scene 12-1
ARの管理局はその特殊性から、禁止区域で保護された動物たちの受け入れ先にもなっていた。
マウロもその1匹だ。
猫だった頃から脱走の常習犯ではあったが、外に出ていくことはなかった。施設内を悠々と闊歩してはスタッフに捕まっていた――――そんなある日。
マウロは奥へ奥へと逃げ、ARを成形する装置に落ちてしまう。
誰しもが培養液に溶けてしまうと思った。
ヒト型に変る際、培養液には眠った状態で浸していたからだ。
しかし、マウロは覚醒したまま、子どもの容姿で形を成した。
持ち前の賢さと子どもらしさが反映された、とてつもないARに、手を焼いたことしかなかった。
「すどーも来いよ!」
「俺はいい」
丸太の温かみ溢れるログハウスが点在する、ゆったり時間が流れていそうな海沿いに、ぽつんと建つ影津診療所は一際目立っていた。
真っ白な3階建ての建物は、管理局の隣にあってもおかしくないぐらい近代的なものだった。
「たいくつだろ?」
「……帰りは義行がいるだろ」
「あいつの車、タバコくさい」
「……待ってろ、と?」
「だから来いよ!」
「おまえ、俺がココのこと、どう思ってるか聞いてたよな」
「イッケンはヒャクブンだろ!」
「百聞は一見な」
「すどーもあってみろって! わるいやつじゃないから!」
「分かった、分かったから。引っ張るんじゃないっ」
生意気なのは相変わらず。
でも今はどこか憂いを帯びていて――――そんなマウロを放っておけず、卯月も同行することに。
海を背にした診療所はどこまでも潮のにおいに包まれていた。
中に入っても潮のまま、病院独特のにおいがしなかった。
3階まで吹き抜けるロビーも、どうかと思う――――が、医療機関らしからぬ内と外に関心があるのは卯月だけで、慧はARたちを。ARたちは入ってすぐ左手に見える無人の受付をのぞき込んでいた。
遠くで波の音が聞こえる。
不気味なぐらい静かなのに、吹き抜けの効果なのか。
全体的な雰囲気は明るかった。
L字を反転させた構造になっているようで、受付そばの廊下は病室に。ロビーの奥には2階に繋がる階段と、さらに奥へ延びる廊下があった。
階段下のスペースには自動販売機が置かれている。
「いってこいよ、まってるから」
その隣にはトイレがあった。
卯月がきょろきょろしていたのはトイレを探していたわけではないのだが、
「……気遣い、感謝する」
不本意ながら一息つくには良い機会だと、トイレに向かった。
長いすに腰掛けて卯月を待つARたちに、慧は自動販売機で買ったミネラルウォーターを渡した。
「ありがと、慧」
暑くはなかったけれど、ここまでバタバタだったカアナは、ごくごくと飲み進めていく。
「慧は?」
「あんまり渇いてないから」
「じゃあ、アタシのちょっと飲む?」
「……ちょ、ちょっと、だけ」
慧とカアナがそんなやりとりをしている中、マウロは280mlのペットボトルを両手で受け取ったまま、一点を見つめていた。
「マウロ、開けようか?」
2口ほど飲んだ慧が声をかけるが、反応なし。
「マウロ?」と、今度はカアナが。
肩をゆすってようやく反応する。
「……あ。うん」
心ここに在らず、と言ったところか。再会を楽しみにしているようには見えなかった。
くぴっと1口飲むと、その理由を吐露する。
「――サクラは」
それは、ARになったからこその悩みでもあった。
「ボクのこと、わからないよな」
猫だった頃の名残は、耳の模様と瞳の色ぐらいだ。
2人が猫のマウロを知らないように、サクラもARのマウロを知らない。
けれど、なんとなく感じるものはある。と、伝えようとした時だった。
「なら、逢わずに帰るのかな――坊や?」
先生の登場に、マウロの背筋が伸びた。
2階から下りてくるその手には、禁止区域で見つけたあの手紙が。
マウロに差し出されるのと同時に、卯月がトイレから戻ってくる。先生は横目で卯月の存在を確認すると、すぐマウロに視線を戻した。
「これを届けてほしい。彼女は中庭にいる」
どうしてここにいるのか。
無言で見つめるも、それは教えてくれないらしい。
「……」
「……坊や」
煮え切らないマウロを待つほど、先生は甘くなかった。
「誰も渡してほしいなんて言ってない」と、どこまでも意地悪だった。




