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Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


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13/22

scene 8



 卯月は高校時代を中立都市で過ごしていた。



 銀髪で粋がってる、と当時よく絡まれていた卯月だが、基本スルー。自分から吹っ掛けることはなかった。


 しかし、2年生の中盤で1度だけ。


 路地裏で火遊びしていた3人組に突っかかった日があった。やつらはゴミだけでは飽きたらず、段ボールに――中から仔猫の鳴き声が聞こえてくるにも関わらず、火を付けようとしていた。


 ライターを握っていた男を、卯月は問答無用で殴った。殴って殴って、鼻血で顔が真っ赤になるまで殴った。


 注意が段ボールから卯月へ。

 火がつくことは阻止できた。


『――っ!!』


 安堵する卯月の頭に鈍い痛みが走った。揺らぐ視界に、一斗缶を持ったデブとひょろいのが入り込む。


『ウサギちゃんじゃねーか』

『不意打ちとか、ヒキョーじゃん?』


 デブの膝が鳩尾に。

 よろけた卯月の胸ぐらをひょろいのが掴んだ。不敵な笑みを浮かべて、卯月の左頬に一発。見た目と違って重いパンチに口の中が切れた。


『男前が台無しー。アハハッ、ぶっさいくー』


 仰向けに倒れた卯月に追い打ちをかけた。

 腹を、踏み潰す。


『がっ、は……』

『ウーサちゃん』


 息が入ってこない。


『くるちーいー? ねぇーってばぁ、答えなよー』

『おーおー。最初の威勢はどこいっちまったのかねぇ、ウサギちゃん』


 朦朧としてきた。

 遠くなのか、近くなのか、猫の鳴き声が聞こえる。


『……っ、うっぜ』

『強がりなウサちゃん、かーわーいーいー』


 デブに羽交い締めにされ、卯月は無理やり立たされた。

 ひょろいのがライター片手に顎を掴んでくる。


『ぷっ』と善悪のつかなそうな、いけ好かない顔に血が入り交じった唾を吐き捨てれば、目の前にかざされたライターに火がついた。


『よーく燃えそうな髪だねー』


 楽しそうにいたぶる2人は、完全に卯月に意識が向いている。


 これでいい。


 ――そう、思っていたのに。



『お巡りさんっっ、こっちですっ!!』



 突然聞こえた声に、ひょろい奴の手が止まり、羽交い締めからも解放される。

 デブは慌てて最初に殴ったヤツを担ぎ逃げ、ひょろいのも面白くなさそうにそれに続いた。

 投げ捨てるようにその場に残された卯月に、逃げる気力はない。


『あ、あのっ』


 お巡りを呼んだヤツが駆け寄ってくる。

 それが、のちの慧で。

 卯月はわざと無視をした。


『う、うさぎくんっ』

『……あ?』

『だだっ、だい、じょぶ?』


 震えながら身を案じる慧に、卯月は訂正させる。


『ウヅキだ』

『う、ず?』

『……旧暦。4月の』


 絡んでくるやつらはそれをもじって、うさぎちゃんなんて呼んでくるが、腹立たしいことこの上なかった。

 初対面だった慧にも、当然イラッとしたわけで。


『卯月くん、大丈夫っ?』


 それでも慧は心配することをやめない。


『俺のことはいいから、早くどっか行け。……お巡り、来んだろ』

『こ、来ない!』

『は?』

『交番、見つけれなくて……その』


 どうやら、ハッタリだったらしい。

 腕っぷしに自信のない慧の、苦肉の策だったようだ。


 非行とは無縁の、普通の生徒だった慧が、なぜ毛色の違う卯月を助けたのか。

 よく見れば同じ制服。

 学年で違うネクタイも同じ色。


 普通の進学校で、風紀が乱れてるのは卯月ぐらいだった。誰も近寄らないし、卯月も近づかない。

 だから、よけい助けた理由が分からなかった。


 切れた口の端をハンカチで押さえる手も震えている。

 本当は、関わりたくないはずだ。


『いい。汚れる』

『あ、うん』

『……』

『……』


 手が離れない。

 露骨に苛立ちながら慧に視線を送ると、卯月越しになにかを探していた。


『……おい』


 ようやく視線が交わる。かと思えば、『みー』という声にすぐそらされた。



 ――ついでに助けられた感が半端ない卯月は、そのまま慧の家で手当てされる。



 そのとき居合わせた慧の義妹やらに撮られたものが、パスケースにあった“傷だらけの卯月と仔猫を抱えた無傷の慧”の写真だ。

 カアナに見られたとは露知らず、卯月は昼間のデータを元に数値が割り出されるのを待っていた。



 時刻は、夜も更けに更けた深夜1時すぎ。

 いきなりドアが開く。



「……ノックぐらい、してください」

