scene 10-1
「篠岡さんっ、お久しぶりです!」
検問所、とまではいかない、簡単なバリケードの前に立つ男は、動きにくそうな宇宙服に身を包んでいた。
「相変わらず、薄着なんですね……」
「相変わらず、厚着だな」
「これが普通なんですっ。篠岡さんが特別なんですぅ」
義行を気味悪がる人間は多い。禁止区域近郊で働く人間はとくに。
そんな中、彼はフランクに話しかけてくれる。
「あ、そうそう。2ヶ月前ですかねぇ。子どもが」
「子ども?」
「しっかりした子でしてね、この先に知り合いがいるから、通してほしいって。いやぁ、男の子でしたけど、可愛かったです。うるうるって見つめられて。通しそうになりましたよー。防護服がなかったら、頬ずりしてましたね!」
義行はその人物に心当たりがあった。が、今確認するわけにはいかず。
相当可愛かったようで、どこかで止めなければ、ずっと喋っていそうだ。
「……行って、いいか?」
「あ、はいっ! 今、動かしますね!」
バリケードの合間を抜け、車を進める。
窓を閉め、バックミラーを確認すると、毛布がもぞもぞしていた。
「出てきていいぞ」
「ぷはーッ」
「マウロ、男相手に泣き落としは効かないぞ」
「あともうすこしだったんだぞ! かえりのデンシャチンはくれたけどなッ」
念願の向こう側。
マウロはワクワクしながら、窓から覗いた。
シュガーパウダーをふりかけた街並みに、わたあめみたいな雲。
けれど、絵本や映画で見るような、幻想的な景色は最初だけ。
奥に進むと、橋の上は車で山積みになっていた。
他の橋も同じで、遠くに見える線路は、脱線した電車が落ちかけている。
「ここからは歩きだ。行けるか?」
「……お、おう」
当時を保ったまま、白砂病でぐちゃぐちゃになった街は、静かに雪で隠れていた。
いつか来た時と同じように、義行は高架下のルートで市街地に向かう。
マウロの手をひきながら、マウロの歩幅に合わせて。
「ほんとに、だれもいないんだな」
「立ち入り禁止だからな」
「だれもいないから、きんしなのか? きんしだから、だれもいないのか?」
「白砂病になるから禁止なんだ」
「え?」
「さっきのバリケード、あれが境界線だ。ここはな、白砂病が一瞬で広まったところで、未だに白砂病にする、なにかがある場所なんだ」
「……砂になる人が、たくさんいたから、みんな、ひなんしたんじゃないの?」
「マウロ」
「なんで、ボスは砂にならないの? ボクだって……」
大きな瞳に、涙が溜まる。
「どう説明すればいいかな」
話せば、それこそ長くなる。
差し障りのない、それらしいことで、義行はマウロを納得させにかかる。
「あー、俺は特殊な訓練受けてんの。のんびりしてたら、俺も砂になるさ。マウロが砂にならないのは、ARだから。ARは動物で、動物は白砂病にならないだろ?」
長居はできない。
そのことだけ分かってくれたら。
「……どうする、引き返すか?」
「……」
雪が、降ってきた。
見上げたマウロの頬にも。
「――ほ、ずき」
溶けずに滑り堕ちていく雪に、なにを視たのか。
繋いだ手に、力がこもる。
「行こ」
「あぁ」
雪は、本当に溶けなかった。
*
ベンチに降り積もった雪をマウロは手で払う。
払った手は冷たくない。
そんな雪で雪だるまを作ろうとしたが、上手く固まってくれなかった。
砂場の砂に触れているような、不思議な感触だった。
駅近くのショッピングモールで一仕事する義行を待つマウロは、遊歩道に作られたキッズコーナーの滑り台にのぼった。
暇つぶしのおもちゃはリュックに入れてこなかった。
おやつもお弁当も、もう食べてしまった。
義行が用事を終えるまで、なにをしていようか。
つるん、と滑ってその場に立ち上がると、あたりは一気に静まり返る。
近くに義行がいるはずなのに、物音1つ聞こえない。
鳥の鳴き声も、機械音も、なにも。
トク……トク……、と自分の心音までもが消えかけていた。
その音に耳を傾けると息ができなくなる。
のどを触る手の感覚が、五感が、痺れていく。
完全な無音がマウロを拐う。
手のひらに、雪が――――白砂が……
「マウロ!!」
義行の呼びかけに、マウロは我に返った。
「ぼ、ボス……」
汗ばむ手のひらには、なにもない。
こちらに向かってくる足音、息づかい、衣服の擦れる音。
雑音まみれの義行に、ほっとする。
「あと一件で終わる。いけるか?」
「だい、じょぶ。……だけど、ボクもついて、いく」
1人でいることが、急に怖くなった。




