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第20話:森の“異物” ── 爆石・音石の【リソース回収】

 朝の空気は冷たく、湿った土の匂いが鼻を突く。

 しのんが不安そうに、僕の手を強く握りしめた。

「……ほんとに行くの?」


「うん。すぐに戻るから、大丈夫だよ」

 僕は小さく頷き、安心させるように無理に笑ってみせる。


 美園が、しのんの肩を抱き寄せながら、僕たちを見送る。

「無理ばしたらいかんよ。3人とも、ちゃんと帰ってきんね」

 その声には、心配の懸念が籠った博多弁の響きと共に滲んでいた。


 リナは拠点の奥で毛布にくるまって眠っていた。

 夜遅くまで見張りをしていたらしい。静かな寝息が聞こえる。


 サラは治療用の布を腕に巻いたまま、

 浅い呼吸で横になっていた。

 まだ痛みが残っているのだろう。


 ヨハンは丸太を枕にして大の字で寝ていた。

 疲れが限界だったのか、声をかけても起きる気配がない。


 ミリアは少し離れた場所で、何も言わずに僕たちの背中をじっと見つめていた。

 いつもなら真っ先に土の中から顔を出す“きらり”の姿もない。


(……珍しいな。きらりが来ないなんて)


 胸の奥に、言語化できない小さな違和感が棘のように残る。


「行くぞ、春斗。俺たちが襲われた場所だ。

 ……落とし物、取り返してやろうぜ」


 アレックスが豪快に肩を回し、イーサンも静かに頷いた。


◇◇◇


 出発直前、僕はしのんちゃんが

 昨日“たんけんたい”で拾ってきた石を、

 何気なく手に取った。

 指先で石同士が触れ合った瞬間。


 パチッ。


 小さな放電のような音と共に、火花が爆ぜた。

 僕は思わず指を離し、その石を凝視する。


 別の青ずんだ石に触れてみると、今度は

「キィン」という鋭い金属音が森の静寂を切り裂いた。


(……これ、ただの石じゃない)


 『頭の奥で、理解の回路が勝手に加速していく』

 僕はその場で、何度も石の性質を試した。


 “爆石”と名付けた鉱石は、加える衝撃の強さに

 比例して爆ぜるエネルギーが変わる。

 強く叩けば、殺傷能力のある破片が飛ぶだろう。


 “音石”と名付けた鉱石は、当てる素材によって

 共鳴する周波数が変化する。

 金属片に当てれば、特定の魔獣の三半規管を

 狂わせる“音撃”になり得る。


「しのんちゃん、この石……どこで拾ったの?」


「えっとね、あっちのきらきらした葉っぱの下……!」


 しのんが教えてくれた場所で、僕は少量の石を補充し、

 ポーチに詰め込んだ。


(爆石は“衝撃”で。音石は“共鳴”で。

 ……使いどころを間違えなければ、

 これは僕たちの『武器』になる)


 腰のポーチが少しだけ重くなったが、それは確かな

 “生存確率を挙げる予備”としての重みだった。


◇◇◇


 森の深部へ入るほど、空気が変わっていくのを感じた。

 鳥の声は完全に途絶え、風すらも粘り気を持って停滞している。


「……嫌な静けさだな」

 アレックスが低く呟き、イーサンも眉をひそめて周囲を警戒する。


 折れた枝の断面は新しく、そこには

 “焦げたような匂い”がまとわりついていた。


(……つい最近、何かがここを通った)


 危険度が上がったと認識した瞬間、

 僕は心臓の鼓動がドクンと強く波打ったのを感じた。


 木々の隙間から、先日、魔物の大群に襲われた

 大学生グループの元拠点が見えてきた。


 崩れ落ちた壁、焼け焦げた木材。

 地面には、土を深く抉り取った

 “異質な爪痕”が無数に残されていた。


「……ひでぇな、これ」


「Logically……(論理的に言うと)

 野生動物の仕業じゃない。

 略奪以上の『悪意』を感じるよ」


 イーサンが散乱した荷物を見渡す横で、

 僕は金属片を拾い集め、ポーチの重さを再確認した。

(爆石と音石。一緒に使った方が効果は大きそうだ)


 胸の奥で、生存のためのOSが静かに、

 そして鋭く回転を始めた。


◇◇◇


 ふっと、風が止まった。

 世界の“音”が、完全に消去されたような錯覚。


「…何か……来るぞッ!!」

 アレックスの叫びと同時に、黒い影が木々の間から

 弾丸のように次々に飛び出してきた。


 一体が正面から牽制し、一体が死角へ回り込む。

 さらにもう一体が後方から、高速の石を吐き出してきた。


「くそっ、黒石(魔物避け)が効かねぇ……! なんでだ!?」

 アレックスが叫ぶ。


「あいつら……黒石の有効範囲の“外”から

 遠距離攻撃してきてる……!学習してるのか!?」

 イーサンの震える声が響く。


 飛来した石が木を抉り、その破片が僕の頬をかすめた。

 熱い痛み。

 長期入院でなまった身体が、恐怖で小刻みに震え出す。


(……怖い。……けど、思考を止めるな。最適解をハックしろ)


 視界がモノクロの“構造線”へと切り替わる。

 三体の魔物の軌道。

 石が吐き出されるリズム。


 その“間合い”が重なり、物理的なラグが生じる一瞬を待つ。


(……今だッ!!)


