第3幕 愛され軍師オフィーリア★エルシノア潜入大作戦!
フォーティンブラス軍の野営地。用意されたテントでベッドに腰掛けながら、私は軍医の診察を受けた。
「折れてはおらんようですな。痛めた足を、この中に浸けて」
軍医が運んできたのは……氷水を入れた木桶。やり方は荒っぽいが、捻挫した患部を冷やすのは、一応、理にかなっている。ゆっくりと、桶に足を差し込んだ。
「ひぃぃっ……つ、冷たぁっ!」
上下の歯をガチガチ鳴らして震えながら、氷責めを耐える。フォーティンブラスが、心配そうに軍医を急かした。
「……おい、軍医。まだか? まだ終わらんのか? 彼女の唇が、だんだん紫色になってきたぞ」
「砂時計の砂が落ち切るまで、お待ち下さい」
ようやく軍医の許しが出て、バケツから足を抜く。
「すごい。冷やしたら、痛みがすっかり引きました」
「では、足をきれいに拭いて、包帯を巻きましょう」
軍医が私の足を取ろうとすると、フォーティンブラスがすかさず制止した。
「おい、そこまでだ……お前はオフィーリアに触るな」
「しかし、包帯を巻きませんと……」
「いいから、下がってろ! 後は、俺がやる」
フォーティンブラスは軍医を追い出すと、私の前にしゃがみこむ。
「ということで、俺が包帯を巻く。構わんな?」
「フォーティンが? まあ、いいけど……包帯なんか、巻けるの?」
「見くびるな。武人は、何でも出来る。これくらいの応急手当が自分で出来ないようでは、戦場で生き残れん」
フォーティンブラスは私の足首をそっと抱え、丁寧にタオルで拭いてくれた。
「軍医め。こんなに足を凍えさせて……患部だけ冷やせばいいものを」
そう言うと彼は、私の足の裏を手のひらで、そっと包み込んだ。じんわりと、体温が伝わってくる。
え……仮にも仮想敵国の王子が、どうして私にここまで⁉
不意を突かれてドギマギしている間に、彼は包帯を巻き始めた。
「痛めた場所は、ここだろ? よく泣かずに我慢したな」
フォーティンブラスは優しく微笑みながら、私の髪を撫でてくる。
「痛みに耐えた君は、もう立派な戦士だ。偉いぞ」
「ひぇっ⁉ そんな、頭ポンポンしながら褒めないで……」
「さあ、これで包帯も巻き終えた。どうだ?」
どうだ、と言われても……ちょっぴり、不格好だ。崩れた巻き方。一応は出来てるけど、本職の医者じゃないから、やっぱり粗は目立つ。
でも、そこがなんだか愛おしい。
「うん。ありがとう、フォーティン」
「今日はそのまま横になって、ゆっくり休め。それにしても……美しい脚だな」
「え?」
彼の言葉に、また頬が赤く染まってしまう……もー! だから、何でもかんでも、思ったこと口に出さないでってば!
◆◇◆◇
翌朝。
私は目覚めた瞬間、軽く悲鳴を上げそうになった。
「起きたか、オフィーリア」
「……なんでフォーティンが、そこにいるわけ?」
ベッドのそばで椅子に座ったフォーティンブラスが、長い銀髪をサラリとなびかせながら、私を見下ろしている。
彼のそばには、豪華な朝食を乗せたワゴン。
生サーモンを乗せたサラダに、肉入りのスープ。リンゴのジュースと牛乳。パンには厚切りのチーズとバター、コケモモのジャムが添えられていた。
「栄養を取れば、怪我も早く治る」
パンをナイフで一口大に切り分けながら、フォーティンブラスは言う。
「ほら、口を開けて」
「いやいや……子供じゃないんだから。自分の手で食べられますけど⁉」
「いいから早く食え。食べないなら、片付けるぞ? ほら、アーン」
「うっ……何なのよ、全くもう」
とうとう観念した私は、恥ずかしさで目を閉じた。サーモンサラダを乗っけたパンが、口の中にポイっと押し込まれてくる。塩味と旨味の、絶妙なハーモニー。
「あっ、美味しい……」
「スープも飲めよ」
歯の間に、スプーンが差し込まれてきた。濃厚なクリームスープ。柔らかく煮込まれた羊肉が、舌の上でホロリと崩れる。
「んっ……あったかい……」
すっかり彼のペースに乗せられ、朝食バイキングを堪能してしまった。ヴァイキングの王子様の、「アーン」攻撃付きで。
◆◇◆◇
その日の午後。
気がつくと私は、フォーティンブラス軍の作戦会議に参加していた。
