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第十二話 野菜泥棒


その朝、王都近郊の農業を営むヨハン一家は、絶望の淵に立っていた。


目の前に広がっているのは、ほんの昨日の夕方まで、家族全員で大切に育ててきた一面の麦畑…

そのまだ青々とした麦の穂が、まるで巨大な櫛で梳かれたかのように、綺麗さっぱりと刈り取られていた。

畑には搬送に使用しただろう無数の馬と馬車の跡が、残されている。


「ああ…ぁ…」


妻がその場に崩れ落ち、嗚咽する。

しかしヨハンの心に渦巻いていたのは、絶望よりもむしろ強烈な「不可解さ」だった。



あまりにも、手際が良すぎる。


昨晩確かに物音はした。

遠くで馬の鳴き声が聞こえたような気もする。

しかしそれだけだ。

家に、押し入られることも、脅されることもなかった。

村の誰も「犯人」の顔を見ていない。

まるで、夜の間に、現れた「幽霊」…

彼らは音もなくヨハン一家の「希望」を、静かに「収穫」していった…


「どうして、まだ食べられない麦なんかを…?」


妻が涙ながらに呟く。

金品も家畜も手付かず。

ただ未熟な麦だけが消えた。

その奇妙な「犯行」に、ヨハンはただ首をひねるしかなかった。



村の広場の方が騒がしくなっているのに気づいた。

ヨハンが駆けつけてみると、村人たちが不安げな顔で集まっていた。


「おい、ヨハン! お前のところもやられたのか!」

「ハンスの芋畑も、クラウス爺さんのカボチャ畑も全部だ!」

「一体誰が、こんな罰当たりな真似を…!」


村人たちの、怒号と、嘆きが、渦巻く中。

一人の少女が、震える声で言った。


「そういえば…」

「今朝から村のはずれのソウカ兄ちゃんの姿が見えないんだよ…」



「え?」


村人たちの、視線が、一点に、集まる。


「確かサンフォーレからの流れ者とか、言ってた…」

「あいつ最近羽振りが良かったよな…」

「まさか… あいつが仲間と手引きして村の作物を全部盗んで夜逃げしたんじゃ…!」


ああ、そうか…


ヨハンは、膝を打った。

そうか、そうに違いない。


作物をどこかで金に換えるつもりだったのだ。

村人たちの「怒り」は、もはや「見えない犯人」ではなく、

「いなくなった一人の流れ者の若者」へと、明確な形を持ち始めた。

「裏切り者め!」「絶対に捕まえてやる!」と。


そしてこの村ではよそ者へのまなざしがより厳しくなるのであった。

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