表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/22

scene 11-1



 片付けたはずの写真が散らばっていた。

 テーブルの上だけでなく、リビング全体に。


 慧は写真を手に取った。


 それはマウロが撮った、ポラロイドカメラのフィルムではなかった。


「――慧」


 うんと低い声に呼ばれて振り向けば、そこには同い年ぐらいの黒髪の青年が立っていた。


 知らない人だった。


「だれ?」

「冗談はやめてくれ」


 本当に知らない、と首を振る。


「そんなわけないだろ。俺たちは――」


 悲しそうな薄ら笑いを浮かべて、青年は距離を詰めてきた。

 一歩。

 慧は、半歩――しか下がれなかったのは、その足下にあの美人さんがいたからだ。


「にゃーんっ」


 周囲は白くない。


「ほら、カアナも心配してる」



 ――カアナ?



 足下にいる彼女ばかり気にする慧の頬に触れて、青年は自分に視線を向けさせた。


 それは、いつかの彼女と同じ所作。


 でもそこに安堵感はなかった。指先から伝わってくる、どろっとしたなにかに、慧の体は動かなくなる。


「猫が飼えるところなら、一緒に住むって」


 あたりに散らばる写真は、全て慧だった。


「今さら受け入れられないなんて――」


 近づいてくる知らない同居人の顔を、見知った革手が鷲掴んだ。


「――お呼びでないの」



 慧の後ろから、慧を包み込むように抱き締めたAR(カアナ)は、知らない同居人を白砂にした。




 それが、なにを意味するのか。

 まだ日も昇らぬ早朝に、慧は目を覚ました。



 “記憶が戻った”という感覚はなかった。

 ただ、いつもの白い世界ではない夢を、失った一部だと肯定している自分もいた。



 微睡みの中、ゆっくり体を起こすと、隣にいるはずのカアナがいないことに、慧は気づいた。


 昨日も一緒の布団だった。


 直接言われたわけではないけど、余計なことを考えないようにと、どこまでも気にかけてくれて。しどろもどろになりながらお礼を言うと、いたるところをすりすりされて、気絶同然の入眠となってしまったのだが……。


 そんな彼女がいた場所は、もう冷たくなっていた。

 しかし、朝ごはんを準備しているような音は聞こえてこない。

 それどこか、いつも開けっぱなしの引き戸が、今日は閉まっている。

 朝が億劫な慧のために、先に起きたカアナが開けてくれるカーテンも閉めきられたままだった。


「カア、――ッ!?」


 引き戸を開け、慧は絶句する。



 “片付けたはずのフィルムが、リビングに散乱していた”のだ。



 夢に視た光景が現実に、慧は途端に頭が追いつかなくなる。


 既視感?

 正夢?


 ……だとしたら、知らない同居人がやってくる?


 そんなわけない。

 だって、ここは……。


 棚に飾られた写真立てが、カアナとマウロと過ごした日々を物語ってくれる。夢を視ているわけでも、夢の続きでもないのだ。


 必死に現実にしがみついていると、がちゃり、と玄関のほうで音がした。


 開いて、

 閉じて、

 鍵を、閉めた。


 確実に誰かが入ってきた。


 なのに、足音が一切しない。


 気配だけがゆっくり、あの同居人が距離を詰めてきたときのように。


 静かすぎて息が詰まりそうだった。


「――――あら、起きてたのっ?」


 声色と口調で、慧の悪夢は完全に覚めた。

 ちょっと髪の乱れた彼女は、ビニール袋をカウンターテーブルに置きながら、「早いのね」なんて眩しい笑顔を向けてくる。


 あぁ、カアナだ。

 サイズは合ってるのに、カアナが着ると寸足らずで、借り物感のぬぐえない部屋着姿の、いつもの彼女だ。


 慧はフィルムを踏まないよう、カアナに駆け寄った。

 いろんな感情から解放されたからか、その足どりはふらふらで。


「早起きな上に、情熱的なのね」


 カアナの胸に飛び込む形となった慧は、彼女の存在を確かめるかのように抱き締めた。

 喜びと困惑が、カアナから伝わる。


 なにか言わないと。

 気ばっかり焦って、言葉が出てこない。


「コンビニ、行ってたの。ほら、昨日は外食だったし、お弁当で食材使い切っちゃってて」


 そんな慧を包み込むように、カアナの手が背中にまわされる。


「でもその前に空気の入れ換えしなくちゃって、窓開けたら、今日風強くてね。アルバムにおさまらなかったやつ、全部吹き飛ばしちゃったのよ。慧が起きたらびっくりしちゃうって閉めてたんだけど、裏目にでちゃったみたい」


