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落ちこぼれ令嬢、一芸で国を救う  作者: あけはる


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【第3話】 正式な呼び出し


 レオンがイグナス男爵領を去ってから、およそ十日後のことだった。


 その間シャーロットはというと――

 いつも通りに、領民たちの相談に乗り、刺繍の注文をこなし、時々、あの日の“光る刺繍”を思い出しては、ひそかに練習を重ねていた。


(癒やしの効果が出るのは、血を落としたときだけ……)


 小さな怪我をした子どもの傷を、ほんの少し早くふさぐ程度のこと。

 ハーブや家畜の調子を整えてやる程度のこと。


 それだけでも、領民たちは目を丸くして感謝いてくれた。


「シャーロット様の刺繍があれば、そのうちイグナス男爵領は医者いらずになるかもしれませんな!」


「いけませんよ。お医者様を敵に回すようなことを言っては」


 笑い合いながらも、シャーロットは自分の中に、じわりと広がる不安を無視できないでいた。


(これが本当に、“世の中の役に立つ力”なのかどうか……私一人で判断していいことじゃないわ)


 そんな折だった。


◇ ◇ ◇


 アルベルン王国・王都。王城内、政庁棟。


 分厚い石壁に囲まれた執務室で、アルベルン王国宰相ラザール・グレイフォードは、眉間に深いしわを刻みつつ、乱雑に積み上がった書類と格闘していた。


「本日の患者数の推移です、ラザール様」


 補佐が差し出した帳簿を、一瞥し、ラザールの眉がぴくりと動く。


「……昨日より、増えているな」


「はい。各医療院からの報告によれば、“原因不明の発熱と衰弱”で倒れる者が、日に日に……」


 部屋の空気が、ぐっと重くなる。


 王都を襲う謎の病。

 高熱と倦怠感から始まり、やがて身体の動きが極端に鈍くなり、ひどくなると意識を失ったまま目を覚まさなくなる。


 伝染病のようでありながら、既知のどの症状にも当てはまらない。

 薬草も治癒魔法も決定打にはならず、原因も治療法も一向に見つからなかった。


(このままでは、じわじわと王都そのものが機能不全に陥る……)


 ラザールは、こめかみを押さえた。


「……レオンはまだか?」


「本日中に戻る手筈かと。地方視察の報告もあるはずです」


「そうか」


 その後も各医療院からの頭が痛くなるような報告に、すみずみまで目を通していると、

 扉が勢いよくノックされた。


「失礼します! 宰相補佐レオン・ハイドルート、ただいま戻りました!」


「うむ、入れ」


 許可の声と同時に、扉が開く。

 少し痩せこけた顔に疲れを残しながらも、レオンはきっちりとした礼を崩さない。


「ご苦労、よく戻った。ん?……顔色が悪いな。道中で何かあったか?」


「少々、足を怪我しまして。しかし、今は問題ございません」


「右足か。魔力の流れに異常はない――杖なしで立っていられる様子を見るに、軽傷で済んだようだな」


 ラザールの魔眼(プライベート・アイ)が、一瞬でレオンの全身を見透かす。

 レオンは、苦笑しながらも頷いた。


「はい。今は、問題ありません、“ある方”のおかげで」


「なるほど、その“ある方”の話を、聞こうか」


 促され、レオンは早速鞄から一枚の血濡れた布を取り出した。


 生命の木を模した模様が刺繍されている。

 その糸の一部が、いまだ微かに淡い光を宿しているようにも見えた。


「これは?」


「アルベルン王国北端、イグナス男爵領にて。

 崩れた橋から落ちて大怪我を負った私の足を救ってくれた、“刺繍”です」


 ラザールの目が、わずかに細められる。


「刺繍、だと?」


「はい。そして――ただの刺繍ではありません。

 これは、“魔力の流れを糸に織り込んだ”ような、非常に特殊な構造をしておりました」


 レオンは、簡潔に、しかし丁寧にあのときの状況を説明した。


 崩れた橋。

 大量出血と右足の大部分に渡る大きな怪我。

 そして、魔力”ゼロ”と判定されたはずの男爵令嬢が、血を一滴落としただけで布を光らせ、出血を止め、その大怪我を急速に癒やしたこと。


「その令嬢の名は、シャーロット・イグナス。

 イグナス男爵家のご長女です。」


「魔力ゼロのはずの令嬢が、か。……おもしろい」


 ラザールは、布を指先でつまみ、じっと見つめる。


「魔術師団に回せ。構造解析と、残留魔力の観測を。

 特に、“病”に関係する瘴気との反応を調べろ」


「そうおっしゃると思って、もうすでに、治癒師と魔術師に簡易検査をさせました」


 そう言って、レオンはもう一枚、報告書を差し出した。


「彼らの見解では――

 この刺繍に封じられた魔力は、“穏やかで、しかし異様なほど安定しており、体内の“淀み”を外へと流し出す性質がある”とのことです」


「淀み、か」


「はい。病そのものを消し飛ばす力ではありませんでした。しかしながら、“病に侵された部分の魔力の乱れを整える”補助効果は、かなり期待できるのではないかと」


 ラザールはしばし黙考し、やがて、ふっと笑った。


「……まさか、“一人の刺繍好きの令嬢”が、我々より先に答えに近づいているとはな」


「――ラザール様?」


「レオン。イグナス男爵家に正式な文書を送る。

 シャーロット・イグナス嬢を、王都へ招致したい。病の調査および対策への協力を求める、という名目でな」


「かしこまりました」


「君が連絡の窓口となれ。頼んだぞ。」


 レオンは一礼しながらも、少し戸惑ったように眉をひそめる。


「……しかし、地方の小さな男爵家の令嬢に、ここまで頼ることになるとは」


「誰であろうと構わん。王都を、国を、民を救える可能性があるなら、その手を掴みに行く。それが宰相である私の役目だ」


 ラザールの声は静かだったが、その瞳には強い決意が宿っていた。


「――それに。私は、お前の言う、自分の力を信じたいと言った令嬢、その顔が見たくなった」


 その言葉に、レオンは小さく目を見開いた。


(あのときの、シャーロット嬢のまっすぐな瞳……)


「承知いたしました。私が責任を持って、イグナス領へ文書を届けてまいります」


「行け。今度は、落ちるなよ」


「……善処します」


 病に侵されつつある王都にみえた一筋の光。

 ささやかな冗談に、二人はわずかに笑い合った。



長くなったので2分割します!

がんばれ、シャーロット!

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