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Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


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5/22

scene 3-1



 全てが灰かぶりに見えてしまうせいか、慧はFOCUSの外掃除があまり好きではなかった。

 けれど、時間の融通だけでなく、朝ごはんも、最近はお昼ごはんまで持たせてくれるバイト先で、自分ができることをしたかった。


 なにかするごとに、彼女は「ありがとね、慧」と、もったいないぐらいの笑顔を向けてくれる。

 くぐもった世界でも眩しかった――――そんなカアナの役に立ちたい。



 黄色や赤に染まっているはずの、灰かぶりの落ち葉に息が詰まりそうになる。



「おい!」


 ほうきを握る手に力を込めた。


「おまえ!!」


 ……声を、


「むしするなッ」


 かけられて、


「きこえてるだろッ」


 いる?


 灰色の世界を見渡すが、それらしい人はいない。

 気のせいだと掃除を続けようとしたら「なあってば!!」とズボンのポケットを引っ張られた。


 下を向くと、小さな男の子がいる。


 目深に被ったニット帽から見え隠れする、くりっくりでぱっちりな瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


「――っ!!」


 緑がかった金色の瞳、カーキ色のパーカーに、黒のサルエルパンツ。

 くすんでないし、灰もかぶっていなかった。

 見間違いや錯覚ではないのかと目をこするが、少年は色褪せない。


 ほっぺがぷくーっと膨らみ、眉間のしわが寄ってくる。


「ここ、ごはん屋だろッ!!」

「そうだけどっ!?」


 色味に気をとられ、反応しない慧にしびれを切らし、八重歯むき出しで尋ねてくる少年は、どこか鬼気迫っていた。

 その理由は――――


『ぎゅるる』


 短くも説得力のある重低音に、慧はcloseの扉を開けた。


「いらっしゃいませ、どうぞ」


 険しい顔つきから一変、今にも泣き出しそうな少年をFOCUSに招いた。


「ねぇ慧。ちょっと提案なんだ……け、ど?」


 外掃除から戻ってきたと思っているカアナは、自分の腰の高さにも満たない小さな来客に、言葉を詰まられた。


「え、なに。子ども?」

「もろぷち、くれ!」

「ごめん、カアナ。この子に」

「もろぷち!」

「なぁに、それ?」

「きゃっとふーど!」


 少年は目をキラキラさせながら、ニット帽を脱いだ。


 黒と茶色が入り交じる、ふわふわというより、もふもふとした髪から、立派な“猫の耳”が飛び出した。

 窮屈な思いをしていたようで、しきりに動いて。


 正真正銘、ARの……子どものようだ。


 それなら、話は変わってくる。

 人の形こそしているが、食に関しては動物寄りだった。猫に与えるとダメな食べ物は彼らにも当てはまり、AR専用のものがあるわけではないので、一般的なペットフードが彼らの主食になる。


