ、渾身の力で剣を振り下ろすのだった。
次回、最終回!
頂上決戦⁉ エルシノア城の明日はどっちだ⁉




