第2幕 捨てられヒロイン、道ばたで拾われる
王都エルシノアを追放された、その日の夕方。
馬車が国境近くにさしかかると、武装した十数人の男が、道を塞いで突然立ちはだかった。
「逃げろ! 山賊だ!」
護衛も御者も、馬車を見捨てて秒で遁走。
「ちょっ、ちょっとー! 私、そんなに守る価値ない?」
一応、貴族令嬢なんだけどな。それともこの襲撃は、ひょっとして、クローディアスの差し金……? あの王なら、やりかねない。
私も遅ればせながら、馬車を飛び出した。だが、舗装もされてない道につまずき、足をひねって転倒。動けなくなった。迫って来る山賊たちの、剣先がキラリと光る。
「あのー、お金は渡すんで、見逃してくれませんか?」
金貨の詰まった革袋を放り投げる。だが、山賊たちは目もくれない。
やはり、私が目当てか?
川ポチャ転生の翌日に、早くも殺されるのか。なんたる悲運の二連チャン。
その時。
ドゴォォォォン。ドゴォォォォン。
大地が、軽く揺れた。
「えっ……地震? 山火事? 新手の刺客?」
街道の向こうに、兵士の一団が見える。猛スピードで近づいてくる騎兵を先頭に、砲兵、重装歩兵――長い列を連ねた軍隊の行進。
「ヤバいぞ、ズラかれ!」
山賊たちがあわて出す。
金貨の袋を拾うと、一斉に逃げ出した。
そして、山賊たちを追ってきた軍勢の旗印を見て、私は息を呑んだ。
――デンマーク軍じゃない……外国の軍隊だ!
外国軍が、国境を越えてきてる!
赤地に金の獅子、隣国の紋章。
「そうか……フォーティンブラス!」
『ハムレット』には、フォーティンブラスという隣国の王子がラストにチョイ役で現れる。劇中では、彼がエルシノア城にやって来た時、デンマークの王室メンバーは既に全員死亡していた。
「騎馬隊は、山賊を追え。残りは全軍、待機!」
陣頭指揮を取る若武者が、白馬の上から堂々たる声で号令を発した。純白の将官服。ハムレットやレアーティーズお兄様に、劣らぬ美男子。
これが……フォーティンブラス王子か!
険しく眉を寄せる、クールな表情。
あの若さで大軍を率いる、強烈なリーダーシップ。
そして何よりも彼自身が、百戦錬磨のヴァイキング戦士の雰囲気をまとっている。
ちょっと、引いちゃうほどカッコいい。
優勝。即優勝。
でも、それだけじゃない。
私は知っている。
この人、原作ではずっと空気だったのに、最後の最後に美味しいとこ全部持っていく、強運の持ち主。
――きっと、悲劇をぶっ壊す即戦力になるはずだ。
「そこの女ァ、無事か!」
フォーティンブラス王子が、声をかけてきた。
「足をくじいて歩けませんが、他は大丈夫です。助けて頂き、感謝します。でも……」
私は地面に倒れたまま会釈し、馬上の彼を見上げる。
「私を女ァって呼ぶのは、やめてもらっていいですか?」
「ん? 女じゃないのか?」
「女ですが」
「じゃあ問題なかろう」
「名前で呼んで下さい。私はポローニアスの娘、オフィーリアです」
「ポローニアス宰相の、令嬢だと……?」
長い銀髪をなびかせながら、フォーティンブラスは馬から降りてきた。
「失礼した。俺はフォーティンブラス。ポーランド遠征より、祖国へ帰る途中だ。父君のことはお悔やみ申し上げる。我らも訃報に接して弔意を表し、砲兵隊に礼砲を撃たせていたところだ」
「さっきのドゴォォォォン、って音、大砲ですか。めちゃくちゃ物騒な礼砲ですね? 父への弔問にかこつけて、武力を見せつけに来てません?」
「武人は、ナメられたらしまいだからな。それに、貴国領内を通過することは、許可を得ている。問題ない。ところでオフィーリア」
フォーティンブラスは目を細めながら語りかけた。
「実は君の噂も、国境を越えて届いていたぞ。ハムレット王子に捨てられたそうだな。父君を亡くした心労で、正気を失ったとも聞いたが」
……デリカシーないな、こいつ。
「だが実物を見る限り、病んでるようには思えん。とても元気いっぱいで、頭も切れるじゃないか。俺は、そういう子が好きだよ」
え……?
