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Animal Яeplicant  作者: 次野/うずらの


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12/22

scene 7



 明くる日。中心街のはずれにある小高い丘を目指して、慧たちはバスに乗った。


 次第に低くなる建物に目的地が際立ってくる。

 生い茂る木々に囲まれた、そこに管理局があると言われなければ分からないような、人目を忍ぶ場所――ではなく、降りたバス停の名前が大学のキャンパス跡地と、ただの名残で自然豊かなだけ。


 木のトンネルを抜けると、大学と病院を足したような外観の管理局が姿を現した。


 大きな窓から射し込む光が温かくて、堅っ苦しさは微塵もない。

 ヒトよりもARのほうが多かった。


「杉浦……杉浦慧、さんですね?」


 広々としたロビーできょろきょろしていると、長身のAR?が声をかけてきた。

 空色のYシャツに黒のスラックスと会社員のような格好に、立派な耳とごっつい首輪をしていて、ARに寄せたスタッフかと思えば……


「おむかえ、ごくろうっ」

「おかえりなさい、マウロくん」


 焦げ茶色の耳がピクピク動いた。

 どうやら、本物のようだ。


「……ふふっ、あいつも歴としたARよ」

「み、見えない」


 カアナが耳元で笑ってくる。


「お待ちしてました。須藤博士の研究室まで案内します」


 ニコッと爽やかな笑顔が、首輪とのアンバランスさをより強めた。


「シバー、おんぶー」

「はい、どうぞ」


 腰を落として軽々とマウロを背負う、シバと呼ばれたARの二の腕は、しなやかでありながら、がっしりとした筋肉がついていた。





 卯月の研究室に着くや、挨拶もそこそこに服を脱ぎ始めるカアナに、慧は慌てて背を向ける。



「う、ううう卯月くっ、こここ、こんにちはっ」

「……あぁ、待ってた」


 相変わらずな慧に、卯月は苦笑する。


「今さら恥ずかしがる関係じゃないでしょう?」


 だから慧も慣れて? とカアナが後ろから囁けば、茹でダコのように真っ赤になった。

 シバのことで耳打ちしたときは大丈夫だったのに、含みを持たせるとダメらしい。


「マウロくんもいってらっしゃい」

「おうッ」


 シバに脱がしてもらい、準備万全のマウロは装置がある奥の部屋へと駆けていった。


「マウロくんの部屋で待っていましょうか?」

「……あぁ、そうしてくれ。すぐ行く」

「慧さん、行きましょう」

「か、カアナとっ……マウロっ、よよよろしくお願いしまっ」


 慧はちらっと振り向き、軽く頭を下げながら研究室を出ていった。


「慧ったら、むっつりなんだから」

「ほんとな」と、卯月が珍しく同意した。


 慧の頭の中では完全な女性と認識しているのだろう。脱げば豊満な乳房があるものだと思って、勝手に赤面してうろたえている。


 一度、直視してほしい。

 ぺったこんである、彼女の胸板(ヽヽ)を。




     *




 マウロの部屋は敷地内にある宿舎ではなく、この建物の一室にあった。カラフルなパズルマットが敷き詰められていて、ここだけ幼稚園みたいな空間だった。


 靴を脱ぎ一歩踏み出すと、先に入っていたシバが慌てて振り返る。


「足下、気を」


 言い終わる前に、慧は足に引っかかりを感じた――ときすでに遅し。


 視界はもう、パズルマット。


 反射的に突き出る手――――をシバが掴んだ。

 あのたくましい腕で引っ張り上げられ、もう片方の腕が慧の脇の下から背中にまわされる。

 ぶ厚い胸板に勢いよく突っ込んでいく形となったが、シバはふらつくことなく、しっかりと受け止めてくれた。


「す、すみませんっ……。マウロくんのイタズラ、片付けるの」


 忘れてて、と尻すぼみになっていくシバに、慧は顔を上げた。


 シバと目が合う。が、さっきまでの爽やかな雰囲気は皆無で、どこか冷たい、刺さるような視線を向けられていた。

 背中にまわされたままの腕で締め付けられているような息苦しさが慧を襲う。


「し、ば……さっ?」

「……慧」


 シバの目の色が変わった。

 慧は身の危険を感じて腕の中でもかくも、シバのホールドは緩くならなかった。

 シバが迫ってくる。


 彼の息遣いが直接耳に伝わってくる。

 犬歯が首筋に、舌先の熱が――


「待、っ」


 慧の制止もむなしく、シバは躊躇なく噛みついた。


「いっ!?」


 ……痛く、ない。

 それどころか、れる鼻息と首筋に沿うように甘噛みされて、とてもくすぐったい。


 なんというか、大きなイヌにじゃれられているような。


 離れるよう胸板を押していた手をもぞもぞさせ、シバの頭を撫でてなだめてみるが、逆に煽ってしまったらしく、パズルマットに押し倒された。


 痛くない。

 どこも痛くないのだけれど。


「慧、もっと」


 ちろっと舌なめずりするシバは、まだ止まりそうにない。

 動物であって動物ではないその姿に、顔をベロベロされる……?

