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Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


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3/22

scene 1-2



 大通りから少し入り組んだ、オフィスビルが密集する場所の一角に、看板を出さずに営業している、きっさてん ふぉーかす。

 もとい、喫茶店FOCUSは4人がけのテーブル1つとカウンター席4つの、お茶請けの延長線で軽食を提供しているうちにできた、小さな小さな喫茶店だ。

 内側のノブにかけられた木目調のプレートが、closeを引っ提げて揺れている。


「……」


 しばし扉と向き合う。

 右手に牛乳、左手に小麦と両手に花状態の義行に、引き戸であるこの扉を開けるのは無理だった。

 各々、重い。

 まとめて持てば、ビニールの持ち手が破れてしまいそうだ。


「おかえりなさい、義行さん」


 ドアベルとプレートの絶妙な調和音をまとって扉を開けてくれたのは、ちょっと控えめで、華奢な、ミルクティー色のさらさらヘアが綺麗な21歳の野郎おとこだ。

 左頬の三角形に並んだホクロを動かすことなく、これまた控えめな笑顔で出迎えてくれる杉浦すぎうらけいは、世話になってる人の弟で、大学に行く前に朝食をここで済ましていく従業員でもある。仕込みの手伝いをしていたようで、エプロンがよく似合う。


 買ってきた品物をテーブルに置き、義行はカウンター席の端っこに座った。

 空気清浄機が唸る。

 まだタバコに火をつけていないのに、だ。


「……なに、買ってきたのよ」


 ため息混じりの声は厨房から。テーブルにでかでかと置かれた買い物袋2つが見えたようだ。

 義行におつかいを頼んだ張本人が顔を出す。

 茶髪ベースのアシンメトリーに、白と黒のメッシュを入れた、右腕だけ革のロンググローブをしている、自己主張強めな店主のカアナだ。秘書も兼任している。


「……1個ずつで良かったんだけど」

「最近の牛乳はいろんな種類があってだな」

「普通のだけでいいのよっ」


 慧が牛乳を並べてくれる。


 成分調整牛乳。

 低脂肪。

 無脂肪。

 乳飲料、と表記された牛乳。


 義行にとって、どれも別物だった。


「こっちも」と、心なしかワクワクしている慧は、小麦粉たちまで並べて。


 強力粉。

 中力粉。

 薄力粉。

 全粒粉。


 勢ぞろいだ。


「……セモリナ粉まである」

「小麦の粉、だろ?」


 間違った物を買ってくるよりは断然良い、と上機嫌な義行に、カアナはかける言葉が見つからなかった。


「冷蔵庫、入れてくるね?」


 慧は慧で、そんな日常に慣れていた。


「ふあ……」と欠伸を噛みしめてる義行に、眠気が襲う。

「ブラック、おかわり?」

「……はふっ。いや、いい。今日は……あー、特になにもなかったし、昼まで上にいるよ」


 上、というのは中2階のこと。下をカフェスペースにしてから寝床と化した義行の事務所だが、ファイリングされた書類がずらっと並んでいる。

 そのため、慧は絶対に立ち入らない。

 単に手すりのない、片持ち階段が嫌いなだけかもしれないが。



     *



 遠くで鳩が鳴く。

 一定のリズムで、くるっぽー。

 規則正しく、くるっぽー。

 機械的に、くるっぽー。

 12時間置きにしか鳴かない、怠惰な鳩時計。

 そこから発せられているものだと、覚醒しきらない頭で理解する。


 ――もう、少し。


 離れていきそうな睡魔を引き寄せた。

 鳩が、子守歌に変わる。


 睡魔とランデブーに洒落込もうとした矢先、店内にケータイの着信音が響き渡った。

 超、大音量で。

 義行の睡魔はヘソを曲げて消えてしまった。

 寝ていたソファーに座り直し、ローテーブルで暴れ回っているケータイを手に取る。またマナーモードになっていなかったようだ。


 画面には、『紀子のりこ


 見知った名前だった。

 出会った頃は恋人を亡くした直後というのもあって、とーってもしおらしかった彼女も、今や会社の代表取締役だ。

 FOCUSにお昼を食べに来てくれる常連であり、喫茶店をしたらどうかと、カアナを焚きつけた人物でもある。


 ……それにしても、手荒いモーニングコールだ。


「も……もしもし」

「『ちょっと約束忘れてない!?』」


 約束? いや、それより、声が二重に聞こえてならなかった。


「さっさと起きる! 貴方ご自慢の階段、危なっかしくて上る気にならないんだから!!」


 どうやら、すでに下にいるようだ。


「義行!!」


 これ以上爆発しても困るので、足早に階段を下りた。

 グレーのパンツスーツを着た、黒髪のショートボブがカウンターに座っている。


『来てたのか』

『悪かった』


 何食わぬ顔で声をかけても謝罪の言葉を述べても、火に油を注ぐような気がして、


「――話って?」


 義行は真面目なトーンで、本題をぶつけることにした。扉のプレートに手をかけると、紀子のボルテージが下がっていく。


「閉めなくていい」

「そうか? 助かる」


 ……怒りが治まってくれて。

 そんな心の声が伝わったのか、紀子からため息が漏れた。


「貴方ねぇ……」

「まぁまぁ」