いきなり、好みのタイプみたいなこと言われた。良くも悪くも、思ったこと全部口に出しちゃう性格なのかな。
「アハハ……まあ、一回死んでますからね」
「どういうことだ?」
「川で溺れて、葬式までされたんですけど。生き返ったら、人格も変わったみたいで」
「待て。驚天動地の大事件じゃないか。なのに、やけに話のノリが軽くないか⁉」
自分でも、そう思う。
だって私はもともと、二十一世紀のOLだったし。酔って川に落ちて、オフィーリアの棺の中で目覚めたんだし。
それ以前のオフィーリアの身に起きた出来事は、やはりどこか他人事だ。語り口も、つい軽くなる。
「それで、悪魔とか幽霊とか言われて、気味悪がられて。追放されちゃいました」
「気味悪がられて、追放? それはおかしくないか」
ツカツカと私に歩み寄る、フォーティンブラス。
長身から見下ろす、彼の鋭い視線。間近で見ると、怖い。いや、怖いんだけどカッコよくて……やっぱり怖い。
そして顔を近づけ、私をじっと見つめながら言った――
「……全然、気味悪くなんかないぞ? むしろ、可愛い」
「えっ⁉ いやいやいや、見た目の話じゃないですよ⁉」
思わず頬が赤くなり、あわてて目を逸らした。
照れる私の様子を意にも介さず、彼は言う。
「山賊が出るとは、デンマークの治安は乱れているな」
私は深呼吸した。
どうせ、追放された身。
このままでは、悲劇一直線。
ならば、外圧を使って世界線をぶん殴るしかない。
「ええ、そうなんですよ。とっても、危険なんです。だから……私を家まで、連れて行って頂けません?」
フォーティンブラスは眉をひそめる。
「家まで、だと? エルシノア城まで護送しろと?」
「はい。旅費を盗られて、行く所もありませんし」
「……面白い女だな」
「また『女』って言った……」
「昔、ハムレットの父が、俺の父親を殺して、ユトランド半島の領地を奪った。それがこの国だ。この地に少しばかり請求権を持つこの俺を、わざわざエルシノア城に招き入れるか」
「まあ、私がいなくても、どうせ行くんでしょ?」
フォーティンブラスはニヤリと笑った。獲物を狙う、猛獣のような目で。
「ああ、そうだな。よく知ってるじゃないか。しょせん、この世は盗るか盗られるかだ。よし、オフィーリア。君を保護しよう」
「え、いいんですか⁉」
「治安ばかりでなく、この国は全部おかしいからな。このまま放ってはおけん。君は足の関節を痛めた。この国は全身の関節が外れている。誰かが治さなくては」
「ですよねー」
「先王の急死、王妃の再婚、ハムレットの心変わり、そして宰相ポローニアス殿のこと……何もかも不自然だ」
「ああ、それはですねぇ」
私は思わず原作知識の扉を開く。
「クローディアス王は、兄である先王を殺して、王位に就いたんですよ」
「……おい、ちょっと待て」
「それでハムレット王子は、狂ったふりをして復讐を狙ってます。父ポローニアスは、王と間違われてハムレットに殺されました」
「何もかも初耳だぞ。なぜそこまで知っている?」
「あっ」
しまった。
ネタバレをしゃべりすぎた。
「えっと……死んでる間に、夢で見て……」
「夢が、王殺しの証拠になるか?」
フォーティンブラスは片膝をつくと、冷汗をかいて固まっている私を背後から抱き上げ、いきなり持ち上げた。
「だが、今は君の話に賭けよう。ちょっと失礼」
「きゃっ⁉ ちょ、ちょっと待って?」
フォーティンブラスの鍛え上げた両腕が、私をしっかりと支え、お姫様抱っこの体勢になった。
「その足では、歩けんだろう? 手当てしてやるよ」
さっきまでのクールな表情とは打って変わって、優しく微笑むフォーティンブラス。顔が近い。
軍の参謀が小声で諌めた。
「殿下。ポーランドでは要りもしない領地を拾い、今度はその令嬢を……拾い癖にも程がありますぞ」
「黙れ。俺は、デンマークへの復讐を叔父貴に禁じられた身。人生、退屈なんだ。面白いネタは、絶対に拾うぞ」
面白半分だなこの人!
何をしでかす気か、ちょっと怖い気もするけど……
でも、味方になってくれたのはありがたい。彼なら、レアーティーズお兄様やハムレットたちを、死の運命から救えるかも。
私は彼の腕の中で揺られながら、ペコリと頭を下げた。
「よろしくお願いしますね、フォーティンブラス殿下」
フォーティンブラスが、私を運びながら答える。
「『殿下』は要らない。フォーティンでいい」
「えっ、呼び捨て⁉」
「お互い、すぐ慣れるさ。君は、俺の大事なゲスト。安全に送り届けよう、オフィーリア。君の兄上が望むなら、直接お目にかかって、ご挨拶申し上げよう。エルシノア城には、何がある? 俺の退屈を吹き飛ばしてくれよ」
そう語りかけてくる彼の声は、とても楽しそうで――
少しだけ、耳に心地良くて、温かい。
――新たな運命が、動き始めた。
私を追放したデンマークに、外からの力が迫る。
そして私は、その圧倒的な力の、一番近くにいるのだ。
残り3話!
次回、「愛され軍師オフィーリア★エルシノア潜入大作戦!」
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