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第六話 ゴミ蟲たちとの会合


ブツブツ、ブツブツ、ブツブツ……。


薄暗い医務室のベッドの上で、弟のダミアンは虚空を見つめながら何かを呟き続けていた。


その目は焦点が合っておらず、ずっときょろきょろ「何か」を見ているかのようだ…


「いっぱいいる… まだ、いるんだ… 耳の中に… 腕にも、足にも、びっしりと… ああ、かゆい、かゆい、かゆい…!」


ダミアンはガリガリと、自分の耳の穴や頭を血が滲むほど、掻きむしる…


治癒師が言うには、


「極度の精神的ショックによる、幻覚症状」…


(腑抜けが…)


歩兵科の3年生、バクスター・アーモンドは、心の内で実の弟を罵倒していた。しかしそれと同時に、「怒り」が込み上げてくる。


話を聞く限り、これは、あの『シュタインフェルト』の、悪辣な『魔法』が原因…


「ならば、その『魔法』を、使えなくしてしまえばいい…」


兄のバクスターは、弟に背を向けた。


「ダミアン… 我が家の屈辱は、私が晴らす…」


その後バクスターは、教官室の扉を叩いた。



教官室から出てきたバクスターは、ほくそ笑んだ。

教官たちは、この企みに、乗ってくれた…


あの女の武器は、気味の悪い『蟲』を呼び出す、精霊魔法…

それを封じられた彼女は、ただの非力な小娘に過ぎない…


そして、次の野外演習は…

俺たち、歩兵科の上級生と、あの女率いる新入生のクズどもとの模擬戦…

舞台は身を隠す場所の一切ない、だだっ広い「平原」を選んだ。


これで、終わりだ。


次の演習で弟の屈辱を晴らし、そしてあの女と新入生たちを、物理的にも精神的にも叩きなおしてやる…



翌日、学長から学生たち通達されたのは…


歩兵科での許可なき魔法・精霊術の禁止


であった。

ふむふむ、なるほど。

私、ルーナはこうして学んだのであった。


しかたなく、表面上は、精霊術や魔法を封印するしか方法はないのだろう…


めんどくさい輩は、本当に無視するに限る…


彼らの相手をしていたら、

こちらが持たない…


私だけに直接いうと学校としても敗北を認めることになる…

こうして弱きものは自分たちのルールに塗り替えていくのだろう…

戦場ではこんなルールなどなんの意味もないのに…



この精霊魔法なしという条件が試される機会がやってきたのは、数日後のことだった。


新入生の初の野外演習… 


私を目の敵にしているのは、先日懲らしめたあのゴミ屑たちだけではなかったらしい。


「おい、お前ルーナ・シュタインフェルトか…」


演習のチーム分けの最中私に声をかけてきたのは、体格の良い上級生だった。


彼の後ろには、先日泣いて逃げていったあの男子生徒の姿が見える。なるほど、知り合いに泣きついたというわけね。くだらない…


「俺は歩兵科3年のバクスター・アーモンドだ。 弟が随分と世話になったそうじゃないか…」


「ええ、少しだけ、弟君には礼節とは何たるかを、少し教えてさしあげましたわ♪ 日頃の教育が足りてないのではないかしら…」


と、私は笑顔で答えて差し上げた… あのゴミ蟲どもの家族であれば、それ相応の相手をつとめて頂かないと…



「口の減らない女め…!」


バクスターは、教官と幾何か話すと、ニヤニヤしながらこちらに戻ってきた。


「運がいいな、お前! 俺の対戦相手だそうだ。それから、お前らもだ!」


彼が指さしたのは、先日あのクズ達に虐められていた、気弱そうなモブ学生たちのグループだった。


私達は揃ってチーム編成をさせられた。


つまり、私たちは、下級生の最弱チームというわけであった。


これは演習にかこつけた、右も左もわからない新入生に対しての、上級生によるあからさまな嫌がらせだった。


なにせ、何も訓練していないもの達が、演習なんてできるわけがないと…

そんなふうにでも思っているのだろうか…


こんな馬鹿げたことは、私、ルーナ・ノーヴァには一切通じないことを、この際はっきりさせておかなければならない…



演習内容は、平原での「拠点防衛」。


私たちのFチームが守る拠点は、どういうわけか、平原のど真ん中にぽつんと存在する、開けた平地にあった。


守るには最悪の地形。特に、上級生の歩兵突撃に対しては、ただの的でしかない。そして、最初の模擬攻撃を仕掛けてくるのは、バクスター率いる上級生精鋭のAチーム。これに新入生だけで対応すると。これ下手すれば死者が出ますよ…


八百長も、ここまで来ると清々しい…


「ど、どうしよう…」

「先輩たちに狙われたら、僕たち…」


昨日までいじめられていた新入生のモブ学生たちは、完全に怯え切っていた。

私はそんな彼らを一瞥し、心底うんざりしたように言い放った。



「うるさいわね。あなたたちのような役立たずのクズは、私の後ろでプルプル震えていればいいわ… そして、絶対にそこから一歩も動かないで!もし私の言うことを聞かずに、勝手な行動を取ったらどうなるか、わかっているわね?」


