第十五話 クーデター
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アーモンド将軍が王都の主力を引き連れて出陣してから2日後。「悪い知らせ」が、王都を駆け巡った。
「夜盗が王都南東に出現!その数1千!」
王都はパニックに陥った。
王都を守る主力はいない…
その国家存亡の危機に遠方のアーモンド将軍から下された命令は、何かを象徴するものであった。
「夜盗の数およそ千。脅威にはあたらず。士官学校の学生で十分であろう。元は将軍であった学長が指揮を執れ! これも訓練の一環である!」
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そのあまりにも楽観的で、現実を無視した命令…
学長はそれでも安堵した。
(夜盗も千程度か… それならまあ訓練した学生であれば何とかなるだろう)
彼は兵学校の全生徒をグラウンドに召集した。
「諸君! 聞いての通りである!」
学長が壇上から叫んだ。
「敵は夜盗およそ千! 恐れることはない! 地道に訓練の成果を出すだけだ! これより私が直々に指揮を執り、夜盗を殲滅する! これも演習の一環と心せよ!」
その「演説」に、学生たちの中では「安堵」の空気が流れた。
相手は千。こちらと同数。しかも夜盗崩れ…
それなら訓練している分、楽勝であると…
ただ一人を除いて…
◇
(千…?)
ルーナは、そのあまりにも愚かな「観測」に心の中でため息をついた。
ルーナの小さな「斥候蟲」たちが随分前から脳内に送り込み続けている「情報」は全く違った。
(総員約六千… 多くが騎兵… 統率、練度、正規軍に寸分違わず…)
ルーナ・ノーヴァは動いた。
ルーナはゆっくりと、壇上へと歩み寄ると、
学長の集音機を取り上げて言った。
「一つ訂正させていただけますこと?」
「なっ…! なんだと、小娘が…!」
学長が怒りに顔を歪ませ何かを言いかけたその瞬間、
その表情のまま「石」と化した。
◇
「「「「「…………え?」」」」」
学生たちが、息を呑む。
ルーナはその「石像」を一瞥すると、壇上中央へと進み出た。
そして呆然としている学生たちに向かって、高らかに宣言した。
「訂正しますが、敵は六千… このままでは王都防衛が絶望的状態です!」
「あなた方は『石』になるか、それともわたくしに従い王都を防衛するかを選びなさい!」
これは「提案」ではなく「脅迫」であり、そして「独裁宣言」だった。
◇
静寂…
死んだような静寂が、グラウンドを支配していた。
学生たちの視線は、二つのものに注がれている。
一つは壇上で「石」と化した哀れな学園長。
そしてもう一つは傲然と佇む、緑の髪のルーナ・ノーヴァ…
その静寂を破ったのは、歩兵科の教官だった。
「反逆罪だ! 全員あの女を取り押さえろ!」
その号令に他の教官と一部の上級生たちが呼応する。
◇
彼らはルーナの「六千」という荒唐無稽な言葉よりも、目の前の学長が石にされたという分かりやすい「反逆」を断罪することを選んだ。
彼ら「学長派」が、武器を構える。
だが、その直後には教官達は全員石化されていた…
ルーナは残った学生にこう続けた。
「あなた方も、よく考えることね、この王都を守るために何が重要なのかを…」
◇
反抗する学生の数も少なかった。
なぜなら、この場にもはや「アルブレヒト」率いる「騎兵科の精鋭」も、いない… 彼らは数日前にアーモンド将軍の「遠征」に引き連れられて行ってしまった。
今この王都に残されているのは、魔法科などの後方部隊、「出来損ない」の烙印を押された「お留守番」、そして、ルーナ率いる、歩兵科の新入生たち…
残りの学生たちは、ルーナに屈したのだった。
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教官側につこうとしていたアーモンドは、少し戸惑いながらも、再び石化されるのも得策ではないと判断した。
(夜盗なんだから、手柄さえたてちまえばこっちのもんだ…)
彼は取り巻きの手下とともに、ルーナに異を唱える者たちを取りまとめ、独自に行動をとることに決めた。
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(…フン。茶番ですわね)
その光景を冷めた目で、見つめていたのは、
魔法科のセラフィーナ・フォン・ローゼンベルク。
セラフィーナもまた「お留守番」組だった。
先日の敗北が尾を引いていたのだ。
「女、子供は後方で、祈りでも捧げておれ」
という、アーモンド将軍の前時代的な一言…
この屈辱的な言葉は彼女のプライドを再び傷つけていた。
(ですが、好都合…)
セラフィーナはくすりと笑う。
あの忌々しいルーナの指揮下に入るなど論外!
かといって学園長派という負け犬に与するのも御免!
そして、何よりも…
目の前にいるのは、「本物の敵」だ…
自分の魔法を思いっきり試す良いチャンスなのである。
(ここでわたくしが、あの「夜盗」の首領の首を取れば…)
(サルや泥ネズミなんかよりも、わたくしこそが、真の「英雄」であると、証明できる!)
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「聞きましたこと、皆さん?」
セラフィーナは魔法科の女子生徒たちに囁いた。
「わたくしは、あの『秩序』を乱す反逆者にも、『無能』な学長にも従いません!」
「わたくしたちは、わたくしたちの華麗なやり方で敵を討ち、この国に勝利をもたらすのです!」
セラフィーナ達もルーナとは全く別の勢力として、独自の行動を取ることを決めた。セラフィーナもまた、バクスターやアーモンド将軍と同様に、自分の名声の復古の為に、戦を選んだのであった。
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こうして夜盗という名の巨大な「軍隊」を前にして残された「学生」たちは、引き裂かれたまま運命の夜を迎えようとしていた。