「集中してたら、気づかないだろ?」と、悪びれもせず入ってきたのは義行だった。


 差し入れのパンとコーヒーにお礼を言いつつ、こんな時間の訪問に卯月は悪い予感しかしなかった。


「そんな顔するなよ」

「……今、何時だと思ってるんですか」

「あんま、人に聞かれたくなくてな」

「……」

「だから、そんな顔するなって」

「なに企んでる」


 露骨に顔に出す卯月は高校時代の悪ガキそのもので、当時を知っている義行はついつい笑ってしまう。


「アンタがそうやって笑ってると、ろくなことがない」

「ひどい言われようだな」

「自分の胸に聞いてみろ」


 思い当たる節がありすぎるようで、義行本人は苦笑するだけ。

 世間話をするために来たわけではないのだから、さっさと言えばいい。


「実はな――」


 そんな思いが伝わったのか、義行は本題をぶつけてきた。


「近々、マウロを禁止区域に連れて行こうと思ってる」

「はあっ!?」

「なんだ、聞いてなかったのか」


 全くだ、と卯月は心の中で叫んだ。


「動物は影響を受けないが、ARはどうなのかを知りたくてだな」

「なんでそういうことになった!?」

「話せば長くなる」


 守秘義務とやらで教えてもらえない。

 義行の常套句に卯月が折れるしかないのだが、ARが絡んでいる以上そうはいかなかった。


「上からの命令じゃないよな。そちらさん、ARには興味ねーだろ」

「禁止区域に行けるヤツが増えたら、俺の商売上がったりだな」

「上には頭あがんねーだろうがっ」

「痛いとこ、つくねぇ」

「義行っっ!!」

「上には、なーいしょ。片道9時間の長距離dri~ve」


 だからそんなにまくし立てるな、と余裕ぶっこいてる義行が一変して、落ち着いた口調でまじめに話し出す。


「約束したんだ。定期検診受けたら、連れて行ってやるって」


 マウロを連れていくことは、あくまで私事。

 なにかあってからでは遅いから、こうして助言を求めに来た。


 ――最初からそう言えばいいのに、この人はいつもそうだ。


 義行の分かりにくい真意にため息をつきながら、昼間の、マウロの奮闘っぷりが頭を過った。



『ぬああああああ、きもちわるいぃぃぃ!!』

『一気に浸からなくていい。一度あがれ、顔が真っ青だ』

『すーち、かおいろ、かんけーあるかッ!?』

『ない。でもな』

『ぞっこーしてくれぇぇぇ!!』



 慧の手前かと思っていたが、そういうことだったのかと納得する。


「ARも動物と一緒で、影響を受けない」

「そうか。よかった」

「一応、戻ってきたら――」


 扉を叩く音で、会話が止まる。


「須藤博士っっ」と、シバの心配そうな声色が扉の向こうから聞こえてきた。


「博士の声が、そのっ。あの、大丈夫ですかっ!?」


 いきなり入ってこないのは、そうしつけたから。さすが、イヌのARだ。

 だが、従順な子であっても、この話を聞かせるわけにはいかず、義行は口パクとジェスチャーで「戻った足で、ここに連れてくる」と話をまとめた。卯月も無言で頷く。


「夜分遅くに騒いでしまって申し訳ない」

「し、篠岡さん!?」


 扉を開けた義行に、シバはびっくりしていた。まさか口論していた相手が義行だなんて、と顔に書いてある。


「博士、ちょーっとご機嫌ナナメみたいだからさー」

「は、博士っ。すみません、オレっ」

「しーっ、刺激しちゃダメだって。柴犬くんも、このまま自分の部屋に戻っちゃいな」


 義行の言うことを鵜呑みにしたシバの顔が青くなっていく。

 こういうところもイヌならではというか。

 シバと目が合うと、すぐにそらされてしまった。


「し……失礼しまぁす……」


 そして、静かに退室していった。


「あんま厳しくしてやんなよ」

「アンタがテキトーなこと言うからだ。用件は済んだろ、お帰り願えますか」

「あーあ、ホントにご機嫌ナナメだ」



 誰のせいだ。


 

〈No.CR510 ReB.97〉

〈No.CRXX2 ReB.92〉



 ちょうどよく、要になる数値が割り出され、卯月はそちらに集中し始める。


 これはもう相手をしてもらえそうにない、と研究室を後にする義行の足に、なにかが当たった。

 それは、口論の最中に白衣のポケットからこぼれ落ちたパスケースだったが、義行も持ち主の卯月でさえも気づいていなかった。


 拾い上げた義行は、しれっと中を確認する。


 ふたつ折りのパスケースを開くと、鍵たちが擦れた。

 その音に卯月が反応する。「預かる。落とし物、だ」と、有無を言わさず抜き取ると、そのまま白衣の内ポケットにしまい込んでしまった。


 ――落とし物、ね。


 なら仕方がないと、義行はあえて、なにも言わず。今度こそ卯月のラボを後にした。



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