私はそう言い終えると、彼らの目の前を横切った野鳥をちょっと


石化


させておいた。


「ひっ…!」


彼らの短い悲鳴。

石化した状態でどさっと落ちる音にすらおびえている‥


「わかったの?わかったら返事をなさい!」。


「は、ははっは、はい…!」


そう。思う通りに動かない兵など、いるだけ邪魔なのだ。

彼らは、私の有無を言わせぬ態度に、恐怖で頷くことしかできない。


畏怖しなさい!この私、ルーナ・ノーヴァを…



やがて、演習開始の合図が響き渡った。

森の向こうから、Aチームのときの声と、地響きが近づいてくる。


「さーて、始めますか♪」


私は、誰にも聞こえない声で呟くと、そっと地面に手を触れた。



「ハハハ! 忌み子め! 出てこい!」


バクスター率いるAチームは、何の警戒もなく、平地帯へと突入してきた。


(やはり、脳まで筋肉でできているようね…)


十分に彼らを引き寄せたのを見計らって、私は戦争を開始した。



彼らの足元を、ほんの少し、ぐにゃりと沈み込みこませる。


「ん? なんだ、この地面…ぬかるんで…」


その直後に、私は彼らが走っていた地面を、湿地帯へと変えた。


地精霊術:泥沼化である。


土精霊術の最も基礎となる術ではあるが、

今回は、術であることを悟らせないように落とし穴風を装ったのだった。

いきなり発動しないようにコントロールするのは、逆にムツカシイ…


地精霊術師の前には、対抗策のない陸兵は等しく無力化される…



悲鳴を上げる間もなく、屈強な上級生たちが、深い泥沼の中へと引きずり込まれていく。


「な、なんだこれは!? 罠か!?」


「助けてくれ! 体が沈む!」


あっという間に、Aチームは泥の中で身動きが取れなくなり、戦意を喪失した。教官が、慌てて演習中止の笛を吹く。



演習後、私は教官とバクスターから厳しい詰問を受けた。


「シュタインフェルト! 貴様、精霊術を使ったな!?」


「え? 何のことですの?」


「とぼけるな! あの大規模なぬかるみが、ただの自然現象であるものか!」


私は心底不思議そうな顔で、首を傾げてみせた。


「あら、私は事前にあそこに落とし穴をいくつか事前に作っておりました。ねぇ、皆さん?」


私がそう言うと、後ろにいた元いじめられっ子たちが、顔を青くしながら、必死に頷いた。


「は、はい!」「シュタインフェルトさんが、事前に…」「僕たち、見ました!」


彼らには、私に逆らうという選択肢は、もうないのだ…

私は、勝ち誇ったように教官に向き直る。


「とのことですわ。おそらくは、昨晩の雨で地盤が緩み、私の掘った小さな穴から水が大量に染み込んだのでしょう。完全に不可抗力な『自然現象』ですわね!」


そして満面の笑みでこう言ってやった!


「とっても!アンラッキー♪でしたわね♪」



私の完璧な言い分に、教官もバクスターも、ぐうの音も出ないようだった。


証拠は? 何もない。 魔力反応はあるはずもない…


当たり前でしょう? 私の隠匿魔法のレベル、ご存じないのかしら… 圧倒的な魔法レベルの差がある状態で、そして大地と話すだけで精霊術を行使できるこの私の術を、この学校の誰が補足できるのかしら…



その日の午後。私が助けたはずの、あの元いじめられっ子たちが、青い顔で私の元へやってきた。


「あ、あのさ…シュタインフェルトさん…」


「なぁに?」


「僕たち、もう君とは…その、チームを組むのは、無理っていうか…」


その瞳に宿っているのは、感謝や尊敬ではない。

得体の知れないものへの、純粋な「恐怖」だった。


彼らは、上級生からの報復も、そして平然と味方を脅し、敵を陥れる私のやり方も、その両方が怖かったのだ。


「そう。わかったわ」


私は何も言わずに、彼らに背を向けた。

やっぱり、人間はわからない。



私はこうして、この学校で、また一人になった。


でも、まあ、いいわ…

彼らも、じきに思い知ることになるでしょう。


この兵学校で、あの無力な上級生たちと、この私…


どちらが本当に畏怖すべき存在なのかを…



その夜の女子寮の裏口…


ルーナが、帰宅すると、突然後ろから声を掛けられる。


「よう、魔女…」


バクスター達上級生が、下卑た笑みを浮かべている。


「演習の時とは違うぜ。ここには、教官も、ルールも、ねえ…」


「お前が俺の弟にしたこと… その『体』できっちり、払ってもらうからな!」


彼らがじりじりと、間合いを詰めてくる。



獣のような目… 

ルーナは心底、うんざりしたようにため息をついた。


「ルールのない状況で、あなた方大丈夫ですの? 『大事なもの』が、もう二度と元に戻らなくても、後悔なさいませんこと?」


「あ? 何を言って…」


バクスターの言葉は途中で、奇妙な悲鳴に変わった。


「あぁぁぁ…あぁぁぁ?」


バクスター達は、ぼとっという音とともに、

ズボンの裾からなにか重いものが落ちたことを感じた。


彼らはいっせいに、恐る恐る自分の股間へと視線を落とす。


足元にはズボンの裾から、


灰色の「石」と化した、


「何か」


がすべり落ちていた…


「あ…ああ…あああああああああああああああ!!!!!!」


夜の静寂を、切り裂く絶望の叫び…


それは、男でも女でもなくなった「生き物」達の慟哭(どうこく)だった。


ルーナは、その芸術品について満足げに頷くと、

哀れな「生き物たち」に背を向け、

小さな声で呟いた。


「お か わ い そ う に ♪」

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