第4話:夜を越えるために ── 焚き火という名の【初期灯火】
草原を歩き続けていたが、周囲は驚くほど静かだった。
風が草を揺らす音だけが耳に残る。
生き物の気配がないことを、美園も春斗も肌で感じていた。
「……あそこ。少し窪んどる」
美園が指さした先に、草が低くなった場所があった。
風も夜露も、ここなら多少は避けられそうだ。
三人はそこで足を止めた。
春斗は壁のように立つ草を背に、ゆっくりと腰を下ろす。
しのんはすぐ隣に寄り添い、春斗の服を掴んだまま離れない。
美園が周囲を確認し終えると、「……ここなら、
ちょっとは休めるねぇ」と、小さく息を吐いた。
春斗は頷き
「……火をつけたい。夜は冷えるから」と、静かに言った。
美園がカバンを抱え直す。
「火……どうやって? ライターもマッチもなかよ」
春斗は少し考え、「美園さん、カバンの中に……
金属っぽいもの、ありますか?」と尋ねた。
「金属……あ、これ」
美園は、食べ終えたおにぎりを包んでいた
アルミホイルを取り出した。
春斗は受け取り、しのんに向き直る。
「しのんちゃん、前に杖から抜き取った電池は、
まだ持ってるかな?」
しのんは、ポケットから単三電池を取り出し
「……はい」と差し出した。
春斗は優しく微笑む。
「ありがとう。これでね火をつけてみるよ。
ちょっと見ててね」
しのんはこくりと頷き、春斗の隣に座り直した。
春斗はアルミホイルを細く裂き、手の届く範囲に
ある乾いた枯れ草を少しだけ集めた。
指先が震えるが、なんとか形を整える。
「……いくよ」
アルミの細線を電池に触れさせる。
パチッ。
火花が走り、枯れ草の一部が黒く焦げた。
春斗は震える指でそっと風を送る。
焦げた部分が赤く光り、じわりと火種が生まれた。
美園が息を呑む。
「……ほんとに、ついた……」
春斗は枯れ草を少しずつ重ねていく。
炎が小さく立ち上がった。
美園は周囲を見回し、手の届く範囲に
落ちていた細い枯れ枝を拾ってくる。
「これくらいなら……大丈夫やろ?」
春斗は頷き「ありがとう。これで……火が育つ」
と枝を慎重に乗せた。
炎が大きくなり、3人の顔を暖かく照らす。
しのんは、火に向かって小さな手をそっとかざし、
「……あったかい……」と微笑んだ。
美園は焚き火を見つめながら
「助かったよ。ほんとにねぇ」と静かに言った。
その声には、わずかに柔らかさが混じっていた。
春斗は火を見つめていた。
炎の揺らぎが、さっきまでの喧騒とは
別世界のように静かだ。
ふと地面を割るように突っ込んできた雷角サイの姿が蘇る。
既に2度も死にかけた。それでも今ここにいる。
その事実を理解した瞬間、ふっと足の感覚が抜けた。
生き残った実感が、遅れて押し寄せてきた反動だった。
美園が気づき、そっと肩に手を置いた。
「……寒さだけやなかね。さっきから
足が言うこと聞いとらんとやろ?」
春斗は唇を噛む。
「……ごめんなさい。迷惑かけてばっかりで」
美園は首を振る。
「迷惑とか言わんでよか。
生き残るために、みんな必死なんよ」
しのんが春斗の服をそっと掴み直す。
「……はると、おにーちゃん、だいじょうぶ?」
春斗は微笑んだ。
「大丈夫。ありがとう」
焚き火の炎が揺れ、3人の影が草原に伸びる。
春斗は静かに息を吸い、胸の奥に
溜まっていたものを吐き出すように言った。
「……わけもわからず死んでたまるか。
理不尽に殺されてやるもんか。
何があっても、生き残ってやる……!」




