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Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


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17/22

scene 10-2



「社長、お客様がお見えです」

「……通せ」



 義行が出発する数時間前。

 本州の新首都(仮)に本社を構える、義行の上司の元を、アポなしで訪ねる男がいた。



「やはり貴方か――――影津博士」

「ご無沙汰している、慧くんのお兄さん」


 これは嫌みでなく、皮肉だ。

 お互い、立場は分かっている。


 しかし、義行の上司からしてみれば、先生はお医者様ではないのだ。

 どの専門家よりも秀逸な解釈に、特効薬の開発も夢ではないのに、本人に作る気なし。

 先生も、担当している患者の兄でしかなく、媚びへつらったりしない。


「先日の論文、読ませてもらったよ。『白砂病とは福音である。その人の願望を視せることによって、肉体が解放される』だったかな」

「ええ」

「教祖さま、と呼ぶべきかな?」

「讃辞なら行動で示してもらいたい」


 両者の空気は最悪で、秘書さえ席を外すほど。


「用件を聞こうか」

「義行が出かけると聞いた。ついでに探してもらいたいものがある」


 ただ、本当に優秀な人には変わりないので、突然の訪問も、急な依頼も無碍にしなかった。

 たとえそれが、限られた時間の中で探すに値しないものであってもだ。


「そんなに大切な物なのかな?」

「貴方が俺に興味があるなら、詳しく教えてやってもいい」

「残念だ」

「では、よろしく」




 こうして受理された依頼は、しっかりと義行に渡されていた。




  依頼者 影津元貴

  住 所 国衙駅南 住宅エリアD □番地△号

  回収物 影津診療所宛の手紙

  優先度 低

  備考欄 あれば




 そこにある()()の物を探すために時間を割きたくないと、優先度は語る。

 先生でなければ後回しになっていただろうが、依頼人からのコメントでもある備考欄が、あれば、とは、どういうことだ。

 探すのは義行なのだから、それを知る先生も、もう少し詳細なことを教えてくれたっていいのに。


「むずかしいのか? すごい顔になってるぞ」

「……ちょっと、な。元貴さんらしいっちゃあ、らしいんだが」

「あいつ、いじわるだからな」

「かもな」


 地図と住所と照らし合わせて、住宅街を探索する。

 手紙1つ探すのに苦労しそうな、立派な家が立ち並んでいた。


「……本当に、意地悪かもな」


 相づち程度の同意だったものが、本気に変わる。


 □番地△号。


 2階建て。

 庭付き。

 一軒家。


「ボス、ボスぅッ!!」

「あぁ、そこで間違いない」


 興奮気味で門前に駆け寄るマウロが健気すぎる。

 ケータイは昼の2時を告げていた。


 あと、3時間。


 この件を済ませ、鬼灯の家で手がかりを見つけ、車まで戻らなければならない。

 日が暮れたら最後、ソーラーシステムは機能しなくなり、身動きがとれなくなる。


 ……間に、合うのか?


