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第十一話 王国の鉾


「演習終了! 救護班を呼べ!」


教官のヒステリックな声が響き渡り、現場に皆、急行し現状を確認する…


穴の底からは負傷した、学生たちの苦痛の呻きが聞こえてくる。


いや、まだ苦痛を訴えるならばまだいいのだ。生死の確認が必要な状況…


ルーナ・シュタインフェルト・ノーヴァ…


彼女は、陣周囲に規格外の広範囲に落とし穴を出現させて、味方の部隊ごと転落させたのだ… 騎兵隊と歩兵隊の学生がほぼ全員転落により負傷してしまっている危険な状態だ…



その混乱の中心で、学長は真っ赤な顔で怒りに震えながらも、その脳をフル回転させていた。


(なんてことを… だが…待てよ…)


老獪な目が、キラリと光る。


この絶望的な状況…


だが見方を変えれば、これは最高の「チャンス」ではないか?

つまりルーナ・シュタインフェルトは、演習の意図をはき違えた危険分子なのである…


それも御前仕合である… 


こんな凄惨な結果を、慈悲深いことで知られる温厚なエリザ王女が好むわけもあるまい…



「大丈夫ですか! 学長!」


エリザ王女が、護衛の騎士たちと、共に駆け寄ってくる。


アルブレヒトの父であるキーファー侯爵などの重鎮も血相を変えて、向かってくる。これで、役者は揃った。今から一芝居である…


「エリザ王女殿下! このようなお見苦しい顛末をお見せしてしまい、大変申し訳ございません…!」


「みてください! これが、あのシュタインフェルトの小娘が引き起こした、惨劇なる顛末なのです!」


学長は、そう言ってルーナを指差した。


「彼女はただ己の力を誇示するためだけに、級友たちを破壊し、規律を破り、蹂躙し続ける、危険な思想の持ち主なのです!今回は急いで死者がいないか確認が必要な深刻な事態です!もう私も我慢の限界です!!」



これで完璧なシナリオだ、と学長は思った。


そう「勝敗」では、負けた。


しかし「大人の世界」では、まだ勝てる…

特に相手は「慈悲深き、聖女」として、名高いエリザ王女…

このような、凄惨な「事故」を目の前にして、心が痛まないはずがない!


( ここで一気に、あの小娘を断罪する!)


学長はこれを「切り札」とするべく、

ルーナの方へと向き直り大きな声で叫んだ。


「エリザ様の御前で、この失態! ルーナ・シュタインフェルト!」


「この責任… 進退に関わる重大な問題である!  この場で償わせてくれるわ!!」


完璧だと、学長は確信した。

ここで、一気に退学処分まで持っていく。

これこそが「大人のやり方」というものだ。


学長は勝利を確信し、エリザ王女の「裁定」を待った。



学長の言葉を静かに受け止め、エリザ王女が口を開いた。


「私は全てを見ていました… ルーナとやら… 確かにこの状況は凄惨な結果です。何が起き、これから、どうするべきなのか。あなたの道を示しなさい!」



ルーナは、エリザ王女の言葉を受け止めると、凛とした声で答えはじめた。


「エリザ王女殿下… 私に発言の機会を与えて頂き、まず感謝いたします… エリザ様、本当に学長のおっしゃる通りなのです… 学長は先ほどおっしゃいました。訓練と実践の区別が、ついていないと…」


「本当に、おっしゃる通りです! この士官学校の『訓練』は実戦と違いすぎて、全く実践の役に立たない… わたくしは、ただその事実を証明したに過ぎません!」


「なっ…!」


学長の顔が怒りに歪む。

ルーナは、構わず続けた。



「本物の『戦場』は、ルールなど守ってはくれません。そして戦場の『事故』は、やり直しがきかない… このような過酷な現実の前に『おままごと』で育ったひ弱な兵士たちを送り出すこと… それこそが最も罪深く、最も非人道的な行為ではないでしょうか…」


