第7話:魔物《きらり》 ── 共生という名の【資源ハック】
翌朝の森は、昨日よりも深い静寂に包まれていた。
風の音だけが淡く梢を揺らし、どこか張り詰めたような、
密度の高い空気が漂っている。
僕は自分の身体の感覚を確かめるように拳を握った。
昨日感じた“身体の軽さ”は今も続いており、
脳から指先への伝達速度が、最適化されつつあるのを感じる。
「春斗さん。今日も、昨日の続きば南西の方見てみんね」
美園が日記を大切そうに抱えながら言った。
「はい。水場の周辺の資源をもう少し詳しく把握しておきたいです」
「おにーちゃん……きょうも、いっしょ……?」
しのんが不安そうに僕の服の裾をぎゅっと掴む。
「もちろん。何があっても離れないよ」
小さな手の温もりが、解析に寄りすぎる
僕の意識を温かな人間側へと繋ぎ止めていた。
◇◇◇
昨日と同じ道を進むと、森の空気は穏やかだった。
鳥の声、虫の羽音、風の流れ……
すべてが「正常な仕様」に戻っているように見える。
(……でも、何かが潜んでいる気がする)
胸の奥に消えないざわつきが、
細い棘のように刺さったままだった。
「春斗さん。昨日の水場、もうすぐやね」
「はい。まずはそこを拠点にして──」
言いかけた瞬間、足元の地面が不自然に、
“ぼこっ”と盛り上がった。
土が呼吸するように大きく膨らみ、しぼむ。
昨日の脈動よりもはるかに近く、
明確な意志を持った「生き物の動き」だ。
「春斗さん……これ……!」
美園がしのんを抱き寄せ、一歩後ろへ下がる。
僕は地面に全神経を集中させた。
視界から色彩が抜け落ち、
モノクロの構造世界へと切り替わる。
(……来るッ!)
その瞬間、地面が爆発するように弾け、
まばゆい光の粒子が周囲に飛び散った。
◇◇◇
そこに現れたのは、宝石のような
透明な外殻をまとった上半身と、
複雑に絡み合った蔦の下半身を持つ魔物だった。
「……クリスタル……バイン……?」
解析された特徴に基づき、僕の口から地球的な名前が自然に漏れる。
魔物は七色に輝く外殻を細かく震わせ、金属音のような声を上げた。
その視線が、しのんの胸元──昨日拾った
星型のキーホルダーに固定される。
「キィィィィィ……ッ!!」
興奮した魔物が、地面を抉りながら突進してきた。
「しのんちゃん、下がって!」
僕は二人を後ろへ押しやり、魔物の進路を塞ぐように立った。
魔物が興奮して体を震わせるたびに、その表面から小さな
鉱物片がぽろっ……ぽろっ……と剥がれ落ちていく。
「お、おにーちゃん……こわい……!」
「大丈夫。逃げるよ! こっちだ!」
◇◇◇
僕たちは森の奥へ走った。
魔物は地中へ潜り、地面を波立たせながら執拗に追ってくる。
(速い。……けれど、動きが極めて直線的だ)
曲がり角で魔物が一瞬だけ硬直する。
解析モードのグリッド線が、魔物が方向転換を
苦手としている弱点を暴き出す。
さらに、日差しの強い場所に出た瞬間、
魔物の動きが目に見えて鈍った。
(……光による過熱に弱い。乾燥にも脆弱性がある……!)
風の通る場所では、下半身の蔦が急激にしおれていくのが見えた。
そして、昨日見つけた“安全方向”の境界に差し掛かると、
魔物は急に動きを止めた。
特定の魔素座標への進入を拒絶しているかのような挙動だ。
(……ここを避けている? 弱点が次々と露出していく……誘導できる!)
「春斗さん……どうすればよかと……!」
「分かりました。
……この魔物を閉じ込めそうな場所へ誘導します!」
◇◇◇
僕は魔物の動きを解析し続け、
日差しの強い乾燥した岩場へと誘い込んだ。
魔物はしのんちゃんに惹かれてついてくるが、
弱点ゾーンに入ると蔦が硬直し、動きが止まる。
「……はぁ……はぁ……」
僕は武器を構えたまま、魔物をじっと見つめた。
魔物はしのんを見て「キィィ……!」と切なげな声を上げている。
「……こわいよ……」
しのんが涙ぐんだ、その瞬間だった。
魔物は しゅん…… と蔦をしぼませ、その場にうずくまった。
まるで“大好きな人に怒られた犬”のように、
ひどく落ち込んでいるように見える。
「……え? おにーちゃん……この子……」
「……攻撃じゃない。どうも様子を見る限り、
この魔物は、しのんちゃんに……惹かれていただけみたいだ」
僕は武器を下ろさないまでも、その先端をわずかに地へ向けた。
美園が、信じられないものを見るような目で魔物を凝視する。
「じゃあ……倒さんでもよかと?」
「はい。むしろ……この子は僕たちにとって、
価値のある『資源生成オブジェクト』かもしれません」
僕は魔物の足元に落ちていた、虹色の光を反射する
小さな鉱物片を指先で拾い上げた。
「……晶核片。この子、
歩くたびにこういう『素材』をドロップしていくんです」
「さっきから何度も生成されるのを確認しました。
もし、適度な距離を保ちながら共存できれば……
僕たちの生活を大きく助けてくれるはずです」
魔物はしのんを見つめ、嬉しそうに全身の外殻をふるふると震わせた。
その振動に合わせて、また一つ、晶核片が“ぽろり”と地面に落ちる。
しのんは、光を反射してきらきら輝く魔物をじっと見つめ、
不安を好奇心へと塗り替えるようにそっと口を開いた。
「……この子……きらきらしてるから……
『きらり』ってなまえがいい……」
魔物──きらりは、その言葉に応えるように
身体をふるふる震わせ、満足げに晶核片をもう一つ落とした。
森の静寂は、解析対象としての無機質な音から、
どこか温かな生活の旋律へと変わっていった。




