scene 5
「いらっしゃいませぇー。おせきにどーぞぉー」
マウロが変に語尾を上げるのは、勉強の賜物らしい。
買い物に行った先々で、こうだったと。
小さなエプロンに、カモフラージュの唐草模様のバンダナを首に巻けば、どこからどう見てもAR……の子どもだ。自分の背よりも高いカウンターに座るお客さんに、直接大水を渡してもイヤな顔をされないあたり、愛嬌はある。
朝一によく来る、パリッとしたスーツを着た、人を寄せつけないオーラのお客さんにだって怯むことはなかった。
「ごちゅーもんはきまってますかッ」
そんな聞き方があるか、と厨房からこっそり見ているカアナは頭を抱える。が、このお客さん限定で。
「あぁ、決まっているよ」
「小さくて苦いのだ、な!」
「よく覚えているね」
「えぷすれっそを教えてくれたせんせーだからなッ」
マウロがニカッと笑えば、お客さんも少し表情を崩して、それに応えてくれる。
「とーすと、とか、ごよーいできるぞ! こればっかりじゃ、お体にわるいだろ?」
「じゃあ、もらおうかな」
「とーすと、いっちょーッ」
こんな調子で慧が大学に行っている間、マウロはFOCOSのお手伝いをしていた。料理を運ぶのは任せられないのでお水だけ。お客さんが少ない午前中は、すぐやることがなくなってしまう。
そこで、中2階で寝ている義行に矛先が向いた。
「おきろーッ、しのーかせんせーッ!!」
鉛筆の持ち方から教えて、ひらがな、カタカナの読み書きを。すぐ飽きると思っていた義行を裏切って、漢字も教えてくれと、マウロはやる気満々で。
聞いていた話と違う。
根性を見て選んだ外泊先は、3日もいなかった。そのまま管理局に戻ってくるはずもなく、しばらく行方不明になっては、卯月が探し出していたのに。
「こしたんたん!」
「おー、よく読めたな」
「でも書けない」
「まだ書けなくていいかな」
「書けるやつを教えてくれッ」
「魑魅魍魎とかどうだ?」
「……鬼ばっかりのやつだろ、ムリだ」
かれこれ、一週間。
慧がいなくてもイイコで、逃げ出す素振りもない。義行にも懐いて、見事な共存生活ができていた。
おかげで、卯月のキャンパスライフも充実する。
ノートを借りなくてもよくなり、ずっと先延ばしにしていた、ごはんの約束も果たせて。
「ねぇ、卯月くん」
一番の変化は、慧の口数が多くなったこと。
「こういうのって、食べてもいいの?」
講義中、慧が真剣な顔で読んでいたのは、猫専用のレシピ本だった。
“ちょいのせごはん”
いつも食べてるカリカリにひと手間加えたもので、難しい工程はない。
「もう少しごはんっぽい見た目がいいなっていう自己満なんだけど」
「問題ないよ」
「ほんと?」
「あぁ。カリカリで補えない栄養は、定期検診で調整してるぐらいだから」
「よかった。マウロにはいつも食べてるやつがいいって言われちゃったんだけど、カアナがOKしてくれて」
これとか美味しそうじゃない? なんて目を輝かせながら、慧は講義そっちのけでレシピ本を読み進めていく。
「……杉浦らしいよ」
「うん?」
「いや、なんでもない」
慧と話しながら、次の課題が見えてくる。
ARを複数用いた状況下において、数値に異常がないか。近々、管理局に招集しなければ、と。
*
その旨を伝えに、卯月は大学終わりにFOCUSを訪れた。
「いやだ!!」
「まだなにも言ってない」
「気がすんだだろ、もうかえってこい。って言いにきたんだろッ」
「違う。一度、数値を計りたいんだ」
――ちがわないだろ。
そう言わんばかりの視線が、慧の膝の上に座るマウロから注がれる。
「次の検診まで待てないの?」
カアナがコーヒーを持ってやってきた。
「おまえたちがアクセサリーをつけるなら、待つ」
「あれ、嫌いなのよね」
「ボクも」
「おまえは定期検診を兼ねてだ」
「いやだ!!」
長丁場になりそうな予感がした。
ただ数値を計るだけなのに、なにをそんなに全力で拒否するのか。
マウロが落ちないように添えている手をぎゅーっと握られている慧も、一緒のことを思っていたようで「そんなに嫌がるもの?」と首を傾げた。
「いたってフツーなんだが」
「栄養調整するってやつが、点滴みたい……とか?」
針があるなら分からなくもないと、マウロの味方につきそうな慧に、カアナがざっくりと説明してくれる。
「ヒトっぽいことしないわよ。専用の装置に入って、そこで栄養も一緒に。全身で吸収してるって感じかしら」
異常があれば管理局に送還だが、滅多にない。
数値を計るのに1時間もかからないし、注射もしない。
年1のワクチンを嫌がる子は多いが、定期検診までゴネるのはマウロぐらいだ。
「気になるなら、慧も行ってみたらどうだ?」
皆のやりとりを傍観していた義行が口を開いた。
「いいの?」と、意外とノリ気で。
「杉浦さえよければ、ぜひ」
慧と一緒なら……と卯月も賛同するが、そう簡単にはいかなかった。