「確かにわたくしは『やりすぎ』だったのでしょう… 多数の負傷者を出しました。その事実は認めます… ですが私は結果的に実戦で無駄な『死体』の山を、築くことの方が恐ろしいと考えます!」


「多少の負傷は覚悟の上… むしろこの『痛み』こそが、最高の『薬』になる! これこそが、わたくしの信じる『訓練』ですわ!」


そしてルーナは、エリザ王女へと向き直った。


「そして、わたしの目標はただ一つ…


勝つこと。


何が何でも、徹底的に勝つこと。この戦術と精霊術をもって、我が国最強の『矛』となる… それが、ルーナ・シュタインフェルト・ノーヴァの道です!」


と高らかに宣言したのであった。



エリザ王女はため息交じりに答えた。


「そうですか、わかりました… 貴方は、どうしてもご自分の意見をまげない方のようですね…」


エリザ王女はそういった後、静かに自身の錫杖を高らかにかざした。


錫杖に光が集積し始める…


王女の周りに魔力が急速に集積し始める… 



空気が震えている…


この魔力の光… 


パターン、白…


神聖魔法だ… 


ルーナは規格外に強力な魔力を感じ、思わず防御姿勢に入った。


このような魔力で対抗されたら、どんな魔法でも対応できる自信がなかった。



ゴゴゴゴゴゴ………


空気だけでなく、大地も震えている…


迫り来る理解不能なプレッシャーに、ルーナは生まれて初めて自らの「敗北」を予感した。


エリザ王女から放たれていた神々しい光の輝きが頂点に達した直後、純白の光が、王女から広範囲に放たれる…


王女は高らかに、その極大の魔法の名を唱えた。



「エリア・ハイヒーリング!!!!!」


「え?」


ルーナの思考は完全に停止した。


どこまでも優しく温かい純白の「光の雨」が、降り注ぎ、

穴の底の地獄絵図を…、そして会場全体を包み込んでいく…


穴の底から響いていた、苦痛の呻きは止んだ。



折れた骨は繋がり、

裂けた傷は塞がり、

失っていた意識が戻っていく…


ほんの少し前まで、「死」の匂いが満ちていたその場所が、「生」の温かい光で満たされていく…


これは、プリースト最高峰の完全治癒魔法…『ハイヒーリング』。


この超広範囲魔法であった…



「すごい…」


ルーナは、ただ、呆然と、その光景を、見つめていた。


この魔法は、格が違う…


この対象が点在している広範囲のエリアへのハイヒーリング…


間違いなく戦略級の極大魔法…


つまり彼女が一人いれば、野戦病院など必要なくなり負傷兵という概念がなくなるわけだ‥‥


この強大な魔法に、そして、それをこともなげに行使するエリザ王女という存在にルーナは心の底から「感激」していた。



エリザ王女は静かに錫杖を下ろすと、呆然と立ち尽くすルーナへと向き直った。


「確かに、訓練は重要です。ルーナ・ノーヴァよ… ですが、治癒も大変重要なのです。 癒した兵士は、あなたの強い味方になってくれるでしょう…」 


そしてエリザ王女は続けた。


「あなたが王国の最強の『矛』を目指すのであれば…」

 

と、王女は一旦言葉を飲み込み、力強く続けた。


「わたくしは、最強の『盾』となって、王国を守護することを約束いたしましょう♪」


そしてエリザ王女は、学長へと、ゆっくりと振り返った。



「今日は多数の負傷者が出た、ということでしたが… 学長… 負傷者はどこにいらっしゃるのかしら… 私には確認できません♪」


「今日は素晴らしい演習でしたわね、学長… 負傷者は、一人も出なかった… そういうことで、よろしいですわね?」


その天使のような微笑みの前で、老獪なる狸はただその御前に傅くことしかできなかった。



こうして御前仕合は、ルーナの「勝利」でもなく、アルブレヒトの「敗北」でもなく、ただエリザ王女の人智を超えた「奇跡」によって


「なかったこと」


にされ静かに幕を閉じたのであった…

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