 貴重な昼休憩が減ってしまうだけだと、紀子は話を進めることにした。義行も彼女の隣に座り、聞く体制になる。


「ゴローさんのこと、お願いしたいんだけど」


 レプリカント化されていない、ポメラニアン♂のゴローさん。

 動物は白砂病にならないのに、九州や四国は本州からの持ち込みを許可していない。そのため、紀子が出張のときは、ゴローさんを預かっている。

 大切な忘れ形見だ。


「明太子な」

「残念、今回は四国だけ。九州のメディカルチェック、通らなくてね」

「そういう時こそ、俺に言えよ」

「いくら義行でも、適齢期間近の人間をOKにはできないでしょ」

「俺と一緒なら大丈夫だろ」

「ゴローさんはどうするのよ」

「――慧に任せる、かな」


 トレーを持った慧が厨房から出てくる。


「あらっ、慧くんっ」

「こ、こんにちはっ」

「今日、お休みだったんだっ?」


 紀子が来店した時、お皿を洗っていた慧は、彼女の剣幕に出るに出られず。なにも見てない、聞いてないよろしく微笑んで、紀子の前にワンプレートを置いた。


「熱いので、気をつけてくださいね」


 つやっつやのデミグラスソースをまとったハンバーグに、ぷるんっと揺れた目玉焼きがメインの、今日の日替わりワンプレートごはんに、彼女の口角があがる。


「日取りが確定したら、連絡するから。ゴローさんのこと、よろしくね」

「はいはい」


 話はこれで終わり。


「今日も美味しそうっ」

「……太るぞ」


 義行自身が聞き取れる程度の呟き。のはずが……


「――――ッ!!」


 ハイヒールのかかとが足の甲に食い込んだ。踏みにじらないのは慧の手前。


(ヒールが離れるまで、厨房に戻らないでくれっ……)


 痛みに耐えながら、しかし顔には出さず。涼しい顔を保つ義行に、慧は苦笑しながら、置きかけていたカトラリーケースから手を離していいものかと躊躇する。


「ちょっと、慧くん」


 それを指摘するのかと思えば、紀子の声色は嫌悪感よりも驚きの方が強く、前のめりで慧の左頬を触り始めた。

 同時に足の甲からヒールが離れ、義行は事なきを得る。が、慧の左頬にある三角に並ぶホクロについて、今更感が否めない。


 珍しいよね~、綺麗に並んでるよね~、ぐらいだ。

 現に最初がそうだった。

 しかし、見つめる顔は真剣そのもので……。


「慧くん、クマ!」

「く、ま?」


 目の下をそっと撫でられ、ビクッと肩が跳ねた。


「義行にこき使われたら、すぐ言って。秘書でも付き人でも、そばにおいてあげるからっ」


 慧の顔に力が入る。

 どろっとしたなにかが触れているような、言いしれぬ不安と悪寒が慧を包む。


 紀子の心配を拒絶しているわけではない。


 触れられることが、左頬を触れることが、今の(・)慧にはNGなのだ。

 彼女はおろか、義行だって知らない。



「紀子さん、ご・めーんっ」



 そこに割って入ったのは、カアナだった。


「今日はスープ付きなの。すっかり忘れてて。ね、慧?」

「あ……う、うん」

「クリームスープなんだけど、お口に合えば」

「新作ぅ~?」

「試作ぅ~。感想、待ってまぁす」


 あったかいうちにどうぞー、厨房に引っ込むカアナに、慧も「ご、ゆっくりっ」と続いた。


 その場の空気をなんとか壊さずに済む。

 それもこれもカアナのおかげだと、俯く慧を彼女は咎めるわけでもなく、


「たしかに。クマ、ちょっとひどいかも」


 鼻先がくっつきそうな距離まで顔を近づけて、まじまじと観察する。


「あ、の」

「ちゃんと寝てる?」

「かぁ、な」

「根、詰めちゃだめよ?」

「……ふぁ、い」

「自分のこと、もっと大切に――って、免疫なさすぎ!」


 ぼふんっ。と音がしそうなくらい茹でだこ状態の慧から顔を離して、憂いの消えた彼を密かに安堵した。





 紀子を筆頭に、14時まで地味にバタバタする。その後、遅めの昼食をとって、後片づけをして。

 そうしていると、時間はあっという間に過ぎていく。


「今日もお疲れさま。明日は、なに食べたい?」

「……サンドイッチ」

「また?」

「カッテージチーズ入りのハムサンドとか、美味しそうじゃない?」

「ほんと好きね」


 仕事を終え、慧はバス停、カアナは明日の買い出しに行くため、大通りに出る途中まで一緒に歩いていた。


「カアナの作るサンドイッチ、本当に美味しいんだって」

「もう。褒めたって、量が増えるだけだぞっ」

「じゃあ、もっと褒める」 


 決して歯を見せて笑うことはないが、三角のホクロが少しだけ歪む。

 他愛のないこの時間が、カアナには一番の憩いでもあった。


「――それじゃ。また明日」


 ミルクティー色の後頭部が雑踏に溶けていく。

 名残惜しそうに見つめるカアナは、真逆の方向に歩き出した。



     □



 バスに乗って、3つ目の停留所で降りる。

 17時ちょっと前。今日のバスは空いていた。

 短くも長くもない距離だけど、突っ立っているのもどうかと、窓際の席に座る。

 色味のない世界だ。

 黄色く色づき始めたイチョウも、グラデーションが綺麗な夕焼けも、慧には灰が被ったように視えていて。

 一時的なものだと言い聞かせて、今日も目を瞑る。

 目覚めた時にはそんなことなかったのに、と。




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