第14話:救出の余韻 ── 春斗の【OS診断(スキャン)】
森の奥に響いていた咆哮が、
ようやく遠ざかっていった。
湿った土の匂いと、焦げた草の残り香が、
まだ空気の底に沈んでいる。
6人は倒れ込むように座り込み、
肩を上下させながら荒い息を吐いていた。
誰もが震えている。
けれど、その震えは“恐怖”だけではなく、
半年ぶりに訪れた“救い”の余韻でもあった。
僕は一歩近づき、アレックスの腕にそっと触れた。
彼は反射的に肩を跳ねさせたが、
僕の顔を見ると、かすかに息を吐いた。
「……骨は折れてません。
裂傷だけです。動かさないでください」
アレックスは眉を寄せ、震える声で返す。
「お、おう……助かる……」
その声は強がりと安堵が混ざっていた。
次にリナの膝へ視線を落とす。
彼女はミリアの袖をぎゅっと握りしめ、
涙をこらえるように唇を噛んでいた。
「Ay……(やだ……)いたい……」
「大丈夫。すぐ終わります」
湧水で濡らした布を当てると、リナはびくりと肩を震わせた。
その小さな反応に、半年間の恐怖が滲んでいた。
ミリアが僕の手元を見つめ、震える声で呟く。
「……あなた、本当に……何者なの……?」
僕は手を止めずに答えた。
「ただの人間ですよ」
ミリアは息を呑み、胸に手を当てた。
その瞳には、恐怖と安心が複雑に揺れている。
6人は互いに寄り添いながら、“助けられた”という現実を、
まだ信じきれずにいた。
◇◇◇
応急処置を終え、僕たちは森の奥へ歩き出した。
湿った落ち葉が足の裏で柔らかく沈み、
風が枝葉を揺らすたび、影が細かく揺れた。
6人は僕の後ろを歩く。
ただし、ただ“ついてくる”だけではない。
サラは顎に手を当て、僕の歩幅や視線の動きを分析している。
イーサンは眉間を押さえ、まだ残る頭痛をこらえながらも、
僕の行動を論理的に追おうとしていた。
ヨハンは地面の足跡や影の揺れを静かに観察している。
そんな中、僕の口から自然と独り言が漏れた。
「……風の流れが右寄り……地形の窪みの影響か」
ミリアが足を止め、僕の背中を見つめる。
「……え……?」
「足跡の深さが不規則……重量の違う個体が混ざってる」
イーサンが目を細める。
「君……それ、計算してるのか……?」
「樹皮の裂け方が逆……通ったのは昨日じゃない」
サラが息を呑む。
「戦闘直後とは思えない冷静さね……
Logically(論理的に言うと)異常よ」
「……音の反射が変わった。前方に空洞がある」
ヨハンが小さく頷く。
「……視点……違う。僕らと……全然」
アレックスは額の汗を拭いながら、苦笑いを漏らした。
「……お前、さっきまであんな化け物と戦ってたのに
……息、乱れてねぇのかよ。
……普通なら足すくむだろ。
……なんなんだよ、その落ち着き……」
リナはミリアの背中に隠れながら、震える声で言った。
「Ay……(こわい……)でも……あなた、やさしいね……」
ミリアは僕の横顔を見つめ、かすかに震える声で呟いた。
「……あなた、見てるんじゃなくて……“読んでる”のね、この森を……」
6人の視線が、背中に刺さる。
恐怖ではなく、驚愕と――わずかな安心。
僕は歩みを止めず、森の奥へと進んだ。
◇◇◇
しばらく歩くと、空気の密度が変わった。
湿り気が薄れ、風の流れが穏やかになる。
僕が以前、一時的に隠れていた洞窟が見えてきた。
「ここです。以前、僕が一時的に使っていた場所です。
魔物の通り道から外れていて音も反響しにくい。
湧水もありますし、飲めますよ」
6人の表情が、一気に緩んだ。
ミリアは胸に手を当て、震える声で呟く。
「……安全……? 本当に……?」
リナは涙をこぼしそうになりながら、洞窟の奥を覗き込む。
「Ay……ほんとに……?」
サラは壁に手を当て、反響を確かめる。
「……確かに。これは……安全性が高いわ」
イーサンは湧水を見て、目を丸くした。
「Logically……ここは最適だね」
アレックスはその場に座り込み、深く息を吐いた。
「……マジかよ……こんな場所、久しぶりだ……」
ヨハンは洞窟の奥を見て、小さく頷く。
「……静か……安心……」
僕は洞窟に残していた布や道具を取り出し、
6人の傷口を湧水で洗い、包帯モドキを巻き直した。
ようやく“生きている実感”を取り戻したようだった。
◇◇◇
6人が落ち着いたのを確認し、僕は洞窟の入口に腰を下ろした。
移動中に交わした会話。質問への反応。緊張時の癖。
言語の混ざり方。判断の優先順位。
それらをすべて、日記に書き出していく。
(……本能OS、行動OS、思考OS……OS差……裏切り度……)
計算はすぐに終わった。
(うん……この6人なら、迎え入れても大丈夫だ)
僕は深く息を吐いた。
◇◇◇
「僕が過ごしている拠点があり、
そこには僕の仲間がいます。安全な場所です」
僕の言葉に、6人は一斉に顔を上げた。
ミリアは胸元を押さえ、震える声で言う。
「……仲間……?」
サラは眉を寄せ、慎重に問い返す。
「安全地帯……?」
イーサンは顎に手を当て、静かに頷いた。
「Logically……それは魅力的だね」
リナは不安げに指先を絡めながら呟く。
「Ay……でも……こわい……」
アレックスは拳を握り、洞窟の外を見つめた。
「……でも、ここにいても死ぬだけだ」
ヨハンは影を見て、小さく言った。
「……vän……(味方……)だと思う」
半年間、誰にも助けられなかった彼らは、
“信じたい気持ち”と“怖い気持ち”の狭間で揺れていた。
ミリアが、震える声で言った。
「……行かせて。あなたを信じたい」
その言葉に、6人は静かに頷いた。
◇◇◇
「僕が先に戻って、仲間に説明してきます」
僕が立ち上がると、リナが袖を掴んだ。
その手は小刻みに震えていた。
「Ay……ひとりで……?」
「大丈夫です。すぐ戻ります」
サラは腕を組み、冷静に言う。
「……合理的ね。あなたが先に説明した方が混乱が少ない」
アレックスは拳を握りしめ、僕を真っ直ぐ見た。
「気をつけろよ」
ヨハンは短く呟く。
「……戻る……待つ……」
ミリアは祈るように手を胸に当て、言った。
「……必ず戻ってきて」
僕は深呼吸し、森の奥を見つめた。
(……美園さん、しのんちゃん。無事でいてください)
6人が洞窟の入口から見送る中、僕は静かに走り出した。
森の影が揺れ、風が道を開く。
――信頼の始まりは、いつも静かだ。




