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第九話 御前仕合


合同演習から、しばらく過ぎ、学校に慣れ始めた、ある午後…

ルーナは談話室のソファで、一人新聞を広げていた。

周りでは他の生徒たちが、何やら興奮した様子で囁き合っている。


その原因は、ルーナが読んでいるこの記事…


【フロストヴァルド王国エリザ王女一行、士官学校・御前仕合へ。未来の守護者たちに、御言葉を…】


記事には、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる美しい王女のイラストが、大きく掲載されている。ふむふむ、なるほど…


(キタキタキターーー!!!)


私は表面上はあくまで冷静に記事を読み進めるフリをしながら、内心では歓喜の雄叫びを上げていた。


(王女様! 本物の、王女様じゃない!)

(これは… 『チャンス』よ!)


この御前仕合で私の最高の戦術が、王女様の目に留まる。

いやあるいは、王女様自身がわたくしの才能に惚れ込み、側近として招いてくれるかもしれない!


そんな、ミーハーな皮算用にルーナが胸をときめかせている時、生徒たちの噂話が飛び込んできた。


「おい、次の御前仕合、アーモンド先輩の『騎兵科』らしいぞ」


あらあら。まだあの話は公になっていないのかしら…

ルーナは新聞から顔を上げると、窓の外を静かに見つめた。



学長室…


重厚な樫の扉が閉ざされた会議は、再び苦々しい表情の男達で満たされていた。学長、歩兵科主任教官、そして、騎兵科の主任教官。


「セラフィーナのあの無様な負け様はどうだ。あれで、次期王妃候補とは、笑わせる…」


「フン、あの小娘の、悪趣味な『心理戦』に、乗せられただけの話… だが、それも、もう、終わりだ」


口火を切ったのは、騎兵科の主任だった。彼の目には、次なる「策」への、絶対的な自信が、宿っている。


「次の、御前仕合。相手は、我が騎兵科の精鋭そして、舞台は平原…」


「そして、学長。例の『件』は、もう騎兵隊には伝達済みですかな?」


学長が、重々しく頷く。


「うむ。最新の魔道具… 騎兵科の全員に配布済みだ」


「あれさえあれば、あの小娘の『術』の対策ができる!」


「結構!」


騎兵科の主任は、満足げに、笑う。


「『蟲』は、魔法禁止のルールで今回は、表立っては使えまい…」


「そして『術』は、我々の『魔道具』で封殺する…」


「あの小娘に残された手は、もはや何もない。…あとは我が、精鋭騎兵が生意気な『新入生』を、蹂躙するだけだ」


彼らの完璧な「シナリオ」…


御前仕合… 


それは、ルーナ・シュタインフェルトという「脅威」を王女の御前で、完膚なきまでに叩きのめすための舞台だった。



御前仕合を控えた夜…


歩兵科の作戦司令室という名の薄暗い物置に、モビオたちモブ歩兵学生のFチームが集められていた…

彼らの顔色は、一様に土気色だった。


無理もない…


次の対戦相手は、アルブレヒト・フォン・キーファー先輩率いる、騎兵科の最精鋭… そして、唯一の「武器」であったはずの、私の精霊魔法は使用禁止。初回と同様に、罠だけで戦うという状態…


それも前回、あれだけ手の内を見せてしまっては、同じことが通じるとは思いにくい…


どう考えても、新入生側に勝ち目などない…



ただ公開処刑されるのを、待つだけの羊の群れ…

それが彼らであり、私の所属する歩兵科の新入生のFチームであった。


「シュ、シュタインフェルトさん…」


おずおずと口火を切ったのは、あのモビオ・ムッツォリーニオだった。


「やっぱり、無理だよ…。棄権しよう。今ならまだ…」

「そうだよ!」

「俺たち、ただの、見世物に、されるだけだ!」


彼のその一言を、きっかけに他の「クズ」たちも、次々と弱音を吐き始める。


ああ、うるさい。


本当に、うるさい夏の虫のようだわ…


私は机の上に広げていた、「地図」から顔を上げた。


そして彼らの情けない顔を、一人一人見回しながら、有無を言わせぬ勢いで言った。



「棄権は、しません!」


シーン、と、物置小屋が静まり返る…


「私に策があります」


私は地図の、ある一点を指し示した。


「我々の作戦は『籠城』です!」


私が示したのは、平原のど真ん中。


ここは私が、一夜にして作り上げる「砦」…


「わたくしは、この砦の全周囲に、多数の『罠』を、仕掛けます。

泥沼、落とし穴、土壁… 罠が有効なのは前回見ましたよね…」


「でも、そんなの、アルブレヒト先輩たちには、通用しないかも… そうかもしれませんね…」


私は、さきほどのモビオの言葉を、あっさりと、肯定した。


「彼らはエリートです。わたくしの小細工など、すぐに見破り解除し殺到してくるかもしれません…」


「しかしながら、このルーナが、何もせずに負けると本当に思っているのですか?」


「わたしの罠はそう簡単には破られません。安心しなさい! ですから、本陣で、安心していればいいのです! そしてこれは、御前仕合… きっと彼らもひどいことなどできないはず… 負けたってきっと悪い目には合わないから大丈夫よ! だから、あなたのご家族が行方不明などにならないように、明日お休み‥ しないようにしてくださいね♪」