 僕は“爆石”を魔物たちの足元の岩盤へ投げつけ、

 続けて、“音石”を拾ったばかりの金属片へ全力で叩きつけた。


 ドォォォンッ!!


 キィィィィィィン──!!


 爆発の衝撃波と、耳を破壊するような高周波が狭い空間で反響した。

 魔物たちがキャインと悲鳴を上げ、統制を乱して後退する。


「今のうちだ! 逃げろ!!」

 僕の声に弾かれ、アレックスとイーサンは森の奥へ走り出した。


◇◇◇


 肺が焼ける。

 まだ完全に回復していないアレックスとイーサン2人の脚は、

 木の根に足を取られ、何度ももつれた。


 魔物たちの混乱は、解析された予測よりも遥かに早く収束した。

 背後から、数匹の影が再び僕たちを追い詰め始める。


 僕は必死に木の上へと登り、眼下の2人を見守った。

(まずい……。この速度差じゃ、2人は追いつかれる……!)


「春斗はそのままだ!

 俺たちのことは大丈夫だ!

 お前だけでも生き残れ!!」

 アレックスが喉を枯らして叫ぶ。


「バカ言うな!3人で無事に帰るんだ……ッ!」

 イーサンの必死の形相が、僕の視界に焼き付く。


 胸が締め付けられ、調整核としての冷徹な計算が、

 情動的な“痛み”によってかき乱された。


(2人を死なせるわけにはいかない。

 ……せっかく出来た仲間を、絶対に欠けさせない)


 僕はポーチから、以前の女王アリ戦で手に入れた

 先程発見した“フェロモンが染みついた素材”を、

 瓶の中に保管していたもの取り出した。


(これを投げれば、敵の信号を上書きして一瞬は止まる。

 ……でも、強い個体は逆に興奮して暴走する可能性がある)


 あまりにリスクが高い『禁じバグ』。

 けれど、もう迷っている時間はなかった。


 僕がその“毒薬”を投げようとした、その瞬間だった。


◇◇◇


 風が、ひとつ吹いた。

 執拗に追いかけていた魔物の影が、

 縦に一閃、鮮やかに裂けた。


 遅れて、ごとりと首が落ちる。

 さらにもう一体。そして、もう一体。


 そこには、白い衣をまとった黒髪の長い女性が、

 ただ静かに立っていた。


 凄まじい斬撃の軌跡は見えず、

 その衣には返り血一滴すらついていない。

 息ひとつ乱しておらず、足音も、着地の音さえもなかった。

 

 空気の密度が、彼女の周囲だけわずかに違っていた。


 アレックスとイーサンは、恐怖さえ忘れたように、

 その圧倒的な光景に見入っていた。


 僕は木から飛び降りると、不測の事態に

 混乱している残りの魔物たちを凝視した。


(……まだ数体いる。ここで終わらせる)


 解析モードの視界が、周囲の地形を瞬時にハックする。

 崩れかけた土砂に走る、細い“ひび”に目が留まった。


 ポロッと、不安定な小石が音を立てて落ちる。


(……あそこだ。構造的に、あそこが一番脆い)


 僕は迷わず、ポーチに残っていた“爆石”をそこへ投げつけた。


 ドォォォォンッ!!


 地響きと共に土砂が崩れ、魔物たちを濁流のように巻き込んで、

 崖下へと消えていく。


 白い衣の女性は、その様子を冷徹な横目で見やり、淡々と呟いた。

「……判断が的確で異常に早いわね。

 高速思考で物事を捉えているのかしら」


 女性は、誰もいない方向を一瞬だけ見つめた。

 その横顔には、他者を拒絶するような冷たい静寂があり、

 温度が全く感じられない。


 風の中で凛と立つその姿は、ひどく“ひとり”で、

 完成された孤独を感じさせた。


 僕は荒い息を整えながら、正体不明の彼女を見つめ返す。

(……なんだろう、この感じ。

 初めて会うはずなのに、

 何かが激しくざわつく……)


「お、お前……一体、誰なんだ……?」

 アレックスが、震える声を絞り出した。


 女性は、僕たちに興味を失ったかのように、短く答えた。


「……静雫しずく……、…ただの魔素を研究している者よ」


 僕の胸の奥で、確信に近い警報が鳴り止まない。


(……ただの研究者が、あんな動きをできるはずがない。

 それに"まそ"とは?)

【OS雑学:異物システムは“音”と“衝撃”をどう扱う?】

 ・OSは、自然界に存在しない反応(放電・共鳴・焦げ跡など)を

  “異物プロトコル”として別枠に保存する。

  これは危険判定とは別の“分類処理”で、

  まずは「通常の物理法則から外れているか」を見る。


 ・“衝撃で反応する物質”と“音で反応する物質”は、

  OS上では入力系統が異なる。

  衝撃は“力学系”、音は“周波数系”として扱われ、

  同じ石でもOS内部では全く別のフォルダに分類される。


 ・周波数に反応する物質は、OSの中で“環境撹乱系”として扱われる。

  これは敵味方の判定とは無関係で、

  単に「環境に影響を与える信号源」として登録されるだけ。


 ・森の静寂や風の停止のような“環境の揺らぎ”は、

  OSでは“背景ノイズの欠落”として検知される。

  これは危険の予兆として扱われやすいが、

  あくまで“異常値”の一つに過ぎない。


 ──OSは、異物の正体が何であれ、まず

   “入力の違い”から世界を分解しようとするが、

   あなたなら、この森の異物をどの入力系統に分類する?

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