「……ない、のか?」

「――!!」

「ごはん屋……ご、はん」


 美味しそうな匂いで溢れているのに食べられないなんて。

 期待に満ちたまなざしが潤み始める。

 2人を見上げてなければ、零れてしまいそうだった。


「それじゃなきゃダメなんでしょ。もうちょっとだけ、我慢してて」

「俺が買ってくるよ。もろぷち、だね?」

「う」



 慧は涙声で返事をする少年の頭を撫でた。



     *



 走れば10分もしない距離にある、義行が大量買いしていた、あのスーパーマーケット。

 あそこなら、ペット用品も豊富にある。



 空腹で動けないだろうと、1人で行く気満々だった慧に少年はついてきた。



 手を繋いで歩く姿は、年の離れた兄弟に見えなくもない。

 目深に被ったニット帽から見える表情は生き生きとしていた。


「待っててもよかったんだよ?」

「もろぷちはたくさんあるんだ、きっと分からない。ごはん屋がそーぞーしてるより、たーくさんあるんだぞ!」


 スーパーに向かう途中、少年は身振り手振りで『もろぷち』に対するこだわりを話してくれた。

 少年の色味は健在だ。


「ごはん屋だって、べちゃべちゃなごはん、きらいだろ?」

「まぁ、うん?」


 べちゃべちゃなごはん=白米、なのかは分からないが、もし白米ならあまり好きじゃないし、水分の含んだパンなんてもってのほかだ。


 良かれと思って買ってきたごはんが少年にとって『べちゃべちゃなごはん』だったら、今度こそ泣いてしまうかもしれない。

 そんな顔させたくないし、ごはん屋の端くれとして提供したくなかった。



 スーパーのペットコーナーは、思った以上に充実していた。

 ARが普及しているこの街ならではなのか、少年も目移りするほど、とにかくたくさん。

 ゆっくり見ている時間はないので、もろぷち社のものを慧は探す。

 少年以外、灰色一色の彼には文面だけが頼りだ。


「この猫缶、どう?」

「ねこかん?」


 缶詰を見せると、少年は首を横に振る。


「角切りとか、ほぐしてあるのとか」

「カンはちがう」

「パウチのスープもあるよ」

「うーん……それじゃない」

「これは?」

「ちがう」

「こっちは?」

「ちがう」


 手当たり次第見せていった。

 少年の言っていた通り、本当に種類が多い。が、どれも好みじゃないらしい。

 万人ならぬ、万猫受けだと思っていた猫缶なんて見向きもしなかった。


 慧はふと、ここに来る前の会話を思い出す。


 最終的に好まない食べ物として解釈したが、難しく考えすぎていたのかもしれない。


 単純に、

 水分の多いもの。


「おぉ!! それそれッ!!」


 少年も見つけたようだ、もろぷち社のカリカリを。

 俗に言うキャットフード。今思えば、もろぷちの説明を求めたときに、はっきり言っていたじゃないか。

 カツオにまぐろ、チーズにささみと味も豊富だが、1歳まで、7歳から、など年齢を指定するものも……。

 どれだ。

 少年のことだから、この中ならなんでもいいわけがない。


「これッ」

「これ!?」


 少年が指さしたのは、『毛並みケア』


 ――ARの髪に効くのだろうか。


 慧はこんなものまであるのかと関心しながら、そのまま少年に手渡した。

 両手で受け取った少年は満面の笑みで、早くレジにと駆けていく。後ろ姿までかわいかった。


 追いかけようとした瞬間、慧がぶるっと震える。

 足を止め、上着のポケットに手をつっこむと、ケータイが着信を知らせていた。


「……もしもし?」

『杉浦、ごめん……っ』


 大学の友人からだった。なにか、すごく急いでいるように聞こえる。


『ちょっと、今日の講義、行けそうにない』

「うん、分かった。ノート、しっかり取っておくね」

『ありがとう、助かる。今度、必ず埋め合わせするから』


 だんだんと早口になる友人に、慧も簡素に言葉を返した。


「うん、楽しみにしてる」

『じゃ、また』


“お昼をご馳走になって講義に出る”


 その予定が無くなる。

 時間に余裕が生まれたことを物悲しく感じながら、慧はレジに急いだ。



「――合計937円のお買い上げになります」



 カリカリの両隣に、かつおぶしと乾燥タイプのカニカマが並ぶ。


 レジを待つ少年に、帰りがけに食べられそうなおやつの提案をしたところ、腰をすえて食べたいらしく、しかし買ってもらえるならと、この2つが追加された。

 慧が財布からお札を取り出していると、少年は自分のポケットに手をつっこんだ。


「これも使ってくれ!」


 小さな手に握られていたのは、50円玉と10円玉2枚。

 少年の所持金なのだろう。

 これでは小袋のカリカリを買うことさえ難しい。比較的融通がきくFOCUSを選んだのは正解だと思う。

 少年ぐらいのARなら、対価を支払うことを知っているだけで十分だけれど。


「ここはお兄さんに任せなさいって、子猫くん。社会勉強、がんばってね」


 慧が受け取れずにいると、レジのお姉さん、ネコ型のARが声をかけてくれた。

 彼女にも立派な耳と、おしゃれなチョーカーが巻かれている。



「おう!」と、元気よく返事をする少年の首には、なにも巻かれていなかった。



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