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Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


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22/22

scene 12-2



 先生の案内で受付そばの廊下を進む。

 病室をいくつか過ぎると、右に曲がった。


 潮のにおいが一層濃くなる。


 その先は中庭だった。

 扉らしい扉はなく、廊下は砂で汚れ、屋内外の境界線も曖昧に。そのまま外に出るのかと思えば、すっぽりと透明な素材が中庭を覆っていた。


 ボトルシップの中にいるような気分だった。


 砂浜と土がまだらな中庭は木々が立ち並び、中央には大木と石碑があった。

 大木の根元にはベンチが。そこに座る人影に、マウロは一目散に駆けだした。


 白砂病の影響で肌も髪も脱色した、淡い色のパジャマに、薄手のベージュのカーディガンを羽織った女性は、触れてしまえば壊れてしまいそうなガラス細工のよう。


「サクラッ!!」


 しかし、昔の面影のない、脆く崩れそうな彼女の後ろ姿は、マウロの記憶にある『彼女』と瓜二つだった。



 

『ホーズキくん、ちょっと聞いてよッ』

『どうしたんですか?』

『マウロが私のスリッパ、私のスリッパだけ噛むのッ』

『おやつが欲しいとか?』

『それなら、ホズキくんのだって噛まれるはず』

『ご主人だから?』

『私だってご主人じゃんッ』

『……英利えいりさん、ご主人っていうか、同レベル?』

『う、嬉しいような悲しいような』

『“おい、サクラ! おやつくれっ”』

『ちょっとマウロにアテレコしないでッ。本当にそんな感じがしてくるからッ』



 大好きな人の忘れ形見に呼ばれた気がして、ゆっくりと声のするほうを向いた。

 そこには小さな男の子がいた。

 愛くるしくて、賢そうで、ちょっぴり生意気そうな。

 ……私の、都合のいい妄想なのかな?

 ホズキくんの手紙まで持ってきてくれたんだよ。

 勝手に入院したこと、もう怒ってない?

 逢いに、いっていい?



「――すぐに知らせなかったのは、確信がなかったからだ」



 彼女が舞う中、先生は教えてくれた。



「サクラという名の患者はいなかったからな」


 それだけを聞くと、昇華した彼女がニセモノだということになる。


「お嬢さんは、慧くんのことをスギウラとは呼ばんだろう? 坊やの“サクラ”と、うちの患者の“佐倉さくら”さんを結びつけるものが必要だった。――それに」


 先生はカアナから慧に視線を移した。


「見ず知らずのARが、昔飼われていましたなんて逢いに来たら、どうする?」


 慧の瞳が揺れる。

 卯月も下を向く。


「一か八か、義行に探させてよかった。こんな結果にこそなったが、これが最良だ」


 そう締めくくって、先生はマウロに歩み寄っていった。


「さぁ、彼女を弔ってやれ」


 彼女を入れる小瓶を隣に置いて、手を合わせた。


「坊やのおかげで、彼女は安らかに」

「あだりばえだろッ!! ざくだッ、すっごぐ――」


 頭で分かっていても、マウロの涙は止まらなかった。

 差し出された手紙に目を細めて、音に乗らない『ありがとう』を。発することもままならなくなった彼女は最期、マウロの頭を撫で、ホズキと3人でいた頃のような笑顔を残していってしまった。


 IDタグだけが、白砂に埋もれる。

 手紙ごと白砂になったということは、ちゃんと渡せた証拠。

 きっと、空の彼方で読んでいる。



『なんで、もふもふさせてくれないのッ』

『にゃーんっ!!』

『うぬぬ、短い足してぇ……あー、もっふもふッ』

『……にゃう』

『じとっとした目で見ないッ、いつものくりっくりなプリチーなマウロでいてッ』



 ひとすくい。

 また、ひとすくい。



『おトイレ行きたくなってきたんだけどなぁ。なんで膝の上から動かないかなぁ』

『……』

『騙されないんだぞー。ホズキくんが帰ってきたら、ボクはご主人さま一筋ですよーなんて顔して離れていくんでしょー』

『にゃーん』

『ホーズキくんがいないときだけデレちゃってー……愛いやつめッ』



 サクラとの思い出が、涙と共に溢れてくる。

 穂瑞も大好きだった彼女の笑顔を脳裏に焼き付けながら、マウロは受け取った小瓶に彼女をすくい入れていった。




     *




 人の昇華を目の当たりにして、慧は改めて実感する。

 自分の脳はそれに耐えられなかったのだ、と。

 関係性の薄いサクラでさえ、言いしれぬ衝撃と喪失感が駆け巡っているのに、それが親しい誰かだったら――――たとえば卯月だったら、これ以上の感情が襲うのだ。


『杉浦――』


 一瞬、ここじゃない場所に立っていた。


『――カア、ナを』

『あぁ……』


 そこは白砂舞う、こく――


「今日はもう帰りなさい」


 慧の視界からマウロを隠すように、先生は立ちはだかった。

 どことなく焦っているせいか、突き放す言葉に険はなかった。


 カアナに手を引かれ、中庭を後にする。が、ずっと傍観を決め込んでいた卯月はマウロに歩み寄っていく。

 彼はARの博士として、このまま放置してはいけないと判断していた。


「――キミの鎮静剤は悲しみさえ消してしまうのかな」


 先生は卯月の腕を掴み、制した。

 卯月の胸ポケットからペンを抜き取り、耳打ちする。


「このままお返ししたところで、“暴走”は免れないと思うのだがね。犬の二の舞になってしまったら、AR計画は今度こそ凍結じゃないのかな?」


 この男、どこまで知っているのか。


「坊やは当面こちらで面倒をみよう」


 けれど、()()()のことを言われてしまった卯月は大人しく先生にあずけるしかなかった。



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