7.早すぎた再会
ズゾゾ……
座敷でお茶をいただいている。
結局あの後、取り乱したお詫びに、と巫女さん宅で昼食をご馳走になっている。
すごく広い家だが、どうやら親はいないようで、すごく静かに感じた。
「そうだ、自己紹介を忘れていましたね。私は真白シロと言います。この廃神社の形式的な巫女です」
神社からの帰り際、家にお誘いいただいて、自己紹介からはじまった。
どうやら、この神社は昔こそ栄えたが、今では記録がほとんど残ってなく、歴史はあるのに歴史がない神社になってしまっているとのことだ。
「あ、でも、一応縁結びの神社っていうのは本当ですよ?……たぶん」
そこは不安そうにしないでくれ。
そして昼食に、とてもおいしいそうめんをいただいて、今に至る。
「それで、ミナトさんは何をお祈りに来たのですか?」
唐突にシロさんは割と無遠慮にそんなことを聞いてくる。
「あ、そうですよね、プライベートなことですよね。すいません……ただ……」
僕の考えが顔に出ていたかと一瞬不安になった。
シロさんは次に出てくる言葉を言おうか言うまいかすごく悩んでいる。
「ただ、なんというか、すごく思い詰めた表情をしている気がして」
僕は話すべきか凄く心が揺らいだ。
ハルの話はとてもデリケートなもののようで、他人に軽々しく話せるものでも無いとは思う。
でも、なんか、この人になら相談できると思ったし、僕一人では抱えきれないと、そう思った。
「絶対に、誰にも言わないでくれよ」
そう前置きをして、ゆっくりと話し始めた。
昨日島へ来たこと。
ハルの様子がすごく変だったこと。
そんなハルの力になってあげたいこと。
シロさんは、すごく真剣に聞いてくれた。
「私も、一度ハルさんに会ってみたいです」
ポツリとシロさんはそう呟いた。
「話を聞く感じ、あまり人と会いたくなさそうな感じの人に思えますが、無理してるようにも思えます」
案外、同年代の同性の友だちが出来れば昔のことを思い出すかもしれないしな。
悪くない案だとは思った。
「それに、なぜだか、ミナトさんが困っていると力になりたいって思うんです」
灯台への道すがら、カフェを一軒見つけた。
シロさんの方を見ると、視線がカフェの方へと行っていたのがわかる。
「……ちょっと寄っていこっか」
「え?あ、そ、そうですね。まぁ行きたいなら仕方ないですよね」
ツインテールがぴょこぴょこ跳ねてる様子がとても可愛らしかった。
「えっと、コーヒーとオレンジジュース、あとこの牡蠣パフェ一つお願いします」
席につくなり、手早く注文をとった。
そんな僕の様子を見て、シロさんは少し引いていた。
「え、あの牡蠣パフェ行くんですか……?正気です……?」
「え?あれ?好きじゃなかったっけ」
ん?僕はシロさんとは初対面だろ?何を言っているんだ。
何かを、忘れているような気がした。
注文が早かったからか、或いは人がいなかったからか、品物はすぐに来た。
注文をとって、柿パフェの間違いだよな、誤字だよなと不安になったが、それはそれは見事なオイスターパフェだった。
牡蠣の下には生クリーム、その下にはフレーク。いや確かに牡蠣は海のミルクとは言うけれど……だけど……!
牡蠣を少し切り分け、生クリームとフレーク、全部ひとまとめに口に含む。
「ーーー!?」
僕の反応をシロさんはまじまじと見てくる。
感想はまだかと、今か今かと身を乗り出している。
僕は一口目の感覚を疑った。
疑いのまま、二口目。
疑いは確信に変わった。
いける。
なんだこれ、なんだこれ。
「なんだこれ!」
突然叫ぶ僕に、シロさんはビクッと飛び跳ねた。
そんなこともお構い無しに語り始める。
「牡蠣は確かに海のミルクだ!そう、海の風味を持ったミルクなんだ!それが生クリームと合わないはずはない!そんな滑らか食感をフレークのザクザク感がさらに際立たせている!甘さとしょっぱさの絶妙なコラボ、これは……いける!」
僕のそんな様子を見て、オレンジジュースを飲んでいたシロさんも興味が出たようだ。
僕の前に置いてあった牡蠣パフェを盗んでいくと一口、疑いながらも口に含んだ。
「ーーー!?」
二口目、三口目、手が止まらないようだ。
そうだろう、そうだろう!
僕もその逸る気持ちを抑えられそうになかった!
そうだ、固定観念はやはりだめだ。
新しい扉を、常に開いていかなくては!
「えっと、ミナトさん……」
シロさんが申し訳なさそうに、盗んでいったパフェのお皿を僕の前に差し出す。
さぁ、僕ももう少し……。
そこには、クリームのひとつ、フレークの一欠片も残っていない、ピカピカのパフェの抜け殻があった。
「……ごめん……ね?」
僕は怒るに怒れず、天を仰いだ……。
「いやーおいしかったねぇ」
あれから結局もう一つ牡蠣パフェを頼んで二人で仲良く楽しんだ。
会計を済ませ、店を出る。
カランカランと音を立てて、笑顔になった二人が揃って店から出てくる。
この光景は端から見れば、付き合いたてのカップルそのものだろう。
普通ならば微笑ましい光景だ。
そう、その片方がミナトで、その片方がシロで無ければ。
その光景を、絶対に見られてはならなかった。
「な……んで……」
店を出てきた僕らを迎えたのは、青くボサボサの髪、ボロボロのTシャツ、そしてボロボロの右手。
「なんで……また……二人でいるの……」
僕らがこれから会いに行くハルその人だった。
「えっと、キミがハルちゃ」
「ちょっと待て」
ハルに向けて歩み寄ろうとしたシロさんを制止する。
俯いていたハルがキッとシロさんを睨みつける。
その顔は怒りや憎しみといった、負の感情をまぜこぜにしたもの。
しかし、暑さにやられたのか、あるいは感情がショートしたのか、ふらふらと3歩ほど後ずさり、
バタリ……と力なく倒れてしまった。
「ハル!?」
カランカランと、昨日渡した僕の水筒が転がる。それでもなお、閉じた右手は固まっているのか、開くことはなかった。