 頭を撫でていたほうの手首もがっちりと掴まれた、その時だった。



「おい」



 一段階低い卯月の声がして、圧迫感から解放される。

 我に返ったシバの青ざめた顔が瞬く間に離れていき、卯月に支えられて慧は体を起こした。


「はは博士ッッ、は早ッ――」

「すぐ行くと言っただろ」

「そ、そでしたね!! じゃ、じゃじゃあ、オレはこれで!!」


 シバは体裁を取り繕いながら、逃げるように部屋を後にした。

 走り去っていく音がすぐに聞こえなくなる。


「……」

「……」

「……大丈夫、か?」と、卯月が声をかければ――――“ぎゅるるるるっ”


 呆気にとられたままの慧に代わって、腹の底が唸った。


「あっ……朝ごはん、2人が検査で食べられないのに、俺だけってのも……」


 恥ずかしそうにお腹をさする慧から、シバに怯えた様子はない。

 卯月は研究所の近くにあるファミレスに場所を移すことにした。

 本当はこの時間、管理局を案内しながらシバのこともおいおい話していく予定が、いつもと変わらないお昼ごはんとなる。



 ――杉浦、シバのことなんだが……。

 ――シバさんって、もしかしてワンちゃん?

 ――あ……あぁ。

 ――初めてだったから驚いちゃった。あんなにじゃれるんだって。

 ――イヌのARはどうしても、な。シバにかぎった話じゃないんだ。そのあたり、まだ調整中。

 ――そう思うと、カアナたちはあっさりしてる感じがする。

 ――言えばやってくれる。

 ――えっ、いやっ。カアナにあんなことされたら、俺っ……!!



 たまごサンドとカフェラテ、片やトーストとブラックをつつきながら、AR談義に花を咲かせている頃。



「アンタの部屋、だぁれもいないんだけど!」



 検診が終わったARたちは待ちぼうけを食っていた。


シバ(あいつ)に聞いても知らないの一点張りだし」

「そー遠くには行ってないぞ!」


 2人を探さずに卯月の研究室を漁っていたマウロは、イスの背もたれに無造作にかけられた、白衣のポケットをまさぐっていた。


「ちょっと勝手に触らない……って」


 取り出したのは、パスケース。


「……それ、博士の?」


 ふたつ折りの、明るめのレザーにイラストチックなネコの刺繍がしてあって、卯月の持ち物にしては可愛すぎる。


「すどーの。ほら、あいつの車のカギと、家の……」

「鍵つけるなら、キーケースにすればいいのに。ますますらしくないんだけど」

「家のカギが2こある」


 これ、家の鍵だよな? とマウロはカアナにパスケースを渡した。


「……マウロ、博士だって研究バカじゃないってことよ」

「カノジョか!」

「こういうときは察しがいいのね、アンタ」


 でも、彼女の趣味だったら納得できる。パスケースの中に写真なんかあったりして。と、軽い気持ちで開いてみれば、そこには定期券ではなく――


「カアナ!!」


 マウロが切羽詰まった声で呼んでくる。

 自分にも見せろ、とせがんでくるのかと思いきや、「ケイとすどーが帰ってきたッ」と慌てふためいていた。

 マウロの耳がしきりに動いて、音を拾う。

 耳を隠しているカアナにはまだ届いていなかった。


「もどせ、もどせッッ!!」

「焦らせないで」


 変にあたふたしてしまって、手元がもたつく。


 ――前言ってた、ちょいのせはどうだった?

 ――喜んでもらえたよっ。

 ――顔、赤いけど。

 ――作ってると、そ、そのっ。後ろから催促されるっていうかっ、普通の猫だって足もとにいるでしょ?って。


 カアナの耳にも聞こえてきた。

 元通り、に戻せたのかは分からないが、ポケットに入れ込み、距離をとったところで研究室の扉が開く。


 ARたちは何事もなかったように、2人を出迎えた。


 白衣を着る卯月は“いつもの博士”だ。

 『慧とは大学で知り合った』――――そう聞いていたのに。

 パスケースにあったのはそれ以前の、頭髪の色が逆転した慧と卯月の写真だった。




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