「ここッ!! ホーズキの家ッ!!」

「はっ!? なんだとっ」


 義行の心配をよそに、マウロは門扉をくぐって、庭に消えてしまった。


「さぁ、あがれあがれッ」

「……お、おじゃまします」


 人様の家には施錠されていないところから入るのだが、ご丁寧に玄関の鍵を開けてくれる。


「ちゃんと閉めればいいんだろ? かぎ、ここあるし、だいじょうぶだって!」



 慣れ親しんだ家の鍵を握りしめ、マウロはリビングへ。


 義行も続けば、年期の入った家具に囲まれた、アットホームな空間が広がっていた。

 4人がけのテーブルや大きな食器棚にまぎれて、キャットタワーや猫のトイレが。ここがマウロの居場所だったのだろう。


 L字のソファーには、マウロの遊び道具と――――盛り塩のような、小さな雪山が1つ。


「……これ」

「あぁ。ヒトだよ」


 マウロも気づいてしまった。

 触れても溶けない雪。


 大切だった人の、唯一の痕跡。


「つれてかえる!!」

「ダメだ」

「なんでッ!! えーあーるだからかッ」

「ダメなもんはダメなんだ」

「どーぶつは、()()()じゃないのかッ!!」


 ――回収の依頼は、原則本人。または家族。


 マウロに教えた覚えはなかった。

 それだけじゃない。

 先生に泣きついたときだって、予防薬SAiD――――政府はまだ、一定の効果があるとしか発表していないのに、だ。


「……やっぱり、読んでたんだな。事務所の、書類」

「――ッ」

「なら分かるだろ」

「ずっといたッ。ずっと、ずっと……ずっといっしょにいたッ!!」

「それじゃあ、ここにいた人の証明にはならないんだ、マウロ。だから、連れて行けない」


 現実はいつだって、酷だ。

 ここに来るまで必死に押さえてきたマウロの堤防が崩れた。


「う……うわぁああああんッッ」

「ごめんな、マウロ」

「よしゆきのッ、やく、立たずッ!!」

「あぁ……ごめんな」


 どうしようもないことは、マウロだって分かっていた。でも、ぬぐってもぬぐっても涙は溢れてくる。

 義行は、気休めにもならない謝罪をしながら、マウロを抱き締めた。

 胸をぼこすこ殴られるが、痛くない。

 大泣きするマウロを抱き上げ、リビングを一通り見渡した。


 ――手紙を探さなければ。


 影津診療所に出すものなら、ぱっと目につきそうなのに。


 それらしいものはない。


 あとは……、襖の先。

 リビングに併設されている和室があった。


 襖に歩み寄っていけば、マウロの泣き声がピタッと止まる。

 義行の服に鼻水と涙をつけながら見上げてきた。


「こ、こっちは、じゅびッ。なんにも――――ふべッ!!」


 胸元が騒がしくなる前に、ぐっとマウロを抱き込み、襖を開けた。



 そこは、仏間だった。



 ここにも小さな雪山が、座布団の上に座っている。

 仏壇の前に組まれた祭壇には青年の遺影と、白い砂粒が入った小瓶が並べられていた。


 位牌の一部に彫られた名は、鬼灯。

 ではなく、穂瑞ほずき


 砂粒と一緒に入っている『HOZUKI OHBA』のIDタグが、より確かなものだと主張する。


「おまえ、知ってたな。穂瑞はいないって」

「……」


 義行から滑り降りたマウロは、無言のまま小瓶を手にとった。

 形なき主に、涙が溜まる。


「どうしてここなんだ?」


 ここは、穂瑞の実家だ。

 若い男女の暮らしにしては、どれも年期が入ったものばかりだった。ソファーと座布団にいたのは、おそらく穂瑞のご両親だろう。


「ここに、サクラの手がかりがあるのか?」


 ARになって改めて感じる喪失感にうなだれながら、「おかーさんが……知ってると、思ったんだ」とマウロは声を振り絞った。


「もしッ、いっしょのびょーいんだったらッ……ホーズキも生きてたのにって。いつも、いっつも泣いてッ」


 こんなきもちだったんだ、と涙が止まらなくなるマウロに、義行は首を傾げた。


 “穂瑞よりもサクラが長生きした”


 そのことを、なぜ穂瑞の母が知っているのか。

 そもそも、なぜ先生が穂瑞の実家を指定したのか。


 全く無関係ではない、繋がりそうで繋がらない2つの謎が、義行の頭の中で錯綜する。


「まさか、な」


 サクラが、影津診療所にいた可能性。

 診療所宛の手紙だなんて、グレーなところをついてくるとは思ったが、診療所()()だと依頼できない、ここに導くための、先生なりのアシストだとしたら?



「マウロ、手紙だ。手紙が見つかったら、サクラの居場所が分かる」




     *




 2階にある穂瑞の部屋から、手紙を見つけ出した頃。

 カアナと慧は、昨日話した写真立てとアルバムを探していた。


 FOCUSのある繁華街の雑貨屋さんはギラギラしているものが多く、生活用品を揃えた大型の雑貨店は、シンプルで無難なものばかり。


 街の雰囲気も含めて、ARの管理局がある地区ならと来てみれば、見事的中する。

 ショッピングセンターの一画に、かわいい雑貨屋さんがあった。


「これ、かわいい」

「ほんと、ね」と、カアナが向ける視線は慧だ。


 学生や家族連れに交ざって、ミルクティー色の髪が周囲に溶け込んでいた。


「カアナはどっちがいいと思う?」


 慧の好きなほうを選べばいい、と言うのは簡単だ。でも、慧らしさを求めての買い物ではないので、どれどれとカアナも指さす2つに視線を移した。


 両サイドが猫の形になっている、小さな洗濯ばさみに挟んで吊すように飾る木製のフォトフレームと。

 黒猫の人形がフレームによじ登っていたり、背中をあずけていたりする多面タイプ、で迷っているようだ。


 どちらかと言えば、むきだしで飾るよりも、アクリル板で守られている多面のほうが写真には良い。

 しかし、デザインは吊すタイプのほうが、カアナは好きだった。

 さりげない猫感で写真の邪魔にもならない――と、考えてる間に、慧はまた別の写真立てを候補に上げる。


「……こっちも捨てがたくて」


 白基調の多面フレームに、軌跡をたどるようなジグザグに横断する猫の足跡がデザインされた、カアナの理想に近いものだった。

 シンプルだけどさりげない猫感が、慧に合っている。


「これ、いい!」

「ほ、ほんとっ?」と、慧は自分のチョイスに自信が無いようだったが、カアナは自分の直感をごり押した。


 次にアルバムを探しにかかるが、こちらは秒で決まる。

 選んだ写真立てと対になってるものがあり、今日の目的を果たした。


「ごはん、このあたりで食べちゃわない?」

「そうだね」


 終始、デートっぽくていい。


 慧に言うと、意識されてしまいそうでなので口には出さないが。

 手を繋いだり、肩を寄せ合ったりしなくても、並んで歩けるだけで、カアナは幸せだった。



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