 寝室のカーテンを開けていないのも、今日は大学もお休みで早く起こす理由がなかったからだと、『いつも』と違う部分の説明をしてくれて。


『マウロが帰ってきたら、2冊目買いに行きましょ』


 昨日、そんな会話をしながら棚に置いていたことを思い出し、慧はようやく落ち着きを取り戻した。


「ご、ごめん……もう、だいじょぶ」

「起きて部屋がめちゃくちゃだったら、アタシだってびっくりするもの」


 ただ、1つだけ。

 どうしても、夢と重ねてしまう部分があった。


「……ねぇ、カアナ」

「なぁに?」

「カアナはどうして、“カアナ”なの?」

「えっ?」

「……夢を、視たんだ。こんな風な部屋で、知らない人が詰め寄ってきて。いつも夢に出てくる子が足下にいて、カアナって、呼んでて」


 そのいつもは『いつも』違いだ。

 慧しか知らない、夢の中の美人さんをカアナに聞くこと自体が間違っている。


 けれど、彼女は答えてくれた。


「――その子は、こんな模様してた?」


 慧から離れたカアナは、ロンググローブを外して、限界まで袖をまくって見せた。

 茶色ベースの黒と白の体毛に覆われた腕を――――あの子と同じ毛並みをした右腕を。

 あの()を見つめたまま、しばらく沈黙が流れた。



「……」

「……」

「……」

「……がっかり、した?」



 先に耐えられなくなったのは、カアナだった。

 漠然とした慧の質問を、彼女は“記憶を取り戻した”と思い込んでしまったのだ。

 それならばヒトとARの中間のような容姿をさらし、拒絶されて当たり前な状況を作ってしまおう、とヒトならざる手で自身のTシャツを引きちぎった。


 猫だったという名残にしては物々しい、軽くなぞっただけでも切れかねない鋭利な爪が光る。

 立派な胸板を見入る慧に、カアナは出生を語った。


「アタシね、オスメスないの。ヒトの形に成れただけで大成功だったときの初期型のARでね」


 胸もなければ、ナニもない。

 頭上にある耳はヒトと同じ位置にあり、左耳は少し尖ってるだけで人間に近かった。

 アシンメトリーの髪型やロンググローブは、それらを隠すための処世術なのだ。

 なにもかも中途半端なARを、気味悪がる人間のほうが多かった。

 そんな環境下に一時期置かれていたカアナに、ありのままで愛される自信なんてなかった。


 拒絶してくれと言わんばかりの微笑みを、慧に向けた。


「……慧が愛したのは()の子であって、アタシじゃないのよね」


 カアナの口振りに、あの夢が記憶であることが、慧の中で確信に変わった。しかし、依然として思い出したという感覚はなかった。

 けれど、カアナと夢の子が一致して、いっそう彼女に対する想いが強くなったことは確かだ。


 慧は、カアナの両手をぎゅっと握った。


「離して、慧っ。手が、切れちゃうっ」



 “目覚めたら、最期。もう逢えない気がした”


 全く違う状況なのに、かつて視た夢が慧の脳裏に浮かぶ。



「――……なくてっ」

「慧っ。お願いだから、手をっ」

「記憶っ、戻ってなくてっ!!」


 肉が切れる感触がする。

 それでも、慧は離すわけにはいかなかった。


「あの子がっ……カアナだったらいいなって、それだけだったんだっ!!」


 カアナが離れていく、いなくなっていくことが、怖い、と感じた。


 カアナと一緒にいたい。

 もっとカアナと、いろんなことをしてみたい。


 ――どんなカアナでも、カアナはカアナだよ。


 頭の片隅で疼く台詞を、いつか自然に言える日が来るまで。


「……もうっ」


 慧の手を振りはらうことくらい造作もないのに、カアナはそれをしなかった。


「昔の自分にヤキモチ焼いちゃったじゃない」


 普段そういった熱を感じない、慧からのアプローチに胸が痛くなる。

 でもそれは、甘美なもの。

 締め付けられようが、突き刺さろうが、ココロは零れることなく、満たされていく。


「――大好きよ、慧」


 そう耳元で呟くカアナを慧が抱き締めた――――――その時だった。



 空気を読んでいたかのように、着信音が鳴る。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