表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第八話 総合力


合同演習の数日前。

王立士官学校は、前代未聞のスキャンダルに揺れていた。


『次期王妃候補、セラフィーナ様の「下着」盗難事件』であった。


犯人は、驚くほどあっさりと捕まった。

歩兵科に所属する、気弱そうな男子生徒。先日、上級生たちにいじめられていた、モブ新入生の一人、モビオ・ムッツォリーニオだった。



モビオは、教官たちの厳しい詰問に対し、涙ながらに


「出来心でした… セラフィーナ様のあまりの美しさに、つい…」


と、意味不明な供述を繰り返すばかり…


もちろん、真相は違っていた。


そもそもモビオには盗んだ記憶すらなかったのだった…



ー少し時間をさかのぼった男子寮の一室ー


「ひっ…! な、なんで…なんで、僕のところに、こんなものが…!」


モビオは、机の上に置いてあるレースのついた高級そうな布切れを見て、喜びながらも腰を抜かさんばかりに震えていた。


というのも、私、ルーナが、モビオがそれを自室の机の上に発見したと同時に、彼の自室に踏み込んだからだ。


「さあ? わたしにも、わからないわ…」


ルーナは、心底不思議そうな顔で首を傾げてみせる。


「ただ事実として、今、あなたの手元に『それ』がある… そして、まもなく寮監が見回りに来る時間… あらあら、大変ね?」


「ち、違う! 僕じゃない! 僕は何もしていない!」


「そう… あなたは何もしていないかもしれないわ… でも、誰がそれを信じるのかしら…」


ルーナはしゃがみ込むと、恐怖に震えるモビオの瞳をまっすぐに見つめた。


「いいこと? これから、あなたは、罪を認めるの。あなたが『犯人』になるのよ…」


「『出来心でした』。そう言えばいいわ。おそらく男子寮では、ちょっとした英雄になるでしょうね… なぜならこれは、あのセラフィーナ様のモノだから…」



「!!!!!!」


モビオの顔は驚愕(きょうがく)に歪んだ…


「近日中に、どういうわけか、魔法科との魔法戦闘実習が組まれたことは、よく知っているわね?」


「そして、あなたは今、こう考えているかもしれない。『本当のことを告白すれば、もしかしたら許してもらえるかも』…と」


「ひっ…!」


図星を突かれ、モビオの肩が大きく跳ねる。


ルーナは心底可笑しそうに、くすくすと笑った。


「甘いわね… 本当に、甘くて、愚かだわ」


「いいこと? あのセラフィーナという女は、『女王様』なのよ。彼女にとって最も重要なのは、真実がどうか、ではないわ。彼女の『プライド』が、保たれるかどうか、ただそれだけ…」


「たとえ、あなたが無実だと分かったとしても、セラフィーナはあなたを許さない。なぜなら、あなたはどう足掻いても、『次期王妃になる、セラフィーナに、泥を塗った、万死に値する大罪人』になるだけだから…」


「ああ、もちろん、この私が裏で糸を引いていた、なんて、ありえない妄想を口走った場合は… どうなるかしらね? ふふっ、あなたのご家族が、どうなっても、わたくしは知らないわ… 消し炭になるか、石像となるか、どちらが幸せでしょうね…」