ただ目の前にいるのは狂っているようにしか見えない自信に満ち溢れた緑の髪の少女である… 彼らは自分たちの命運の全てを、この目の前の女性に委ねるしか道は残されていないのを、これでよく理解したはずである…



そしてこの作戦会議の後。

一人のモブ生徒が、闇に紛れて教官室の扉を叩いていた。


「ご、ごめんなさい、ルーナ様…」


「でも僕たちが、生きていくためには仕方がないのです…」


モビオ・ムッツォリーニオは、これから自分がどう生きていくか…

そのことだけが関心事であった。



「御前仕合の相手が、決まったそうですね…」


騎兵科の講義室… 二人の騎兵科の学生… 副官であるベルトルトの一声に対して、騎兵科上級生隊長のアルブレヒト・フォン・キーファーは、気乗りしない口調で答えた。


「そうだ…」


「そして、相手は?」


「それが…」


アルブレヒトが、少しだけ、言いにくそうに口ごもる…

ベルトルトはその態度だけで結果を察した。


「やはり、あの『シュタインフェルト』の末裔ですか…」


「くだらん…」


思わず、アルブレヒトは本音を漏らしていた…



がっかりした。


心底、騎兵科の学生隊長アルブレヒトはがっかりしていた。


先日の魔法戦での出来事… 上級生ながら直前に起きた私事にて心を乱し、醜く敗れていったセラフィーナの件であった。


魔法戦なのに、蟲ごときに敗北を喫するなど聞いたことがない… そもそも蟲なんて、魔法と呼べるシロモノなんだろうか… そんなセッティングをした教官達に、同情したのであった。


エリザ王女の御前で王国最強の騎兵隊が披露するべきは、国を代表するにふさわしい、高度な戦術の応酬であるべきだ…



それがどうだ。


今回だってこの、絶対的有利な騎兵側の突撃が先行という仕合の設定…

本当にそれでいいのだろうか…


今回は新入生を、一方的に蹂躙するだけの、


「公開いじめ」的設定…


こんなものが、「仕合」と呼べるのか。


ただ前回の魔法科の学生の演習では、その絶対的有利な魔法戦で彼女らは敗北した… こちらもそれ相応に、準備をする必要がある…



アルブレヒトは教官室での、教師たちの顔を思い出す。


「だが教官からは、くれぐれも油断しないようにと… あの女は我々の想像を超える『術』を使うとのことだ…」


「私もお聞きしています…」


彼ら教官達が期待しているのは、どういうわけか、


「完膚なきまでに、新入生たちを叩き潰すこと」…


新入生狩りなど正直楽しくはないが、その政治の「駒」になることを、


アルブレヒトは受け入れたのだった。



それもまたキーファー家の「務め」なのだ…


「ベルトルト。例の『魔道具』は、全隊員に行き渡っているな?」


「はっ! いつでも使用可能なように訓練済です! でも念入りですね、あんな高級な道具、学長が使用許可を出すなんて異例の事態です…」


「念には念をという事かな… 歩兵科の上級生は彼らの罠に一網打尽にされたとのことだが、無策で突撃するなど、歩兵科もレベルが低い上級生がいたものだ… 上級生としては、小細工などは、徹底して無効だという事を理解させ、その上で完全に勝利する必要がある。 なぜなら我々は「上級生」なのだから…」



騎兵は最も得意とする圧倒的な『機動力』と『突破力』で、真正面から歩兵を粉砕する… これが戦場のルールなのだ…


「罠があるなら、見つけ出し解除する。壁があるなら、乗り越え無効化する。落とし穴があるなら、騎乗技術で乗り切って飛び越える‥ ただ、それだけだ。 今回の訓練通りにすればいい。 それこそが王国の『矛』たる我々騎兵科の『矜持』だろう?」


「アルブレヒト様…!」


副官ベルトルトの目に、キラリと光が宿った。



窓の外へと視線を戻した。

夕暮れの空に、一番星が輝き始めている。


(ルーナ・シュタインフェルト、だったか…)


(悪く思うなよ)


(お前がただの無力な少女であったなら、そして御前仕合でなかったのなら、私も余裕をもって振る舞えたものを…)


(だが今回は全力をもって、力を見せつけることしかできそうにない… 王女様の前で、手加減など失礼でしかない…)


(そしてこれは、私の『点数稼ぎ』でもあるのだ…)


アルブレヒトはこの勝利をもって、近衛兵への入隊を推薦されていたのであった。

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