「教えろ、オフィーリア。これからどうなる。君には、何が見えてる?」
何だか、高額報酬の企業コンサルにでもなった気分。
「そうね……フォーティンは軍隊を率いて、エルシノア城に乗り込む。そしてクローディアス王から、デンマークの王冠を剥ぎ取る。それが、運命」
列席の軍幹部たちが、大きくどよめいた。参謀がすかさず、口を挟む。
「オフィーリア様。我々は、デンマークへ復讐しに来たのではありませんぞ。星占いなら、間に合っております」
「運命を決めるのは、星じゃない。私とあなたたちの、思いが決めるのよ」
実際は、私が何もしなくても、『ハムレット』ではデンマーク王家が全滅し、フォーティンブラスに王位が転がり込む結末になる。
でも、それは内緒。あくまで私の情報力で、事態が動いてるように見せかけなくては。
司令部の文官が、私の言葉に眉をひそめて反論した。
「殿下は、エルシノア城のパーティーにも招かれている。平和外交使節なのですよ」
「外交、ね。エルシノアへ行く前に、イギリス大使とも会うんでしょ?」
「なぜそれを……確かに殿下とイギリス大使は、一週間後のパーティー当日、エルシノア城の外で会談する予定です。しかしそれも、あくまで平和外交の一環」
「どうかしら。デンマークよりも我が国に従えと、イギリスに圧力をかけるんじゃないの? まあそれはともかく、会談の約束は、すっぽかしましょ」
「何ですと?」
「ちょうどその日、パーティーの余興で、兄がハムレットと剣術の試合をするの。みんな試合に夢中で、城の防備はガバガバよ。その隙に、一気に攻め落としちゃいましょう。のんきに会談してたら、試合が終わっちゃう」
「なるほど……つまり、試合の真っ最中に、王宮へ乗り込め、と言うわけだな?」
フォーティンプラスが、身を乗り出した。
「その通り。あなたには、クローディアス王の罪を教えたでしょ? パーティーに出て、何もかも暴露して、彼を断罪するのよ。その混乱に乗じて、城門を開けて無血占領するの」
「信用できませんな」
参謀が、また私の話を遮る。
「殿下。話がうますぎます。オフィーリア様は、いわば自分の国を売ろうとしているわけでしょう。その割には、ノリが軽すぎる。罠では?」
文官も、反対意見を述べる。
「デンマークとの友好は王命ですぞ、殿下。オフィーリア様は、ハムレット王子の恋人だったとか。奴の復讐の手駒に、殿下を利用する腹づもりとしか思えません」
「ふむ。そうなのか? オフィーリア……」
フォーティンブラスが、氷のような眼差しを私に向ける。だが、ここでひるんだら、おしまいだ。
「誤解よ、フォーティン。私は、クローディアス王に追放された身だし、ハムレットにも未練はない」
「ならば、何が望みだ? 何のために、俺を動かそうとしている?」
「それは――」
私は少し間を置いて、真剣な表情で訴えた。
「兄を、助けてほしいの。王の陰謀で、私の兄レアーティーズとハムレットの試合には、毒を塗った真剣が使われる。このままだと毒剣で兄が死ぬ。それを避けたいのよ」
本当は『ハムレット』の劇中、兄レアーティーズだけではなく、その毒剣で、ハムレットもクローディアス王も死ぬ。これも、黙っておかなくちゃ。でないと、フォーティンブラスは動かない。
「なるほど。俺に、兄上を助けさせよう、というわけか? それが、君の真の目的なんだな?」
「そうよ。夢が王殺しの証拠になるか? って言ってたでしょ。だったら物的証拠として、毒剣を押さえればいい。先王を殺したクローディアス王が、その復讐を恐れてハムレットを始末しようとした、揺るがぬ証明よ」
「よく分かった! 納得したぞ。諸君、俺はオフィーリアの策を採用する。軍議は決した。以後の異論は許さん!」
フォーティンブラスは右手を挙げ、高らかに宣言した。一同が膝をついて、服従の姿勢を見せる。
「オフィーリア。本当に、君は俺の幸運の女神だな。これで、父の無念も晴らせる。デンマークと君が、一度に手に入る」
「そうね。デンマークと、私……えっ?」
「兄上に貸しを作れば、俺を認めざるを得んからな。いかに妹が可愛くとも、泣く泣く手放すしかあるまい。いやあ、オフィーリア。まさに天才軍師」
「ちょっとちょっと……何の話?」