モビオの瞳から希望の光が消えた。


完全な絶望がその顔を覆う。


「わかったかしら? あなたに残された道は、ただ一つ…」


ルーナはモビオの耳元で、最後の宣告を(ささや)いた。


「『哀れなパンツ泥棒』を演じきり、私の『駒』として、生き延びなさい。 間違っても、あの女に、許しを請うなどという、愚かな真似はしないことね♪」


「『女王様』はプライドを傷つけられら、どれほど無慈悲で残酷になれるか…」


「その目で、よぉく見届けるといいわ♪」


これは、決して脅迫などではない… 

既に決定された「未来」の宣告なのだと。


「わかり… ました…」


モビオは涙を流しながら、震える声でそう答えるしかなかった。



この事件の報は、瞬く間に学園を駆け巡った。


そして、セラフィーナ・フォン・ローゼンベルクが、完全にブチ切れているという噂も…


セラフィーナにとって、これは単なる盗難事件ではなかった。


自らの神聖な領域を、最も卑しい形で泥まみれの平民に汚されたこと。


そして、その事実が学園中の笑いものになっていること。


その全てが、彼女のプライドをズタズタに引き裂いていた。



「私に…このわたくしに、恥をかかせた平民ども!!!!」


「許さない…! 明日の演習で歩兵科のクズどもを、一人残らず消し炭にしてやる…!!」


セラフィーナはもはや冷静さを失っており、歯止めが効きそうになかった。



そして、運命の演習当日。戦場に現れたセラフィーナの瞳は、当然のように憎悪と屈辱で充血しきっていた。


演習開始の甲高い笛の音が響き渡る。

それは、地獄の釜の蓋が開く合図だった…


「はじめなさい!!」


セラフィーナの、冷静さを装った震える声が飛んだ。

もはや、美学も戦術もそこにはなかった。

彼女の取り巻きである9人の魔法使いたちが、必死に一斉に魔法を詠唱する。


「死になさい! 汚らわしい泥棒ども!」


「身の程を知れ、下民が!」


数十、数百というファイヤーボールが雨あられとなって、歩兵科学生の陣地へと降り注いだ。


それは、演習などという生易しいものではない。

ただの一方的な八つ当たりの、暴力だった。


「うわああああ!」


「助けてくれ!」


モブ学生たち、パニックに陥り逃げ惑う…

その光景を見て、セラフィーナは、恍惚とした笑みを浮かべた。


「ハ、ハハハ! そうよ、燃えなさい! 全て、灰になればいいのよ!」



だが、その狂乱の中で彼女たちは気づかなかった。

ルーナ・ノーヴァが、その地獄絵図を楽しそう顔で見つめていることに…



敵本陣に煙が漂う中、セラフィーナ達がその安否を確認しようとしたところだった。


ブゥゥゥゥゥンンンンン…………


そんなセラフィーナたちの元に、突如不気味な音が唸った…


その不快な羽音と共に、彼女たちの背後から突然姿を現したのは、ヒトサイズはあろうかという黒い巨大精霊(巨大G)たちの姿だった…



思わぬ奇襲… 魔力を消耗し、警戒が薄れてしまったのだろうか…


魔法科の生徒たちが、その生理的嫌悪感を催させる光景に顔を引きつらせる中、セラフィーナだけは、それを見て確信に満ちた笑みを浮かべた。


「怯えることはありませんわ! あの虫どもは「油」まみれですわ!」


そう… 巨大だからと言って、あの巨大Gは結局は黒光りする



なのである…


彼らの最大の、そして致命的な弱点であるはずの「炎」。

それを操ることにおいて、この学園で、いや、この国でセラフィーナの右に出る者はいない…


「あらあら、下品なこと。自ら弱点を晒して、ただ数を揃えるだけですの?」


セラフィーナの瞳が、残忍に輝く。

セラフィーナにとって、この光景はもはや勝利宣言と同じだった。



「さあ、お掃除の時間ですわ!  喰らいなさい!


こ れ が 


|極 大 火 焔 魔 プロミネンス・ノヴァ!!」


セラフィーナの極大魔法が、10の火球となって、巨大Gへと正確に降り注ぐ…


凄まじい爆炎が、戦場を飲み込んだ。


これが鋼鉄をも溶かすという、セラフィーナの十八番であった…



あの場にいる誰もが、あの黒い巨体Gが、一瞬で消し炭になったと信じて疑わなかったでしょう…


そう、通常であれば、巨大Gは、あの強力なファイヤーボール一発で消し炭になったことでしょう…


でも、ザンネーン! 私、ルーナは先回りして、巨大Gには、耐火魔法(ファイヤレジスト)を、十分にかけておきました♪ 


煙が晴れた時、現れたのは、変わらず悠然と炎を纏いながら蠢く10匹の巨大Gでした!


「え…?」


セラフィーナの、凍りついたような声が、静まり返った戦場に響いた。


王国一の極大の魔法は


「効果を為さなかった」


その理解不能な現実が、セラフィーナの精神を根元からへし折った。



「「「「「バサバサバサバサァァァァァl!!!!!」」」」」


次の瞬間、焔を身に纏った巨大Gが一斉に、セラフィーナたち10人の女性魔術師へと襲いかかった。


「い、いやああああああああああっ!!」


「こ、来ないでええぇぇぇ!!」


そこから先は、戦いですらなかった。

ただの一方的な、絶望的な鬼ごっこだった。


極度の恐怖が、彼女たちの身体の最後のたがを、無慈悲に外した。


太ももを伝う温かい液体…


その屈辱の匂いを嗅ぎつけた巨大Gは、明らかに、その追跡の執拗さを増している…


「あ… ああ… いや… いやあああ…!」


自分が失禁してしまったという事実と、その屈辱の匂いに巨大Gが引き寄せられているという二重の絶望…


セラフィーナの心は完全に、修復不可能なほど粉々に砕け散った。


しかし身体だけは、本能的な恐怖に突き動かされ、意味をなさない絶叫を上げ、ただひたすらに走り続ける…


それはもはや、次期王妃候補の姿ではなかった。


ルーナは、その地獄絵図を高台から見下ろしていた。

小さな笑い声で、自然と呟いてしまう…



私だって、魔法科上級生の集団に真っ向勝負を挑むほど愚かではない。


魔術の組み合わせ…


例えば土魔法などの精霊魔法も正しく使われれば、虫など対処はむしろ容易い… というか、彼女らは相手も魔法使いであることを忘れてしまったのだろうか…


自分の才に溺れる者…

他の選択肢を封じられ、

考えることすら放棄するよう仕向けられた者…

突然の事態に他の選択肢が思いつかなかったもの、

そして恐怖に呑まれ、思考を失った者には…


その「容易さ」は存在しない…


私は、卑怯と言われても構わない。


勝つこと…


それが、私に課された使命…


私が合図すると、学長やセラフィーナのところに放っていた蟲たちも帰ってくる… 彼らが、今回の作戦の立役者です♪


「あなた方ももう少し魔法や諜報に対する知識や対処法が増えれば、もう少しは良い勝負になるでしょうね…」


この声は、逃げるように走り続ける哀れな女王の耳には、届かなかった…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