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scene 1-1



 ・牛乳

 ・小麦粉



 癖のない字で書かれたメモ片手に、義行は『小麦粉』と格闘していた。棚に並ぶ小麦粉は、薄いものから強いものまで幅広く、軽い気持ちで引き受けたお使いの難易度は高い。

 考えてみれば、スーパーじゃなくて、コンビニで良かったかもしれない。

 タバコのついで、だ。

 それを踏まえての、頼まれ物。

 気づくのが遅かったと思うが、先に選んだ、苦労して選んだ『牛乳』を元の場所に戻してまで、コンビニに行こうとは思わない。

 こんな時、ケータイでちょちょんと調べれば……というのは、ひと昔前のこと。今は国営ニュースぐらいしか閲覧できないようになっている。

 不便な世の中になったのか、今までが便利すぎたのか、おそらく後者だ。

 文明の利器に頼れないのであれば、助言を求めるしかない。


 通りかかった店員さんに声をかけた。


「ちょっといいかな」

「はい!」


 首にバンダナを巻いた彼の、柔らかそうな茶色の毛から頭上に生える、獣の耳がピンッと反応する。

 パタパタと音がしそうな小走りで向かってくる様は、小動物同然で初々しい。


「これは小麦粉かな?」

「こ、こむぎ……?」


 2人で見つめているのは中力粉。


「こっちも小麦粉みたいなんだが……」

「ちいさい……つよい……」


 中力粉の両側にある小麦粉を指すと、さっきの義行と同じように、難しい顔をしながら何度も見比べ始めた。


「――くわしい人に電話してきます!」

「そこまでしなくていいよっ」

「す、すみません。べんきょ不足で」

「いや、こちらこそだよ。ド素人ですまない」


 しゅんと耳を伏せる店員さんに、こちらが恐縮してしまう。何度か頭を下げ、彼は業務に戻っていった。


 義行は再び、小麦粉と対峙する。

 どいつもこいつも自分が“小麦粉”だと譲らない彼らに、考え方を改めた。


 どれも、小麦粉なのだと。


 そう思うと、壁を感じていた彼らとの距離が一気に近くなった、気がした。





「198円が1、2、3……」




 レジをする店員さんにも生えている。

 指通りの良さそうな真っ白な毛から覗く獣耳は、カチューシャではない。

 ここのユニフォームの一部でもなければ、かわいいメイドさんが出迎えてくれるお店でもない。


 ただのスーパーだ。


「領収書を頼む。宛名は━━」


 きっさてん ふぉーかす。

 たどたどしくも、一生懸命さを感じる。

 獣耳と相まって、微笑ましくもあった。


「だめ、かな……」

「十分だよ、ありがとう」


 お礼を言われて嬉しそうに笑う顔も、領収書を渡す手も、人間と変わらない。

 ただ耳が違うだけで、しっぽはない。


 それは彼らが動物()()()から。

 白砂病によって人口が激減した人類を補うべく、試験運用中の人工生命体“Animal(アニマル) Replicant(レプリカント)”(通称AR(エーアール))だからだ。


 セルフレジが当たり前だった今日、機械音痴の義行をはじめ、セルフに馴染めなかった人間に、彼らの存在は大きい。が、一番はいてくれるだけで癒されるという、アニマルセラピー的効果を発揮していることだ。

 先人たちも、まさか本当に猫の手を借りる日が来るとは、夢にも思わなかっただろう。




     *




 旧関西圏の3都市にまたがる、オフィスビルから商業施設まで入り乱れてはいるが、コンパクトで便が良いこの場所に人は自然と集まった。

 新首都の呼び声高く、朝はとくに忙しない。

 雑踏にまぎれて信号を待つ義行は、空を見上げていた。

 右往左往していた入道雲は何処に、雲一つない見事な晴天が広がる。

 小瓶のペンダントがちらつく胸元は少々寒かった。


〈現在、出国は認められていません〉

〈白砂病は飛沫、接触感染はしませんが、兆候のある方は最寄りの病院へ受診をお願いします〉

〈ヒト以外に白砂病は発症しません。ペットの廃棄は――――〉


 大通りに面した街頭モニターは今日も堅っ苦しかった。

 より憂鬱な朝をお送りする、代わり映えのしない情報統制ニュースが、ARに触れることはない。

 国内外の対応で精一杯な臨時政府に、とやかく言うほど余裕がないのもあるが、認可してしまえば、なにかあったときに責任を被らなければならなくなる。

 非公認、と言ってしまえば聞こえは悪いが、そちらの方がお互い都合が良いのだ。

 あくまで、人手を補う者。

 元が動物なだけあって、白砂病の影響を受けないARが増えすぎても困るのだ。



〈臨時ニュースです〉



 突然、映像が切り替わる。



〈新薬SAiD(エスアイディ)に一定の効果があることが認められました。政府は――〉



 空から街頭モニターに視線を移すと、信号が青になる。多くの人が足を止めて見入る中、義行は早々に歩き始めた。

 白砂病に効く薬が開発されたのに、両手をあげて喜べないのは、進行を遅らせることができるようになっただけで、抜本的な治療薬ではなかったからだ。発病する前でないと効果はないらしい。


 まばらな交差点を斜めに進む。


 前方からやってくる男が苦しそうに咳きこんでいた。

 空咳を繰り返している。顔色も悪い。


「……こほっ……こッ」


 口元を押さえる手から、なにかがこぼれた。

 太陽の光に反射してきらきら光る、ごく少量の嘔吐物。

 義行の小瓶のペンダントに入っているものと同じ、あの砂粒だった。


 体内で生成された白砂を、体が否定する。

 白砂病の初期症状の1つだ。

 20歳を境に、誰もがなり得る。

 還暦を迎えることなく散って、逝く。


 救急車を呼べば即入院だろうが、そうなれば最期、生きて出てこられない。

 隔離され、分厚い防護服を身にまとった医師と看護師と最低限の接触があるだけで、散るのを待つのだ。


 引き際は、己で決めたいもの。

 義行は男から目をそらし、帰路についた。




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