なんか私、フォーティンブラスを思い通りに動かそうとして、変なスイッチを押してしまったらしい。
◆◇◆◇
それからの一週間。フォーティンブラス配下の軍勢は、エルシノア城攻略に備え、訓練に余念がなかった。
そして、私の捻挫した足はすぐ治った。だけど、フォーティンブラスの暴走過保護っぷりは一向に治らない。
「おい、歩けるか? うん、無理そうだな!」
私の答えを待たず、何かと言えばすぐに抱っこで移動。
訓練の視察に同行すれば、速攻で分厚い防寒着を被せてくる。
「寒いぞ。これを着ろ」
暑いし、重いわ。
寒暖の調節くらい、自分で出来ますけど。
そして食事の時間は、毎度の「アーン」攻勢。
「ちゃんと栄養取れよ? ほら、ポーランドで摘んだイチゴだ」
兵士たちの声が、ヒソヒソと聞こえてくる。
「オフィーリア様、殿下の手から、旨そうに食べるよなあ。あれでは、気に入られるのも無理はない」
「殿下の拾い癖も、ここに極まれりだ。王宮はとっくに、犬猫だらけだと言うのに」
……私、餌付けした犬猫扱い⁉
◆◇◆◇
そして、エルシノア城へ向かう日。
私は軍議の席で、防衛体制を解説した。
「配置についてる武将はホレイショー、マーセラス、バーナード、フランシスコかな。特にホレイショーは、本職は学者だし、ずーっとハムレット王子にベッタリだから。彼の受け持ちが、守りの穴になってるはずよ」
「よかろう。攻城戦は、覚悟が全てを決める。いざ、礼砲を勇ましく撃ち鳴らせ! 進軍開始!」
「バカなの? そんなにドゴォォン、ドゴォォンってぶっ放しながら歩いたら、相手を刺激するでしょ。小競り合いが起きかねない」
「礼砲、ダメか?」
「ダメ」
「うー、分かった……撃ち方やめい! いつでも城内へ突入できるよう、城を完全包囲するんだ。静かに、気づかれぬようにな!」
こうして私たちは、エルシノア城へ到着した。周囲には大部隊を潜ませてるけど、フォーティンブラスは涼しい顔。私と最低限の護衛だけを連れ、城門の前に進み出る。
「ノルウェー王家、フォーティンブラスと申す! クローディアス陛下のご招待を受け、馳せ参じた」
「これはこれは……ようこそデンマークへ。お連れ様は、護衛の方だけですか?」
「護衛は5名いるが、友好の証として、剣は預けよう。それと……彼女は、今夜のパーティーで私のパートナーとなる女性だ」
私はヴェールを下ろして顔を隠し、フォーティンブラスの背後に黙って控えていた。
ところが、私の正体に、目ざとく気づく者がいた。
「おや? オフィーリア様⁉ どうして急に帰って来られたので?」
ホレイショーだった。何だよ……ハムレットに付きっきりじゃないのかよ。
「なぜ、この方と? よその者と、チョロチョロされては困りますな。ハムレット殿下をお呼びしますか」
ホレイショーは近寄ってきて、耳元でそうささやいた。その瞬間。私の背後を、鋭い冷気……いや、殺気が走る。
「……誰だ、この男は」
フォーティンブラスが、ドスの効いた低い声で問う。
「ホレイショー、だけど……?」
「ホレイショー、か……ずいぶん親しそうだな。どういう関係だ」
は? ハムレットの親友って、事前に教えたじゃん。忘れたの?
護衛の兵士たちが、小声で囁く。
「殿下、目が血走ってるぞ」
「嫉妬で完全にキレてるな……」
私はあわてて、フォーティンブラスと腕を組み、ホレイショーに告げた。
「えーと……ホレイショーさん。話せば長くなるけど、今日の私は、フォーティンのパートナーとして来てるの。ハムレット殿下は呼ばなくていいから、早く通して!」
「そうだ。オフィーリアは、俺がエスコートする。狙われる者より、狙う者の方が強いと知るがいい。文句を言うなら、外交問題だ。では、参るぞ」
フォーティンブラス、完全にドヤ顔。
でも、私を連れて颯爽と歩く、その姿は――
とても心強くて、カッコ良かった。
こうして私は、エルシノア城へ――
フォーティンブラスという圧倒的なパートナーを伴って、堂々と帰還した。
『ハムレット』世界の運命が、大きく、大きく揺らぎ始めていた。
残り2話!
次回「毒杯クラッシュ★隣国王子、決闘に乱入!」
ブックマーク&評価お願いします‼️




